大学生は多過ぎるのか、大学に行く価値はないのか?

日本の大学教育のコスト

では、日本の大学教育の平均的な収益率はどの程度であるのだろうか?税率に関するデータが不明瞭なため、本稿では私的収益率と社会的収益率の和である総収益率を考え、大学教育のコスト・大学教育のベネフィットをそれぞれ分析し、収益率分析を試みることとする。

まず、平均的なコストであるが、前述のように直接費用・間接費用・政府補助金に分類することができる。直接費用は学費であるが、こちらは文部科学省が行っている私立大学・国立大学それぞれの授業料・入学料に関する調査のデータを活用する。まず私立大学の平均的なコストから分析すると、2010年のデータで初年度納付金が約132万円、1年間の学費が約86万円、4年間の合計学費が約390万円となっている。次に国立大学の平均的なコストは、初年度納付金が約82万円、1年間の学費が約54万円、4年間の学費の合計が約243万円となっている。そして、日本の大学生の73.6%が私立大学に通い、残りの26.4%が国公立大学に通っているので、大学生が4年間で支払う直接費用の平均は、約350万円となる。

次に間接費用となる放棄所得がどれぐらいになるのか、厚生労働省の賃金構造基本統計調査のデータを使って算出する。大学に通うことによって生じる放棄所得は、実際には数多くの大学生がアルバイトをしているためこれよりも小さくなることが考えられるが、平均的な高卒者が高校卒業後の4年間で得る賃金と同額だと考えることとする。平均的な高卒男性労働者の1年目の平均月給は約16.7万円で、年間にボーナスとして平均で約0.9万円受け取る。また、4年目には平均月給は約19.1万円となり、ボーナスとして年間約57.4万円受け取る。

この結果、失業率も加味した高卒男性労働者が高校卒業後4年間で得られる期待賃金は、総額で約878万円となる。一方、平均的な高卒女性労働者の1年目の平均月給は約15.7万円、ボーナスは約0.4万円で、4年目には平均月給は約17.3万円、ボーナスは約44.8万円となる。結果、高卒女性労働者が卒業後4年間で得られる期待賃金は、総額で約797万円となっている。つまり、大学教育の間接費用は男性で約878万円、女性で約797万円となっている。

この直接費用と間接費用の合計額である1228万円(男性)と1147万円(女性)が、大学に通うために家計が負担するコストとなる。社会全体での負担額には、さらにこれに政府補助金が加わる。政府が大学生一人当たりにどれぐらいのコストを費やしているのかは、国際連合教育文化機関統計研究所(UNESCO-UIS)で公開されている、Public expenditure per student, tertiary (% of GDP per capita)(一人当たりGDPに対する大学生一人当たりへの公財政支出額割合)のデータに、一人当たりGDPをかけることで、政府が大学生一人当たりにかけているコストを求めることができる。2008年のデータでは、日本の一人当たりGDPに対する大学生一人当たりへの公財政支出額割合は約20.9%となっている。また、この年の日本の一人当たりGDPは約406万円であった。つまり、政府は大学生一人当たりに約85万円のコストを負担していることとなる。以上をまとめると、日本全体で大卒男性を1人生み出すために費やすコストは約1313万円で、大卒女性のそれは約1232万円となっている。

 

 

日本の大学教育のベネフィット


それでは大学教育が生み出すベネフィットは如何ほどのものになるのだろうか。厚生労働省の賃金構造基本統計調査のデータをもとに男性のケースを分析していく。平均的な大卒男性の新卒平年間給与額は約251万円であるのに対し、同年齢の平均的な高卒男性は約295万円稼ぎ、大卒同年齢よりも約44万円多く稼いでいる。しかし、平均的な大卒男性・高卒男性の賃金は、大卒3年目・高卒7年目の24歳の時に逆転する。24歳時の大卒男性平均給与は約328万円であるのに対し、高卒男性平均給与は約317万円となり、大卒男性の方が約11万円給与が高くなる。

男性の高卒・大卒の給与差はこの後、年々拡大していき、その差は30歳時で約75万円、35歳時に約98万円、40歳時には約181万円に達し、この後は約200万円程度の年収差が定年時まで継続される。この結果、先にも述べたが、大卒男性が4年間学んでいる間に平均的な高卒男性は約878万円稼ぎ、24歳時点では高卒男性は大卒男性よりも総額で約1062万円多く稼いできたにもかかわらず、仮に62歳まで働いた場合、失業率を加味した高卒・大卒の生涯収入差は約4472万円に達する。女性の賃金データについても同様の傾向が見られ、23歳時までに高卒女性は大卒女性よりも約928万円多く稼いでいるのだが、失業率も加味した生涯収入差を見ると、大卒女性労働者の方が高卒女性労働者よりも約6142万円多くなる。

