2015.12.17

日本の女子教育の課題ははっきりしている

畠山勝太 比較教育行財政 / 国際教育開発

教育 #「新しいリベラル」を構想するために

博士課程相当に進む女子比率、工学系女子学生比率、社会科学系女子学生比率、OEDC諸国の中でいずれもワースト1の日本。しかし、問題意識は共有されず、議論も進みません。国際教育開発に携わってきた畠山勝太さんに、統計を読み解きながら、今いちど日本の女子教育の課題について解説していただきました。(聞き手・構成/山本菜々子)

高等教育の収益率

――本日は、日本の女子教育の現状を畠山さんに伺えればとおもいます。カトマンズの出張中にお引き受けいただきありがとうございます。

いえいえ。よろしくお願いします。

――シノドスでも「Education at a Glanceから見る日本の女子教育の現状と課題」を2012年にご執筆いただきましたが、日本の女子教育は諸外国と比べてどのような状態なのでしょうか。

その前にまず、女性の教育の収益率、とりわけ高等教育のそれの話をしたいとおもいます。今回のお話の土台になる部分だとおもいますので。教育の収益にはprivate rate of return to education(私的な教育投資の収益率)とsocial rate of return to education(社会的な教育投資の収益率)の2種類があります。

――教育の投資によって、どれくらいの見返りがあるのかという話ですね。私的・社会的収益の違いはなんですか?

私的な収益は教育の便益のうち個人に帰着するもので、個人の収入が増えることをイメージすることが分かりやすいとおもいます。社会的収益は社会全体や次世代など個人以外に帰着するもので、たとえば基本的に教育を受けている人の方が犯罪率は低下します。犯罪が起きると、裁判や刑務所の運営にもお金がかかる。だから、政府が教育に補助金を出すことで、結果的に治安維持の費用を減らすことができます。また、教育を受けている方が医療費の少ない傾向があります。医療費は政府の支出の少なくない部分を占めますから、政府が教育に補助金を出すことでそれが節約できると。

――個人にも、社会にも利益があるよと。

はいそうです。ここで強調したいのは、男子教育に比べて女子教育の方が、次の3つの理由により社会的収益率が高いと考えられている点です。

一つ目が保健の観点です。教育を受けると収入が高くなる分だけ健康的な食事や医薬品が購入できますし、健康に関する情報を集めて分析する力が養われるので、結果として全体の医療費の削減につながります。女性には妊娠・出産という男性にはない医療行為がある分、教育の社会的収益率が高まると考えられます。

二つ目は家族計画の観点です。教育によって女性がエンパワメントされ、男性と交渉が出来るようになり、より良い家族計画が立てられるようになると考えられています。

三つ目が次世代への波及効果です。父親の教育水準以上に母親の教育水準は、子どもの教育や健康状況に影響を及ぼします。これらのことから、私的収益率が男女で同じならば、社会的収益率が高い分、女子教育が優先されるべきだとなります。

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では私的収益率の世界的トレンドはどうなっているか? そこでこれらの表です。これらの表でなにがいいたいのか。高等教育の収益率がここ10年くらい高まっている上に、高所得国でも、女性の方が私的収益率においても教育の収益率が高い傾向にあります。つまり、いかに女性の高等教育への進学を促せるかが国にとって重要な政策課題となってきます。

――そのカギは高等教育にあるんですね。

そうですね。「Education at a Glanceから見る日本の女子教育の現状と課題」でも指摘しましたが、TIMSS(国際数学・理科教育調査)やPISA(生徒の学習到達度調査)といった学力調査で、小学校4年時、中学校2年時、義務教育修了時の成績をみても、女子教育の状況はOECD諸国の中でもかなり良い方であるといえます。義務教育段階の女子教育に大きな課題はほとんどありません。

では、そのことを踏まえながら、OECDの最新データから現在の日本の状況をみてみましょう。

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日本では、専門学校や短大での女性の割合が非常に高くなっています。一方、大学や博士といったより高次の教育段階への進学率が女性の場合低いことが見て取れるとおもいます。

OECDのすべての国なので、メキシコやチリなど日本と比べると経済発展が進んでいない国も入っていますが、博士課程相当に進む女性の割合は日本が最下位です。学部・修士相当でも今は韓国が最下位ですが、最近の両国の進学に関するトレンドから判断するに5年するかしないうちかにすぐ逆転されるでしょう。

教育段階は、収入と比例する関係にあります。男女の賃金格差という点から望ましいとは言い難い状態です。

卒業学部と賃金

さらにいえば、女性が賃金に繋がる内容の教育を受けているかも検討しなければいけません。

――どの学部に行くのか?ということですか?

