組体操、この先に必要な議論とは

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国の主導するガイドラインを

 

荻上 これまで組体操について議論されてきましたが、今ようやく国や自治体が動こうとしています。なぜこのタイミングで動き出しているのでしょうか。

 

内田 やはり、教育委員会や文科省などの教育行政が学習指導要領に記載もない、運動会の一種目にすぎない組体操に対して口を出していたら、体操服の色を決めるようなもので、そんなことに口を出して良いのかという問題があります。ですから、本当は現場の判断で安全な方向に変えていかなければいけませんでした。

 

しかし2014年5月に僕が巨大組体操を批判する記事を書いて、教育界ではそれなりにこの問題が知られるようになり、さらにときには保護者からの批判もあるにも関わらず、学校はそれでも巨大な組体操を続けてきました。いよいよこれは体操服の色の問題とは違って子どもの安全が関わっている問題だと、教育行政が痺れを切らして安全最優先を打ち出してきたのだと思います。

 

木村 文科省が組体操について指示することは、権限上は可能だと思います。教育の細かい内容を指導しているわけではなくて、子どもたちの安全面を見ているわけです。安全であれば組体操でもなんでも学校の自治でやって良いのですが、学校の安全を管理する責任は文科省にもあるはずです。

 

荻上 地方や学校それぞれの自治は当然あるわけですが、自治だけではなかなか改善しない議論もありますよね。体罰はやめなさいと文科省がいうのと同じように、実際に人権を侵害するようなケースが起きてしまっている場合には、国が主導して動くことも仕方がないことになるわけですか。

 

内田 私もそう考えています。体罰に関して文科省は積極的に動きました。ガイドラインではかなり細かいところまで、これは体罰に当たる、これは当たらないと例示しています。そこまで踏み込んでいるので、組体操に関しても細かい指示をしてほしいです。

 

荻上 3月25日、文部科学省が全国の学校に対し「タワーやピラミッドなどの大きな事故につながる可能性がある技について、確実に安全な状態で実施できるかを確認し、できないと判断される場合は実施を見合わせること」という通知を出しました。この通知を出した日に行われた馳文部科学大臣の会見の一部をお聞きください。

 

「各学校において児童生徒の安全を確保するため、必要な措置を講ずることが求められているところであります。とくに組体操については年間8000件を超える負傷者が発生し、社会的な関心を集めているところであり、事故防止に向けた措置をしっかりと講じていただく必要があると考えています。このため、文科省としては本日、各都道府県教育委員会に対し、組体操などによる事故防止の徹底を求める文書を発出したところであります。

 

一律に禁止をというものではもちろんありませんが、十分な配慮のもとに行われるべきです。組体操は一人ではできません。したがって、クラスなど一定の集団において協力しあうことを教育効果として求めていると思われます。同時に、ピラミッドなどの場合には、土台になる人には筋力が必要ですし、上に乗る人にはバランス感覚が必要です。万が一のために支える人にとっては注意力が必要であります。

 

こういった全体の調和も、相手のことを思いやるために自分を犠牲にする、そういう教育的効果もあると思われます。その上で、こういった教育効果を発揮するために運動会の種目とするということについては非常に高い教育的価値は求められると高く評価したいと思っています。

 

が、実態は先輩らに申し上げている通り、年間8000件を超える事故の報告があり、2000件を超える骨折という報告があり、その中には頚椎とか、肘や膝や腰、重大なお子さんの日常生活にも差し障るような事案も見受けられます。したがって、安全、確実ということは重要なキーワードだと思っています。より一層の緊張感をもって取り組んでいただかないと、子どもたちに対してもそうですが、安心して預けていただいている保護者に対して、万が一のことが起きたときにあなた自身はどう責任をとれるのですかと私は申し上げたいと思います。」

 

木村さん、この会見の印象はいかがでしょうか。

 

木村 全体を通して非常に抽象的という印象を受けました。馳大臣の言葉を要約すると「安全に組体操をやらなければいけない」ということですが、別に危険なことをしようと思ってやっている学校は一校もありませんよね。指導をするなら、ピラミッドやタワーを作るときにどのような補助を付ければ安全にできて、どのようなことが危険と認定されるのか、より具体的に指摘しなければ現場は変わりません。

 

内田 それは非常に大事ですね。これまで安全だと言い張って巨大な組体操をやってきた学校が、今回の通知を受けて、「教育的意義も馳大臣が言っていたことと合っているし、安全にも配慮している」と言って開き直るのは怖いなと思います。だからこそ、より具体的な議論が必要です。一段の扇型でもいかに安全にできるよう指導するか。低い段数の技でも丁寧にやれば、バランス感覚や協調性など勉強できることはたくさんあります。

