OECD諸国との教育支出の比較から見る日本の教育課題

まとめ ―― 教育支出から見る日本の教育課題

 

日本の教育段階別の公・私教育支出と教育の質・量をOECD諸国で比較した結果、日本の教育支出の特徴として以下の4点が挙げられる。

 

1)義務教育段階に対するGDP比の公教育支出は決して少ないものではなく、教育の質もOECD諸国で最高レベルにある

2)就学前教育に対するGDP比の公教育支出はOECD諸国の中でも最低で、教育の量にも改善の余地はあるが、特に教育の質について深刻な問題を抱えている

3)後期中等教育に対するGDP比の公教育支出はOECD諸国の中でも低い水準に位置していると考えられるが、少なくとも教育の量の面での問題は小さい

4)日本の高等教育は量的な問題を抱えているにも拘らず、GDP比の公支出はOECD諸国の中でも最低水準である

 

日本は義務教育に問題があるという言説をしばしば耳にするが、日本の教育支出の特徴から鑑みると、これは大きな誤りである。むしろ日本の大きな教育問題は義務教育以外の教育段階、とりわけ高等教育と就学前教育に存在している事が分かる。

 

まず高等教育については、機械化の進展や工場の海外進出等によって高卒程度の労働力に対する需要が減少し、かつ国際社会で戦力となる人材を輩出することを国の方針として掲げている事を考えれば、OECD諸国以上の割合で充分に教育されていない人材を抱える事は、あまり得策ではないと考えられる。かつ、日本はOECD諸国の中でも私大生の割合が群を抜いて高く、これが貧困層の就学阻害要因となっている事が考えられるため、高等教育については社会経済的に不利な層の生徒をターゲットにした就学率向上のための公支出増が求められる。

 

しかし、高等教育へのGDP比の公支出についてはOECDの中でも同程度の国が存在するため、最も大きな問題と言うほどではない。OECD諸国との比較から日本の公教育支出を見た場合、最も問題を抱えているのは就学前教育への支出である。仮に現就学前教育に対する公支出を1兆円増加させ、現在の3倍程度に増やしても依然としてOECDの中で就学前教育を3年間で取っている国の中で最低レベルのGDP比の公支出しかしていない水準である。

 

アメリカで行われた調査によると、家庭の社会経済状況を反映した学力格差は小学校1年生の段階で既に存在している。一方で、別の調査によると、質の高い就学前教育の提供は、有利な社会経済状況にある家庭の児童に対してはそれほど効果が認められないが、不利な社会経済状況にある家庭の児童に対しては効果が大きい事も確認されている。

 

不利な社会経済状況にある家庭の児童は小学校入学時点で既に、豊かな家庭出身の児童に学力差をつけられており、それがそのままその後の低学力・低学歴へとつながり、大人になって再び不利な社会経済状況に立たされる、という貧困の連鎖を断ち切る事を考えた場合、就学前教育は非常に重要になってくる。その役割を発揮させるためには、特に社会経済的に不利な状況にある家庭の児童に対して、就学前段階からの早期の積極的な介入が必要である。生活保護問題でこれだけ大きな議論が巻き起こる日本においては、如何に教育を通じて将来の貧困を防ぐ事ができるか、というのは大変重要な課題である。

 

さらに、中等教育の所では触れなかったが、PISAの結果に関して日本は同程度の学力水準の国と比較したときに低学力の生徒の割合が高い事がOECDの報告書によって指摘されている。ある学年での生徒の成績は前年度のその生徒の成績が最もよく説明できるという事実と、良質な就学前教育は小学校入学後の学力を向上させるという事実を合わせて考えると、低学力の生徒に関しても就学前段階からの早期の積極的な介入が重要である。

 

現状では就学前教育は主に福祉の一環として捉えられ、他のOECD諸国と比較して極めて貧弱な予算配分しか行われていない。現在も就学前段階への公支出増加を含んだこども子育て新システムが議論されているが、廃案となる可能性がある。確かに就学前教育の方法論に関する議論は必要である。しかし、現状の就学前教育に対する公支出の現状を考えると、方法論の先送りがあったとしても就学前教育に対する公支出の増加を見送るという結論にだけは至ってはならない。就学前教育は単なる福祉政策ではなく、学力対策・将来の貧困対策の要となる政策である。

 

本記事のまとめに入る。日本の公教育支出は確かにOECD諸国と比較して少ないが、私支出が幾分か補ってはいる。しかし、義務教育以外の教育段階については私支出が充分に補えている水準とは言えない。これを解決するためにはさらなる私支出の増加を引き出すか、公支出を増加させるか、教育の効率性を改善する必要がある。OECD諸国と比較しても教育に対する私支出割合が高い現状を考えると、教育の効率性の改善を図りつつも、義務教育以外の教育段階に対する公支出を増加させるのが現実的な解決策ではないだろうか。

 

(本記事は筆者個人の見解であり、所属機関を代表するものでも、所属機関と関連するものでもありません。また、立場上謝金は受け取っておりません。)

 

 

 

 

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