教育の国際性向上に向けて――国際バカロレアへの期待とイギリスからの示唆

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イギリスの教育改革とIB

 

それでは、海外ではどのような意図でIBが普及・拡大されているのだろうか。ここでは、とくにイギリス(おもにイングランド)を事例に概観する。

 

イギリスでは、1951年に後期中等教育修了および大学(高等教育)の入学基礎要件として開発・導入されたGCE-Aレベル(General Certificate of Education Advanced Level、以下:Aレベル)が、イギリスの伝統的な学術的な資格として「黄金のスタンダード」(the golden standard)と呼ばれるほど、価値の高い教育プログラムとして広く認識されてきた。

 

Aレベルでは、生徒が大学進学後に学びたい分野に必要な科目をおもに3科目選択し、深く学んでいくという大学準備教育の要素が強い特徴がある。そのため、大学で理系分野に進学を希望する場合は、Aレベルで文系の科目は履修しなくてもよくなるということである。このように「選択」と「集中」を通じた大学準備教育が、まさに大学進学のための「黄金のスタンダード」として広く認知されてきた所以なのである。

 

しかし、Aレベルに対しては、導入当初からいくつかの批判も存在していた。それらは、おもにAレベルがエリート偏重ではないかというものや、その特色でもある、後期中等教育段階という早い段階での3科目に限定された学習が、生徒の学びや知識を狭めてしまうのではないかという「早期の専門化」や「文理のバランス」の問題等が中心であった。

 

さらにAレベルでは、これまで教科横断的な学習を推進する「共通のコア学習」の導入を頑なに拒んできた点があげられる。その背景には、アクティブラーニングや教科横断的な学習等を含む「共通のコア学習」が、元来、職業教育・訓練の分野において行われてきた学習であり、「黄金のスタンダード」であるAレベルには相応しくないという認識が根強く存在していたからである。

 

しかし、2006年に状況は大きな転換点を迎えることとなった。そのきっかけは、2002年に資格試験団体によるAレベルの最終成績を良く見せるための不正操作が行われ、それが「Aレベルスキャンダル」として報道されたことで、Aレベルに対する国民の不信感や質の低下が懸念されるようになったことである。そこで、当時のトニー・ブレア労働党政権は、Aレベルの代替資格の模索をしはじめ、文理のバランスがとれたカリキュラム構成や共通のコア学習を含む、幅広い学習を行なっているIBに注目が集まったのである。

 

そして、2006年にブレア首相(当時)によって、イギリスの各地方当局の管轄下に最低でも1校のIB認定校を開校するよう指示し、250万ポンドの財政支援策を発表している。これにより、2010年を前後にイギリス国内では、とくに公的セクターにおけるIB認定校が急速に拡大し、全体で一時230校にまで拡大したのである(注6)。このように、イギリスではAレベルがこれまで伝統的に行なってきた3科目を専門的に学習する方法から、より幅広く学習し、応用力や深い学習を行なう教育も認め、国内の生徒に対する大学入学資格の選択肢を与えることを一つの目的としてIBが導入されたといえる。

 

(注6)Tristan Bunnell (2015) The rise and decline of the International Baccalaureate Diploma Programme in the United Kingdom, Oxford Review of Education, Vol 41, Issue 3, pp.387-403.

 

このように、急速にイギリス国内で拡大したIBであったが、2010年にキャメロン保守・自民党連立政権(当時)への政権交代が行われ、今度は逆に公的セクターへの財政緊縮策が発表されると、IB認定校は急速に減少することになった。その理由として、IB認定校はIB機構に対し、毎年高額な年会費(約120万円)を納めなければならず、その他教員研修や教材等で多くの予算が必要であることから、国からの補助金なしでは提供できない公(立)営学校では、その維持が困難になったといえる。

 

しかし、その一方で近年のイギリスでは、IB認定校は減少したものの、バカロレアの名称を冠したイギリス独自のバカロレア型資格や教育プログラムが開発・導入されている。それらは、モダン・バカロレア、テクニカル・バカロレア、イングリッシュ・バカロレア、シックス・フォーム・バカロレアやアドバンスト・バカロレア(ABacc)等であるが、これらバカロレア型資格や教育プログラムの特徴としては、教科学習に加え、「共通のコア学習」が含まれている点があげられる。

 

この点からも、イギリスではIBは縮小したものの、その特色である「共通のコア学習」を通じたコンピテンシーの育成は残り、国内資格に加えることでその育成を図ろうとしているといえる。これは、まさにグローバルレベルで開発された「IBのローカル化」や「国内資格のバカロレア化」ともいえる状況が生じているといえる。とくに、ABaccは、伝統的なAレベルに、個人探究やプロジェクト学習等を追加することで付与される資格であり、これまで頑なに共通のコア学習の導入を拒否してきたAレベルにとっては大きな変革であるといえる。

 

 

イギリスの教育改革から見えてくること

 

以上のように、イギリスでは、2006年に当時のブレア労働党政権による国内のIB認定校の拡大政策が推進され、その後、公的セクターにおいて急速に拡大してきたが、これは現在日本において進められている、2020年までに国内のIB認定校数を200校にまで拡大する政策とも類似した状況である。その意味で、イギリスは日本よりも約10年先にIB拡大政策を推進していたといえる。また、どちらも政策主導でIB導入が進められている点も共通している。