簡単にいえばそうですね。このグラフをみてください。これは、アメリカでどのような系統を学んだかで、どれくらいの年収があるのかを表したものです。

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一番収入の高いのがEngineering/Architect、続いてComputer/Stats/Mathが続きます。どれも、日本でいう「理系」の科目です。これらは、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の頭文字をとってSTEMと総称されます。現在アメリカでは、このSTEM系学問をいかにして伸ばしていくかが注目を集めています。

続いて、ビジネスや社会科学など、「文系」の中でも数学や統計を扱う量的な学問が占め、人文科学系の科目になるにしたがって、年収は下がっていきます。

ちなみに、医療、教育出身の学生の多くは公務員として働くことが多いので、市場原理というよりもそれぞれの国の公務員給与が一般と比べて高いかどうかに影響を受けます。ですから、各国で一貫した傾向がないことを留意してください。

では、日本の女子学生はどのような専攻が多いのでしょうか。世界銀行のデータベースから取ってきた統計を見てみましょう。

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――STEM系を学ぶ女子が少ないですね。

そうなんです。これは、単に大学に進む女子そのものが少ないからではありません。一方で、賃金に結びつきにくいといわれる人文系やサービス業を選ぶ女子が多くなっていることからそれが読み取れます。

つまり、大学への女子の進学率が低いだけでなく、さらに賃金に結びつきにくい科目を選択している。問題は二重に深刻なのです。

ロールモデルを

――いまは「リケジョ」のような言葉も出てきていて、各大学も広報に力を入れているようです。理系科目を学ぶ女子も増えているのかなと感じていました。

そうですね。今の「リケジョ」のアプローチで少し気になるのは、在学中の学生に焦点を当て、そのライフスタイルが……という話が多いことです。「大学で理系を学ぶと楽しいよ」という感じになっている。これは、日本の状況を考えてみると仕方ないのかもしれません。

でも、本来ならば、学生時代ではなく社会に出てどのような活躍ができるのか取り上げる必要があります。アメリカだと、オイルカンパニーで働く女性の姿などをどんどん紹介しています。

私はいま、カトマンズにきているんですが、発展途上国において、子どもの教育を伸ばす上で重要なのはモチベーショントークなんです。貧しい境遇から教育を受けて社会的に収入が高いポジションについている人に話してもらって、子どもたちの学習意欲を向上させていく方法があります。

リケジョについても同じことがいえて、同じ女性がキャンパスで楽しく活動しているだけでは不十分で、その先に社会に出て活躍していたり、高い給料をもらっている姿がないと、なかなかモチベーションにはつながらないとおもいます。

――たとえば、就職活動では、「女性を受け入れる体制がない」と会社が批判されますが、それだけではなく、そもそも女性が賃金の少なくなるような進路選択や、学部に行っている状況があると。

そうですね。それも一理あるとおもいます。現在の議論は、会社の受け入れる状態ばかりに向いているので、私としては教育にも問題があると喚起したいですね。

たとえば、私はハイパーインフレーション後のジンバブエの教育支援に携わりましたが、なぜこのような惨劇が起こったかというと、白人が経営する農場や会社を接収し黒人に分け与えたのですが、農場や会社を経営する知識もスキルも十分ではなかったため、国全体の生産能力が激減したことも一因です。このことが示唆するように、男女に限った話ではありませんが平等な社会を作るためにはまず教育をしっかりさせないといけないということです。

ですが、もちろん就職したときに女性にとって働きづらい環境になると就職する意欲をそいでしまいます。「ニワトリが先かタマゴが先か」の議論のように、女性が教育を受けていないから、社会が女性の働きすい環境を整備していないというのもありますし、そういう状況だから女性が学ぼうとしない状況もあります。両方の取り組みが重要だとおもいますね。

女子教育の課題ははっきりしている

各学部の女子学生の比率についてみてもらいましたが、もう一つ注目して欲しいグラフがあります。教育系についてです。

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日本は、60パーセント以上の女性がいますが、他の国と比べて少ない状況です。「Education at a Glanceから見る日本の女子教育の現状と課題」でも指摘しましたが、特に日本の高校・大学・大学院での女性教員も少ない状態です。

