フランスの共和主義とイスラームの軋轢から「市民性教育」について考える

イスラーム嫌悪の中でのライシテ再考

 

こうした教師の考えとは別に、政治家やメディアは、イスラーム嫌悪の風潮に乗って、ライシテを共和主義者にとって都合よく解釈していった。それはスカーフ禁止法に至る経緯に見出せる。

 

スカーフに関する最初の「事件」が起こった1989年は、共和国誕生200年目にあたる年であったことも、スカーフによって共和国の学校が不安定になっていると問題視させた。この時の対応としては、社会党政権の教育大臣はスカーフをとることを強制するのではなく、対話によって生徒を思いとどまらせようとし、国務院も対応を学校長の判断に委ねた。ところが現場では、学校とムスリム少女と保護者の間を仲介する者が出てきて、学校側にスカーフを理由に女子生徒を退学処分にするのは難しいが、スカーフを取らないために出席数が不足するので退学させることができると助言する者などがでてきた[*9]。

 

このように教育現場が混乱する中、中道・右派政権の教育大臣は1994年9月20日に、宗教的帰属を誇示的(これみよがし)に標章するものを着用することを禁止するという政令を出して収拾しようとした。この結果、スカーフ着用を理由とした退学処分が増加したが、同時にこうした対応をめぐって教師たちの間に亀裂を生んだ。

 

2001年に起こった9.11テロ以降には、イスラームへの脅威がフランスでも高まり、スカーフをかぶって授業を受けようとする少女たちはメディアによってイスラームの象徴と目され、共和国を脅かす存在とされていった。

 

さらに、1905年政教分離法制定100周年を控えていたことも、ライシテ再考を後押しした。右派のシラク大統領がライシテを検討する諮問委員会を設置するよう命じ、2003年7月~12月、「共和国とライシテ」について各地で公聴会などを設けて検討し、公共の場での個別な宗教的実践を法によって規制すべきとの答申を出した。同委員会では、ライシテや共和国秩序を保つ以外に、夫や兄弟からスカーフ着用を強制されているムスリム女性を学校では解放すべきだという人権擁護の視点や、イスラーム原理主義者の影響から子どもたちを守らなければならないという理由から、法による規制という判断が出された。

 

これに対して、法規制に反対する立場からは、「スカーフ少女たちは教育を受ける権利がある」、「彼女たちこそ教育によって近代化されなければならない」、「行き場を失うから、放校すべきではない」といった意見や、「国が法によって規制すべきことではない」といった意見が出された。

 

この委員会では、公立学校に「これみよがし」な宗教的な標章の持ち込みを禁止するという提案に対して、一人が反対する以外[*10]すべての委員が賛成を表明した。この答申を受けて、国会では議員の賛成多数で2004年3月にいわゆる「スカーフ禁止法」が制定された。そして同年9月の新学期から公立の小学校(école)、中学校(collège)、高校に適用された。

 

同委員会が行った提案の中には、学校で異なる宗教の考え方を教えることや、イスラームやユダヤ教の宗教的行事や祝祭日の意味について理解を深めること、学校や企業や病院などの食堂で、ムスリムが食べない豚肉に代わる食品や、カトリック教徒が金曜日に魚を食べる習慣など、食に関する要求に理解を示すこと、葬儀に関する宗教的要求を考慮するなど、信仰の多様性を尊重する「開かれたライシテ」についても提言された。

 

しかし国会で採択されたのは宗教的標章に関することだけであった[*11]。しかも、この法律は表向き、「公立学校は共和国の市民を育成する、世俗的な学校であるため、宗教的なものを持ち込むことを認めない」として、あまりにも目立ちすぎる、他者への宗教的勧誘を目的とするような宗教的標章の公立学校への持ち込みを禁止した。その例として、イスラームのスカーフ、ユダヤ教徒の男性が頭につけるキッパ、シーク教徒のターバン、あまりに大きな十字架などの着用を禁じた。

 

ところが「これみよがし」であり「宗教的勧誘を目的とした」宗教的標章の根拠を何に求めるのかが明確ではなかった。そのため、女子生徒が妥協してバンダナを巻いてきた場合にこれをスカーフとみなすかどうかは結局、校長の自主判断とされた。こうして、学校現場では厳格に法を適用しようとする校長・教師と、スカーフをかぶる女子生徒と彼女らを守ろうとする教師との間に修復しがたい亀裂を生んだ[*12]。

 