 

荻上 なるほど。さきほどの馳さんの議論の仕方は、半分はバランスをとるために配慮した発言だったと思います。というのも、文部科学省の中でも副大臣をはじめ組体操擁護派は結構います。そうした人たちに対して、「あなたたちのおっしゃっていることは分かりますよ」と。でも、万が一のことがあったときに責任がとれるのかということは問わなくてはいけないので、「現場にはより注意をしてもらいましょう」という言い方になった。

 

結果としては玉虫色の発言になっているので、現場の人たちに「事故を起こさない範囲でよろしくね」と丸投げしている格好になってしまっているのが苦しいところかなという気がします。たとえば、具体的なガイドラインを国が主導して作り、それを現場と一緒に更新していきましょうという呼びかけだったら、それはそれで筋が通ったやり方だと思いますが。

 

木村 組体操に意義があるかどうかと、組体操を安全に実施できるかは、はっきりと分けて議論しなければなりません。まず安全にできるかどうかをしっかりと判断しなければならない。安全にできないのであれば、それは安全配慮義務違反になるのですから、組体操にどれだけ意義があろうと、やってはいけないわけです。同じ次元で語ってはいけないことを並べてしまって、優先しなければならない価値を相対化してしまっている。これが一番の問題だと思います。

 

荻上 なかにはリスクがあるからこそ意義があるとおっしゃる方もいますよね。

 

木村 それは何の効果があるのでしょうか。20面のサイコロで「1」が出たら死ぬとして、そのサイコロをあなたは振るのかという話です。

 

 

安全最優先で体育的な意義は生まれる

 

荻上 こんな意見も届いています。

 

「私は長年、学校の行事にボランティアとして参加してきました。私が一番違和感を持つことは、組体操は危険だとして一律に排除しようとする動きです。私個人は組体操という競技が大好きです。運動会の花の一つであり、練習から見てきたこともあり、成功した際にはこれまで幾度となく感動・感銘してきました。だから組体操を一律に排除する方向に議論を導くのではなく、どれだけの人数や体格の子供がいればピラミッドやタワーが成りたつのかという冷静な分析、対策をまずは行い、それにそぐわない場合は学校の判断で中止にすればよいのだと思います。」

 

木村 この指摘が非常に自分勝手なのは、やはり崩れたときにどうすれば良いのかを書いていない。安全配慮義務の判断では、体格を検討したくらいでは、義務を果たしたとは認められない。崩れたときに掴まる手段を用意していなければならないと裁判所は言っているのですから、そんなことができるのか、これがピラミッドやタワーの最大の論点です。

 

 

木村氏

木村氏

 

 

荻上 この方は練習から見てきたということもあり、観客側のスタンスとしてのコメントになるのでしょうね。ただ一方で、どうすればより安全なのかという中身の話をするのも重要だと思われます。

 

今日はたくさんメールを頂いていますので、一つ一つ紹介していきます。

 

「痩せている私は、組体操のピラミッドやタワーは決まって上の方に割り当てられていました。よく上の方の人は楽だなんて言われますが、『早くしろ!』、『痛い!』という叫び声に似た声を出す土台の人たちの体の上を、不安定で落ちそうになりながら登るのは本当に苦痛でした。」

 

上の人は転落、下の人は押しつぶされるという危険がそれぞれある。また下の人はずっと地面と向き合ってプルプル震えながら耐えていなければいけないし、上の人は下から「苦しいよ〜」という呻き声が聞こえる中、地獄を登りつめていくようなイメージで、それぞれの苦痛があるわけですね。

 

続いて、こちらは組体操の指導をされていたという方から。

 

「今は特別支援学級に勤務しているので組体操とは無縁ですが、以前は小学校に勤めており、5年前から3年連続で指導していました。内田先生のホームページを見て、今は本当に怪我人が出なくてよかったと思っています。教員としては毎年同じとはいかないので、本屋で関連本や教育誌、YouTubeで見ることのできる大阪の学校の組体操映像を参考に指導していました。すみません。専門性はなかったと思います。娘が通っている学校ではタワーなどはない組体操とソーラン節の組み合わせ、それはそれで見栄えの良いものでした。もし小学校に戻ることがあったら組体操はしたくないです。」

 

木村 素晴らしいですね。先生方にとって、学校で行われていることは自分たちがやってきたことなので、どんなに危険性や違法性を指摘されても素直に反省できないパターンが非常に多い気がします。そんな中で素直に反省されて、これからは改めようと思われるのは非常に優秀な先生だなと思います。

