「日本は英語化している」は本当か?――日本人の1割も英語を必要としていない

「日本人」の9割に英語はいらない?

 

以下、成毛氏の『日本人の9割に英語はいらない』の記述を見ていく。成毛氏は、上記の対談でも紹介されていたとおり、マイクロソフト(日本支社)の元取締役である。要は、外資系企業で日々英語を使って仕事をしてきた人物である。こうした経歴も功を奏して、同書は、英語教育界だけでなく、ビジネス業界や一般の人々の間でも大きな話題となった。

 

たとえば、2014年5月26日現在、アマゾンの当該書籍ページには74件ものカスタマーレビューが登録されている(ただし、同時点での評価は5つ星のうち平均星3.4個で、高評価に埋め尽くされているわけではない。むしろ、評価のわかれる書籍として話題となったというのが実情に近いだろう)。

 

成毛氏は、外資系企業で長年ビジネスに従事した経験に基づきながら、グローバルビジネスにおける英語の意義を考察し以下のような結論に至った。

 

 

日本人で英語を本当に必要とする人は、たったの1割しかいない。残りの9割は勉強するだけムダである。……中略……ビジネスでも、海外支店へ転勤になったか、取引先が海外の企業でない限り、英語を使う場面はないだろう。国内しか支店のない企業や、国内向けのサービスしか提供していない企業では、間違いなく英語は必要ない。(pp. 27-28)

 

 

つまり、成毛氏によれば、実際には英語を必要とする社会人は1割程度であるにもかかわらず、この現状がきちんと自覚されておらず、その結果、「必要ではない9割が勘違いしてせっせと勉強している(p. 30)」という。そして「日本人」全員が英語で会話できるようになる必要はなく、1割の英語力を向上させる政策を構想するべきであると、成毛氏は結論付けている。

 

では、「たったの1割」という数字は、どこから出てきたのだろうか。成毛氏は以下のような推計により、「1割」という数字を導き出している(pp. 28-29)。

 

 

・  海外生活が必要な人:1077万人

・  外資系企業の従業員:102万人(出所:経済産業省統計)

・  外資系企業以外で、英語を必要とする人、たとえば大型ホテルの従業員や新幹線の車掌:100万人(根拠不明)

 

 

上記の推算人数を足し合わせると、1077万 + 102万 + 100万 = 1276万 となり、日本の人口の約1割に達するというのが、成毛氏の議論である。

 

かなり具体的な数字が出ているので、何かしら信頼性の高い統計をもとにした数値なのかと思う方も多いかもしれないが、実はかなりあやふやな仮定をもとに導き出した、きわめて乱暴な推計である。

 

たとえば、「海外生活が必要な人」の推算は、いくつもの不確かな仮定をもとに算出されたものであり、現に「合計1077万人」という数値自体、既存の世論調査の結果に照らすと、過大に高い[*2]。また、外資系企業以外の就労者で英語を仕事に用いている人を「100万人」と仮定している点も、何ら根拠を示しているわけではなく、当て推量の域を出ていない。

 

[*2] 内閣府「今後の大学教育の在り方に関する世論調査」(2001年)によれば、海外在住経験があると回答した人は5.6%で、その値に日本の全人口をかけると700万人強である。

 

このような乱暴な推計は仕方がない面もある。社会調査や統計の専門家でない成毛氏に厳密な推算を期待するのは酷だというのがひとつ。そして、さらに重要な理由が、英語使用者数を推計できるような統計がそもそもほとんど知られていないという点である。そういう状況であれば、官庁統計のようなマクロ統計をもとにある程度強引な仮定のもと推計するのも仕方ない。こうした統計の未整備状況は、近年まで、成毛氏どころか英語教育研究者ですら、誰も正確な英語使用率を推計してこなかった事実が物語っている。

 

しかしながら、英語使用率が推計可能な世論調査・社会調査は、実は少数ながら既に存在している。しかも、その一部は個票データが無料公開されており、研究者であれば誰でも詳細な分析が可能である(なお、本稿で用いるデータは、2000年代中頃からすでに公開され始めていた。その点で、使用ニーズの把握を放置したまま、国の英語教育政策の音頭取りなり批判なりに明け暮れていた研究者がいたとすれば、それは率直に言って職務怠慢である)。本稿でも、こうした公開データをもとに、日本の就労環境における英語の必要性の実態を確認したい。

 

なお、分析結果を述べる前に、大前提として確認しておきたいことがある。それは、推計の根拠とする調査は、母集団を明示的に設定しているものに限られる、ということである。英語教育が「お金になる業界」という点も災いしてか、英語教育関係の「実態調査」には、純粋に「実態」解明を狙っているというよりも、プロモーション目的だと考えられるものが多数を占める ――その代表例として、最近、様々な媒体で引用されている、Education First社「EF EPI 英語能力指数」(世界各国の英語力ランキング)をあげておこう。営利企業による「実態調査」は、ほぼすべてが母集団を明示的に設定していない。つまり、いったいどのような集団の傾向を調べようとしているのか調査者自身もよくわかっていないまま、アンケートやテストを実施しているのが実情である。

 

以上のような方法は「有意抽出」と呼ばれる。教科書的には、有意抽出で回答を集めた調査ならば、その結果を一般化するのは御法度とされている。たとえば、ウェブ上で自由に回答を募るタイプのアンケートならば、当然、英語に関心がある人が多数回答するはずで、したがって、英語使用率は「日本人」全体よりもかなり高くなるだろう。また、たとえ調査会社のインターネットモニターに依頼する調査でも、「モニター」集団自体が「日本人」の平均像から種々の点でずれているので、結果にはバイアスが生じることが知られている[*3]。

 

[*3] 本多則惠  2005. 「社会調査へのインターネット調査の導入をめぐる論点–比較実験調査の結果から」『労働統計調査月報』57(2), 12-20. なお、無作為抽出調査の重要性については、http://www.stat.go.jp/teacher/c2hyohon.htm も参照)。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.276 

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