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高卒・大卒の収入差には目を見張るものがあるが、失業率についても同様のことが言える。総務省統計局が公表している労働力調査(詳細集計)を活用してこの点を分析する。現在、先進国・途上国問わず若年労働者(15-24歳)の失業が大きな社会的な問題となっている。日本もこの例外ではなく、若年層の失業率は全体の失業率よりも2倍以上高くなっている。これはとくに高卒層で顕著となっており、大卒若年層の失業率が8.2%なのに対し、高卒若年層の失業率は13.1%と大きな差がついている。若年層を脱出しても、同様の傾向は続く。25-34歳、35-44歳、45-54歳、55歳以降での高卒労働者の失業率がそれぞれ7.8%、5.8%、4.7%、4.6%であるのに対し、大卒労働者のそれは4.8%、2.4%、2.4%、3.8%と一貫して大卒労働者の失業率は高卒労働者よりも低い。この傾向は、数値は違えど男女別に分けてもまったく同じで、合計では高卒労働者の失業率が5.9%であるのに対し、大卒労働者のそれは3.6%となっている。

 

 

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大学教育の総収益率


以上の分析から、日本では大卒男性を生み出すのに1313万円、大卒女性を生み出すのに1232万円のコストを支払っていることが分かる。そして、大卒男性は4472万円、大卒女性は6142万円のベネフィットを生み出している。割引現在価値法(*2)を用いた大学教育の収益率は男性で6.2%、女性で7.8%となっている。女性の教育収益率が男性の教育収益率よりも高くなるのは世界的にも確認されている傾向で、今回は含めなかったが子どもの教育・健康状況の改善が見込まれる他、教育を受ける際の間接費用が男性と比べて少ないこと、女性で教育を受けた人材は男性と比べて少ないため希少価値が高くベネフィットも大きくなりやすいこと、などが影響していると考えられているが、日本でも同じことが言えるためこのような結果になったと考えられる。

 

 

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(*2)

この分析の妥当性について、算出方法の観点から補足しておく。今回算出してみた教育の費用対効果分析は様々な要因を除外した荒いものである。たとえば、収益率を下げる要因として考えられる、定年前に死亡してしまうことや、そもそも労働市場にでてこないといったことを除外しているし、収益率を上げる要因としては、大学生活中のアルバイトによる放棄所得の軽減を考慮に入れていないし、生活保護費や失業手当といった公的扶助も除外している。さらに、今回用いた手法は比較的広く使われているものではあるが、賃金構造がそれほど変化しないという強い仮定を置いている。しかし、7%前後という大学教育の収益率は、他の経済協力開発機構(OECD)加盟国での分析結果や、日本でのこれまでの分析結果と近い数字であり、概観を示す役割は果たしているものと考えられる。

 

 

結論


結論として、大学進学におけるコストとベネフィットを比較した場合、少なくとも収益率が国全体で見てネガティブでない以上、日本に大学生が多過ぎる、大学に行く価値はないと結論づけるのは誤りであることが分かる。男性の6.2%、女性の7.8%という大学教育の収益率は市場金利よりも高いことから、むしろ日本の大学生の数は過小気味であると考える方が妥当である。

しかし、この結果をもってして、日本全体でみるともっと大学教育に投資すべきと断言することは難しいし、大学に行く価値があると断言することも難しい。前者については、日本の高度経済成長を支えた東海道新幹線や東名高速道路の建築のように、もし大学教育に投資する以上に日本にとって高い収益性を持つプロジェクトがあるのであれば、そちらへの投資が優先されるべきである。

また、後者についても、今回算出した大学教育の収益率はあくまでも平均値であり、しかも教育は人的資本への投資であることから、当然投資にまつわるリスクも発生する。この結果、人によっては大学教育の収益率がネガティブに出てしまう人もいると考えられる。さらに、高卒であっても大卒以上に多く稼げるのであれば、大学に行く金銭的な価値はない。ただ、今回用いたようなデータを示さないまま、自身の経験・主観だけにもとづき大学に行く価値はないと学生に向けて語るのは、その助言にしたがった学生の人生に対して責任を取れない以上、慎まれるべき行為であると考える。

上記のように大学教育にもっと投資すべきと断言することは難しいものの、わたしは日本ではもっと大学教育に投資されるべきだと考えるし、大学に行く価値は依然として高いと考える。経済発展という視点から考えると、厳密に推計した大学教育の収益率が市場金利と同じになるまで大学教育は拡大すべきだし、失われた20年が示唆するように、高度経済成長期と異なりもう日本にとって高い収益性を持つプロジェクトはあまりないと考えられる。

今回の論点とは外れるためまた別の機会に詳しく論じようと思うが、できない学生を大学に行かせるのは無駄という主張も見られるが、これまでのこの分野の研究結果を見ると、できる学生を伸ばすよりもできない学生を教育で何とかする方が、ベネフィットが大きいことから、この主張は誤りである。さらに、すでに日本の高等教育就学率は世界的に見て高いものでもなく、高等教育への政府支出も世界的に見て多いとはいえない。加えて、高卒程度のブルーカラーワークの途上国への流出が加速する中、現状のように国民の半数を高卒のままにしておくのは、いずれ国家の危機的状況を招くのではないかと危惧する。

(本記事は筆者個人の見解であり、所属機関を代表するものでも、所属機関と関連するものでもありません。また、立場上謝金は受け取っておりません。)

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.273 

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