フランスの共和主義とイスラームの軋轢から「市民性教育」について考える

市民性教育の概要

 

スカーフ事件が問題化する中、教育省は将来の市民を育てるため、公民教育の中でライシテを強調していった。まず簡単に、フランスの市民性教育と、公民教育の位置づけとその内容について述べよう。

 

1996年以降、市民性教育(éducation à la citoyenneté)という名称で、次の3つの柱で構成されている。

 

 

(1)知識の伝達を重視した教科「公民教育」(éducation civique)

(2)「学習生活の時間」(heures de vie de classe)という日本の学級会のような学校生活での問題解決型の活動や生活体験を重視した形の活動

(3)「生徒代表の養成」によって生徒代表を学校の会議へ参加することで生徒自治を重視する活動。

 

 

(1)の公民教育は、保育学校から高校までの各教育段階で教科として教えられている[*16]。その内容をみると、保育学校では子どもを児童にするための教育が行われている。小学校では、礼儀や態度(人の話を聞く、他人を尊重する)を学ぶ道徳的側面、生徒たちの間で話し合いを通じて問題を解決する社会性のための教育、フランス共和国やEU(欧州連合)の価値や基本文書(とくに人権宣言)の重要性といった政治教育が行われている。最近ではフランスの国歌への理解も、アイデンティティ強化の観点から加えられた[*17]。

 

中学校では、「歴史・地理」科の教員が「公民」科を教えており、4年間で権利と義務や、多様性と平等、個人および集団の権利、自由、民主的市民権について、身近な生活から国までさまざまなレベルの問題に関連させて学習する内容となっている[*18]。

 

高校では「公民・法・社会」科という枠組みの中で、生徒同士が討論する形式で、市民権の概念を3年間学ぶ。1年生では地方自治体からEUまでの異なる行政レベルの代表者の選出に関する権利の行使や、移民の社会統合、異質性の排除の過程、文化的多様性[*19]、2年生では普遍主義と特殊主義、ライシテ[*20]について学ぶ。

 

 

高校でライシテを公民教育はどのように教えているのか

 

高校1年の学習指導要領の中の「市民権と統合」では、ライシテについて先の諮問委員会の報告やスカーフ禁止法に則り、次のような説明を行っている。

 

 

「市民権は個別のアイデンティティを表明することを選んだり、個人が宗教や個別の歴史を表明したいと思うことに反したりせず、自由にそれを表明することができ、多様性に対処している。しかし多様性にも限度があり、政治秩序と宗教的秩序を分けなければならず、さらに各人の尊厳の平等は特殊文化の実践によって妨げられてはならない」

 

 

つまり、個々のアイデンティティや宗教といった多様性をフランス社会は受けいれてきたが、もはや限界に達しており、政教分離に反するような特殊主義は許容できない、という意味である。そうした現状を教えるために、3段階の指導例が示されている。

 

 

「国家は宗教に対して中立であるという原則を強調する(第1段階)。多様性の限度について許容されているものと許容されなければならないものを生徒に考えさせる。人権と相いれない実践、たとえば(1)少女の性器切除や男女の権利の不平等について受け入れられるか(第2段階)。市民権の手段化の問題、つまり私的領域において特殊な言語を使う自由が、(2)自動的に公的領域、病院、行政、政治制度の中で認められるか。具体的には、各人の文化的自由や集団生活の要求をどのように調整するか。市民権や共通文化の場である公的領域のなかで多様性をどこまで受容できるか(第3段階)」(以上、太字および番号は筆者によるもの)

 

 

強調した部分の説明はムスリムの最近の特殊的要求を想像させるが、それをフランスでは許容できないものとして提示している。(1)については、イスラームの非人権的な風習文化としてフランスでは誤解されることが多い[*21]。

 

(2)では直接言及してはいないものの、ムスリム女性が肌を露出させたくないために全身を覆った水着を公営プールで着用しようとした問題[*22]や、ムスリム男性が自分以外の男性に妻の身体を触れられたくないという理由で男性医師の診察を拒否するといった事態を想い起こさせ、ムスリムの特殊性を考えさせる内容となっている。このように教材の内容がムスリムに焦点を当てつつ、文化的要求や態度に対する許容の限界はどこかについて、高校生に考えさせるものになっているのである。

 

2年生ではムスリムへの焦点化がさらにはっきりする。「ライシテの争点」では、「歴史の過程が異なるムスリムの伝統をもつ人々をどのように統合するか」といった問題を扱い、「学校における権利の点からみたライシテ」といったテーマで「スカーフ事件」を取り上げている。「宗教的実践」、「特有の宗教的標章」、「(食事など)特殊な実践」が学校で起こっていることや、「原理主義の高まりが現実となっている」ことについて、討論を通じて生徒たちに考えさせる内容となっている。

 

このように、高校では今日的な社会テーマであるとはいえ、ムスリムに焦点を当て、彼らの宗教的実践や要求に対してどこまで許容するのかを考えさせる内容になっている。

 

[*16]ただし、義務教育は6歳~16歳までで、保育学校は含まれない。

 

[*17]直接的なきっかけは、2001年10月にフランスとアルジェリアのサッカー親善試合が行われた際に、フランス国歌斉唱をしている最中、アルジェリアのサポーターからブーイングが起こり、そのサポーターのほとんどがフランス在住の移民の若者であった。これがフランスの政治家の怒りを買い、フランスのアイデンティティを強化する方針がだされた。

 

[*18]現行の学習指導要領(2008年)より。

 

[*19]現行の学習指導要領(2002年)より。

 

[*20]現行の学習指導要領(2000年)より。

 

[*21]実際、フランスのリヨンにあるモスク(Grande Mosquée de Lyon)のサイトには「イスラムの少女の割礼:適法か、違法か?」という題で、少女の割礼をコーランも預言者も義務にしていないし認めていないという説明が掲載されている(http://www.mosquee-lyon.org/forum3/index.php?topic=16489.0)。 同様に、人権団体(No Peace Without Justice)のサイトにも「イスラームの観点からみた少女の性器切除」という題でイスラーム法学者(ウラマー)の説明を紹介しながら(http://www.npwj.org/FGM/L%E2%80%99Excision-des-filles-au-regard-de-lIslam.html)、イスラーム法の解釈が紹介されている。裏を返せば、これだけ人々がこの問題とイスラームを結びつけていることの表れだといえ、こうした「誤解」がイスラームの特殊文化への批判を招いているといえよう。

 

[*22]「イスラム教徒用水着「ダメ」仏の公営プール拒否で論議」朝日新聞、2009年8月13日

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

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