 

しかし、IB導入の目的については、日本では内向き志向と呼ばれる日本人生徒の海外の大学への進学を促し、英語でのコミュニケーション能力や国際理解力等を身につけ、将来、国際的に活躍し得るグローバル人材の育成が目的となっている一方で、イギリスでは海外の大学への送り出しというよりもむしろ、国内の伝統的な資格であるAレベルの代替資格として、国内の大学進学の際に取得する大学入学資格の新たな選択肢として導入されている。

 

また、Aレベルでは、これまで専門に特化した内容であり、生徒の主体性や態度、論理的思考力等、学力と同時に多岐にわたる能力も含む「コンピテンシー」の育成が行なわれていなかった。そのため、IBのような文理のバランスがとれた学際的な学習、共通のコア学習を含む教育プログラムが注目され、普及・拡大されたといえる。

 

どちらも人材育成ではあるものの、日本では国際化の一環として、海外への送り出しが目的である一方で、イギリスでは国内の学術的な教育プログラムがこれまで育成してこなかった内容を補完するかたちで導入されているものであり、国内の教育や人材育成の「国際性」の向上ではない点で、日本の状況とは異なるといえる。

 

 

おわりに

 

最後に、日本の教育の国際化について、IBが果たす役割についてその可能性を検討したい。そもそも、海外大学の入学要件で用いられる資格とはIBのみに限定されているわけではない。志望する大学によって異なるものの、高校での成績やTOEFLなどの英語力、SATなどによる学力証明、エッセイ、課外活動等、その要件を満たせば、入学許可を得ることは可能である。

 

こうした状況で、IB大学入学資格を取得するメリットとは何だろうか。第1に、前述したように、世界75か国約2500以上の国と地域で入学要件の一つとして認められていることにより、国・地域という点で選択肢が多いという点がある。第2に、IBが国際的な理念を持ちながらも「大学準備教育」としての教育内容を提供している点を挙げることができる。たとえば、IBの教育プログラムは人文科学、自然科学、社会科学、芸術という文理融合の幅広い教科群から編成されているため、大学入学前に一般教養科目を履修したとみなされ、大学の単位が付与される例もある(注7)。

 

(注7)たとえば、米国ハーバード大学では、選択科目の上級レベルでスコアが7(満点)の場合、履修免除(単位認定)される。また、米国UCLAでは、上級レベルでスコアが5の場合、科目履修免除される等、各大学でそれぞれの活用例がある。「国際バカロレア日本アドバイザリー委員会 報告書 参考資料集」http://www.mext.go.jp/a_menu/kokusai/ib/__icsFiles/afieldfile/2014/04/15/1326221_06_1_1.pdf

(2019年5月26日閲覧)

 

また、コア科目「知の理論」や「課題論文」により、批判的思考力、リサーチ能力、論理的に書く力が身につくなど、大学入学後に必要となる力を事前に学ぶ機会を得ることができる。さらに、バイリンガル主義の名のもと2言語習得を前提としている点も、大学で学ぶ上での魅力の一つとなっている。こうした特徴は、日本の高等学校から海外大学への進学が制度的には開かれていたものの、日本の教育内容が、海外大学とは大きく異なり障壁となっていた点を解決するものである。

 

さらに、IB認定校の普及は、海外の学校から日本の高等学校・大学へ入学する機会ともなりつつある。たとえば、立命館宇治高等学校は、入学試験の出願資格に帰国生と並び外国籍をもつ生徒(海外在住、国内在住含む)を出願資格の対象としている。さらに、入学試験会場を所属機関(日本)、香港、上海、シンガポール、ロンドン、ニューヨークで実施していることからも、広く門戸を開いていることがわかる。これまで、帰国生や外国籍の生徒は主要な入学対象者ではなかったが、IB認定校になったことで、求める入学対象者に変化が生じている。こうした動きは、国際化を推進する総合大学でもみられるようになっている。

 

以上から、IBの普及・拡大を進める動向は、国際流動性に対応するための学校の法制度等を整備する契機となっており、教育の国際性向上に寄与しているといえる。しかし、今後、IBがどのように展開していくのか、その行く末については未知数である。

 

私たちにどのような道が示されているのかは、イギリスの例が一つの参考になるだろう。つまり、このままIB認定校を増やし、国際化を促進する手段としてIBを活用し続けるのか、それともイギリスのように伝統的な国内教育プログラムにIBの要素を部分的に組み込み、国内独自の教育プログラムを開発するかである。

 

どちらに進むにせよ、今後急速に変化する予測不可能な社会を生きる子どもたちが豊かな教育を経験し、主体的に考え、これからの社会の担い手になれるよう、今まさに社会全体で議論することが求められている。

 

 

参考文献

 

・中央教育審議会(2016)「新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について〜すべての若者が夢や目標を芽ぶかせ、未来に花開かせるために〜(答申)」

・国際バカロレア機構公式ウェブサイト http://www.ibo.org(2019年5月13日閲覧)

・文部科学省(2017)「新しい学習指導要領の考え方-中央教育審議会における議論から改訂そして実施へ-」http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/__icsFiles/afieldfile/2017/09/28/1396716_1.pdf(2019年5月13日閲覧)

 

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