というのも、女性教員というのは、女子学生のロールモデルになり得ます。私は田舎の方の出身なのですが、やはり大学を出て働いている女性というのがほとんどいません。大都会だと、いろんなモデルを見ることができますが、田舎は基本的に人口の流動率が低いので、かつ比較的同質な人たちで固まっているので、女性教員は貴重なロールモデルなんです。

――私も地方出身ですが、とにかく大卒が生かせる職が教員か公務員しかないのが現状だとおもいます。多くの女子は大学にいかず、看護師・保育士・介護の短大・専門学校にいくのがほとんどです。あくまで実感なのですが。

高校の進路指導にも問題があって、女性には「手に職をつけなさい」と指導して、安易に看護や介護を勧めます。でも、看護や介護はこれから、外国人を入れようとしていますし、そうなると賃金はどんどん下がってくるでしょう。「手に職をつけろ」の合言葉で、5年、10年のスパンでしか見ずにアドバイスしています。

――もともと、男女で理系の科目の学力には差があるんですか?

よく、女子は文系が得意で、男子は理系が得意、というイメージがあるとおもいます。確かに国際学力調査を見ると統計的に男子の方が数学の良い国もありますが、同様に女子の方が良い国もあり、女性の方が数学やサイエンス分野で劣っているというはっきりとした証拠は出てきません。

ですから、義務教育の段階で数学分野の能力が劣るという証拠はありません。言語に関していえばほとんどの国で女子の方が、成績は良いのですが。

――畠山さんは女子大への理系の学科の設置を提言されていますよね。

日本の女子大では、STEM系の学部があるところはかなり少ないんです。ということは、そこにSTEM系の学部が入ることはアファーマティブ・アクション的に有効でしょう。共学の理系学部に「女子枠」を設けることには反発が強そうですが、女子大の理系学部を拡充することに反対する人は少ないはずです。

途上国だと、女の子が学校に来ない理由として、設備の不十分と安全性の問題があります。女子トイレのようなサニタリーの整備が必要ですし、安全性が確保されている必要があります。一つの基準として女子学校にフェンスがあるかどうかが重視されるんです。

現在、理系科目に進む女性は少ないですから、設備としてトイレが必然的に少なく整備が十分でないでしょうし、男性が多いとセクハラ関係のことが起こった場合、どれだけフォローされるのかが難しい。

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そして最後に、日本の場合、ダントツで女性の政治参加が弱い。上の図は世界銀行のデータですが、やはり女性の議員の数が少ない。教育は地方分権的な営みですが、地方の議会に行くとほぼ男性です。やはりそうなると女子教育を議論する人が少なくなってしまいます。

このように、日本の女子教育は課題が非常にクリアに見えていると私は考えています。ぜひ重要な政策課題として議論されていってほしいですね。

補足: ジェンダーギャップ指数レポート2015から

今年も世界経済フォーラムからジェンダーギャップ指数レポートが発表された。日本の順位は145カ国中101位と今年も低迷し、多くのメディアがこの結果を取り上げた。このレポートは4つのサブカテゴリーを持つが、日本は経済活動への参加106位、教育水準84位、健康42位、政治参加104位と、健康分野を除いたすべての分野で下位に沈んでいる。

この結果を解釈する前に、まず国際的なジェンダー制度・政策評価について説明する。国際機関が実施するようなこの種の評価には2×2の次元がある。一つ目の次元は、インプット対アウトプットである。国のジェンダー問題に対する取り組みが結果に結びつくのにタイムラグが発生するため、インプット評価は現在の国の努力を評価しているのに対して、アウトプット評価はこれまでの国の努力を評価していると言える。

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出典:世界銀行 世界開発指標2015

もう一つの次元は女性のエンパワメント対ジェンダーギャップである。両者の違いについて高等教育を具体例として用いて説明する。前者は女性のエンパワメントという観点から女性がどれだけ教育を受けているかを重要視するため女子高等教育就学率を指標として用いるが、後者は男女間格差という観点から男性と比べて女性がどれだけ教育を受けているかを重要視するため高等教育就学率の男女比(Gender Parity Index: GPI)を用いる。