 

荻上 そうですね。また、こんな質問も来ています。

 

「組体操の危険性について知りたいことですが、組体操の種類によって危険度の大小は区別されているのでしょうか。たとえば、ある程度十分な練習時間をとれば安全にできるが、現在の学校の授業時間では十分に時間がとれないため結果的に危険性が高くなるものと、どんなに練習しても危険性が高いものとに分かれるのでしょうか。」

 

どこまでが安全でどこからが危険だというラインはあるのかということですが、内田さん、いかがお感じになりますか。

 

内田 いま一番大事な議論です。さきほど木村さんがおっしゃったように教育的な意義はいったん置いておいて、まずは安全最優先で何ができるのか、ですね。

 

荻上 中には今も組体操をやりたいという声が止まらないところもあります。そうした学校に対して、こうした方がより安全になると提示することが必要になるわけですね。

 

内田 そうですね。あえて組体操の原点のようなことを言ってしまえば、子どもを抱っこするのだって組体操なんです。相手のことを思いやってしっかり胸元で抱える。肩を組むのも同じで、自分がだらーっと寄りかかってしまうと相手に負担がかかるので、自分は軸をきちんと立てなければいけません。人と人とのバランス関係を学ぶ意味で組体操は大変重要です。

 

そう考えれば、巨大化の必要もないし、幼い子どもに無理をさせる必要もない。安全最優先で指導すればバランス感覚を学ぶことはできる。お互いに支え合うことも学べる。そこに体育的な意義は出てくると思います。

 

木村 一律禁止の必要はないのではとよく言われますが、そうおっしゃる方は、裁判所が義務を果たしたと認定するぐらいまで、子どもたちに繊細な指導を行う覚悟があるのだろうかと疑問に思います。

 

荻上 みんなが組体操エリートになることは非現実的ですが、しっかりと指導する自信があり、努力に時間を惜しまない人が自分でプレゼンして説得していかなければ状況は変えられないということですね。

 

木村 組体操で現に重大事故が多数発生していることを考えると、現状では、安全な組体操は困難でしょう。一律禁止をした上で、組体操の内容や指導者の能力に応じて、例外的に解除するという対応が一番適切だと思います。

 

 

教育の現場では正当化されてしまう

 

荻上 今後、学校現場ではどのような試みが必要になってくるでしょうか。

 

内田 まず現場の前に国が動いて欲しいと思います。そこで初めて先生が、自分が何ができるのか考えることができる。そうした丁寧なプロセスが必要だと思います。

 

木村 また、精神論の前に法律論を考えてほしいです。私は今年1月に現代ビジネスの『これは何かの冗談ですか?』(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/47434)という記事で、広島県の道徳教材を扱いました。ここでは、主人公のつよしくんがピラミッドの練習中に転落して骨折してしまいます。そしてお母さんに「一番つらい思いをしているのはあなたではなくて、バランスを崩してしまった子の方だ。許してあげなさい。」と言われ、つよしくんはその子を許してあげる。素晴らしい道徳ですねというお話なのです。

 

荻上 何言っているの?という話ですね。

 

木村 こんなことを道徳で教えるくらいなら、「つよし君が骨折で何を失ったのかみんなで考えてみましょう」という授業の方がよほど大事ですよね。この記事は記録的なアクセスがあったようで、精神論への不信感は相当あるのだと感じました。法律論として、まずは安全配慮義務を果たしているのかが問題です。果たしていなければ何があってもアウトです。そのような思考を学校に取り入れていかなければ、こうした問題はなかなか解決しないと思います。

 

荻上 市民社会ではありえないようなことを、教育現場ではやらせる場合も多かったりしますよね。なかには、リスクの高いことを子どものうちに経験して慣れておいた方が良いとおっしゃる方もいます。これは議論を混合してしまっていて、成長した結果リスクに耐える力を身につけさせることはやればいいと思いますが、単に同じようなリスクを与え続ければいいという話ではないですよね。社会に出て理不尽な思いをするのであれば、社会を変えるような人材にすべきなのであって、理不尽に従順に従う人間になることをゴールとするような教育は問題だと思います。

 

内田 体罰もそうですが、市民社会では許されないことが教育の現場では正当化されてしまうんですね。2メートル以上の高さで囲いのないところに登る、これは建築現場でもまずあり得ないですよね。教育だからと正当化されてリスクが見えなくなる。これは教育が抱える大きな問題だと思います。

 

荻上 内田さん、木村さん、今日はありがとうございました。

 

 

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