さらに、スカーフ以外はとくに問題となっていなかった。この2004年法の施行に関する報告によると、639件(2004-05年)の宗教的標章が問題となったが、内訳は2件の大きな十字架、11件のターバン、これ以外はすべてイスラームのスカーフである[*13]。このことから、この法律がイスラームをターゲットとしているのは明白だった。また、このほかの問題についても、委員会では検討が行われたのにもかかわらず、このように政治の場でスカーフが焦点化されていった。

 

 

スカーフ少女は「共和国フランスの敵対者」なのか

 

メディアによる報道の仕方にも問題があった。スカーフ少女についてメディアが過剰に報じたため、スカーフを着用した少女の数は少なかったにもかかわらず、実際よりも多くの人が着用しているという印象を与え、多くのフランス国民の間に恐怖を煽った。

 

先の報告書によると、学校の懲罰委員会によって宗教教育が認められている私立学校への転学、通信教育という代替措置に生徒が応じたケースもあったが、退学は47件(44件がイスラームのスカーフ、3件はシーク教のターバン)裁判に訴えたのが28件あった(のち3件は取り下げた)。それでも1994年政令が出された時は、宗教的標章の問題が3000件(1994-95年)、140件近くの退学者を出したことと比べると、数としては大幅に減っていた。しかしこのような彼女たちの存在を大きく誇張したメディアの報道の仕方によって、彼女らにはそんな意図はなかったのに、「共和国フランスの敵対者」というレッテルが貼られた。そして、退学という学校からの排除や、社会的接点のない通信教育という社会からの排除にあい、行き場を失ってしまった。

 

本来、学校という場所は市民を育成する場所である。法規制派たちの根拠でもあった「(ムスリムの)男性から守るべき対象とされた女性」である少女たちは、より一層守られなければならない立場である。それなのに、市民や「共和国」の政治家らによって、スカーフはライシテに反するイスラームの象徴とされ、学校から追放されてしまった。

 

そもそも公立学校で非宗教性を保障されたのは「教育内容」「教育の場」、「教師」であって、生徒たちの脱宗教化を求めているわけではない点を考えると、この事態が異常であることがよくわかる。すなわち、少女たちにスカーフを取れと要求することは、本来のライシテの原則には含まれていないのだ。「スカーフを取らない」から「ライシテに反する」という主張は、ライシテの正しい解釈ではなく、スカーフ論争の中で作られていったものと言わざるを得ない。

 

また、スカーフ論争の際にイスラーム主義者の勧誘を危険視する者がいたが、これに対してアメリカのフェミニスト研究者は次のように反論している。

 

 

「スカーフ禁止法によって主張されたのは、ヒジャブをかぶることで個人的/宗教的アイデンティティを獲得する人々の差異を許容できないということであった」が、実際には「スカーフをかぶった少女たちが同級生に自分たちの信仰を強要しようとはせず、たんに自分たちのアイデンティティの感覚を失わせる服装は、自分たちからはできないと主張しただけであった」[*14]。

 

 

このように、10代の少女たちのスカーフ着用について、自己の確立や思春期特有の迷いによるものと考える方がより説得力があるといえるだろう。そう考えると、スカーフを取らせようと躍起になる大人たちの反応は異様に映る。さらに、スカーフ禁止法以後、この傾向はサルコジ大統領の下でエスカレートしていった。2010年にはイスラーム女性の全身を覆う「ブルカ」や「ニカブ」の着用についても公共の場で禁止する法が可決され、翌年4月にヨーロッパで初めて施行された[*15]。こうした一連のスカーフをめぐる法規制に、イスラームを排除したいという共和主義者による政治的な意図を感じざるを得ない。

 

[*9]Ibid.

 

[*10]ジャン・ボベロのこと。

 

[*11]Rapport au Président de la République : Laïcité et République, Commission présidée par Bernard Stasi, Paris : La Documentation française, 2004.

 

[*12]BBCのフランス・スカーフ禁止法に関するドキュメンタリー番組(The Headmaster and the Headscarves, BBC World, 29 March 2005)より。

 

[*13]Application de la loi du 15 mars 2004 sur le port des signes religieux ostensibles dans les établissements d’enseignement publics(Ministère de l’éducation nationale de l’enseignement et de la recherche), juillet 2005

 

[*14]スコット、2012年、p.107。

 

[*15]この後、ベルギー(2011年7月法施行)、オランダ、イタリアにも波及している。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.276 

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