上の表ではボツワナ・日本・韓国を例として取り上げた。女性のエンパワメントという観点から見た場合、上記三カ国の順位は韓国・日本・ボツワナという順番になる。一方で男女間格差から見ると順位はボツワナ・日本・韓国と全く逆のものとなる。

一般的に国の経済状況が良くなると、女性の教育状況・健康状況も良くなるので、女性のエンパワメントで評価すると高所得国はジェンダー問題に対する政策努力にかかわらず高い評価を得がちになる。しかし、男女間格差に焦点を当てて国の状況を評価するとこの効果が現れづらくなり、ジェンダー問題への取り組みがより公平にモニタリングされると言える。

ジェンダーギャップ指数レポートはリソースの投入よりも実際に格差が縮小しているのかどうかに焦点を当てていると記述しているので、最初の次元ではアウトプットを採用している。

次の次元についてはレポートの名前にも現れているが本文中にもエンパワメントではなくジェンダーギャップで評価していると記述があるので、ジェンダーギャップを採用している。つまり、このレポートはこれまである国がどれだけジェンダー問題に政策努力をしてきたか、その結果男性と比べて女性の状況が現在どうであるか、をランキングしたものだといえる。

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以上を踏まえた上で、レポートがランキングを作成するために採択した指標ごとに日本の状況を見ていく。上の図はレポートがランキングを作成するために使用した指標における日本の値と参加国の平均値を示したもので、指標の上部に記した数値は各指標における日本の順位である。

上の図から読み解ける日本のジェンダー問題の特徴は、1)成人識字率・中等教育就学率・健康寿命が首位と、女性の基礎的な人的資本面は優れている、2)しかし、労働参加率・同種の仕事での賃金格差・所得格差が中位前後で、基礎的な人的資本が経済参加に結びついていない現状がある、3)さらに、高等教育就学率・シニアポジション人材・国会議員が下位25%以下に沈んでおり、基礎的な人的資本は充実しているものの、高度な人的資本を持つ女性が不足している、という3点に集約できる。

教育分野の詳細についても少しだけ触れておく。インタビューの中では女子学生の比率を学部ごとに示したが、レポートは教育のサブインディケーターとして博士号取得者に占める女性の割合と、STEM系を一つにまとめてSTEM系高等教育卒業者に占める女性の割合を報告している。

日本の博士号取得者に占める女性の割合はOECD諸国の中で最下位なのはインタビュー中にある通りであるが、参加国全体に対象を広げても日本より下位に位置する国はわずかに10カ国(アルメニア・ブルキナファソ・ブルンジ・エルサルバドル・エチオピア・ガーナ・ホンジュラス・モザンビーク・ネパール・サウジアラビア)しかない。これらの国の中等教育・大学教育の状況を考慮すると、世界的に見ても日本の女性の男性と比べたときの教育水準は極めて低いことが分かる。

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また、上の図はSTEM系高等教育卒業者に占める女性の割合であるが、やはり日本はOECD諸国で最下位に位置する。さらに、参加国全体に対象を広げても日本より下位に来るのはカンボジアただ一国のみである。

中等教育までは日本の女子教育は質・量ともに世界トップクラスであることに疑いの余地はないが、高等教育となると世界でも最低クラスになることをこのレポートも示している。中等教育から高等教育への女子のトランジションを如何に改善するか、日本の女子教育は数ある社会問題の中でも明確に課題が分かっているものであるにもかかわらず、それに対する政策努力は十分になされてこなかった。このレポートからもそのようなメッセージを読み解くことができる。

プロフィール

畠山勝太比較教育行財政 / 国際教育開発

NPO法人サルタック理事・国連児童基金(ユニセフ)マラウイ事務所Education Specialist (Education Management Information System)。東京大学教育学部卒業後、神戸大学国際協力研究科へ進学(経済学修士)。イエメン教育省などでインターンをした後、在学中にワシントンDCへ渡り世界銀行本部で教育統計やジェンダー制度政策分析等の業務に従事する。4年間の勤務後ユニセフへ移り、ジンバブエ事務所、本部(NY)を経て現職。また、NPO法人サルタックの共同創設者・理事として、ネパールの姉妹団体の子供たちの学習サポートと貧困層の母親を対象とした識字・職業訓練プログラムの支援を行っている。ミシガン州立大学教育政策・教育経済学コース博士課程へ進学予定(2017.9-)。1985年岐阜県生まれ。

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