「日本は英語化している」は本当か?――日本人の1割も英語を必要としていない

2000年代前半の英語使用率

 

話をもとに戻して、「高度な英語が必要な人、1割」説を検証してみよう。用いたデータは、日本版総合的社会調査(以下、JGSS)の2002年版および2003年版A票である。回答者は、全国に居住する20歳から89歳の男女から層化2段無作為抽出法で選ばれた。調査は、各年の秋に行われ、有効回答数は、それぞれ2953、1957、回収率はそれぞれ 62.3%、55.0%だった(詳細は、JGSSのウェブサイトを参照のこと)。

 

これら2調査は同一の設問で回答者の英語使用状況を聞いているので、以下ではデータを合算して分析する。

 

設問は、「あなたは、日常生活や仕事で英語を使いますか? あてはまるものすべてに〇をつけてください。」である。用意されている選択肢は、

 

 

・  仕事でよく使う

・  仕事で時々使う

・  外国人の友人や知人とのつき合いで使う

・  家族とのコミュニケーションに使う

・  趣味・娯楽・海外旅行などで使う

・  その他

・  ほとんど使う機会はない

 

 

の7つである。

 

ここでは、仕事での英語使用の2つの選択肢――つまり、「仕事でよく使う」「仕事で時々使う」に注目したい(これ以外の選択肢の選択者数は、JGSSのウェブサイトで確認できるhttp://jgss.daishodai.ac.jp/surveys/table/EUNO.html)。

 

 

使用者、統計

 

仕事関係のパーセンテージを図示した図1を見てみよう。

 

 

図1 仕事で英語を使う人の割合(JGSS-2002/2003)

図1 仕事で英語を使う人の割合(JGSS-2002/2003)

 

 

図の左側が、全回答者を分母にしたときのパーセンテージ、つまり、「日本人」全体に占める英語使用者の割合の目安である。一方、図の右側は、分母を就労者サンプルに限定したものである。仕事で英語を「よく使う」と回答した人は回答者全体のわずか1.0%、「時々使う」と回答した人は5.1%で、合計しても6.1%と1割に満たない。就労者サンプルを分母に同様の計算をしても、やはり1割は下回る。常識的に考えても、「時々使う」と回答した人すべてを、高度な英語を使う人に含めるのはかなり無理があるだろう。したがって、安河内氏ばかりか、水野氏ですらしぶしぶ認めていた「高度な英語を使う人は1割」という認識でさえも、少々多めに見積もり過ぎであると言えそうである。

 

世代別の傾向も確認しておこう(図2)。濃い色の棒が「仕事でよく使う」の割合を、淡い色の棒が「仕事でよく使う+時々使う」の割合をそれぞれ示している。なお、このパーセンテージは、就労者サンプルを分母にして算出したもので、「日本人全体」ではないことに注意されたい。

 

 

図2 世代別英語使用率(JGSS-2002/2003)

図2 世代別英語使用率(JGSS-2002/2003)

 

 

図から、英語の使用率には、30代にゆるやかなピークがあることがわかる。とはいえ30代就労者においても、「時々使う」を含めてやっと1割を少し超える程度である。やはり「仕事で高度な英語を使う人、1割」は実態とだいぶ遊離した認識だろう。

 

なお、20代ではなく30代(および40代)にピークがあることを不思議に思う人がいるかもしれない。詳細は省くが、これは仕事における英語使用に特徴的な傾向である。他のタイプの英語使用(趣味や友人との会話など)では、たしかに20代が最も使用率が高い。また若いほど英語への興味関心が高くなることは各種世論調査から明らかである。

 

これらは仕事での英語使用は、個々人の興味関心だけに左右されるものではないことを物語っている。つまり、英語を必要とするようなどちらかといえば高度かつ責任を伴う業務に20代が配属されることは比較的少なく、30代~40代の壮年層が中心になるため、このような傾向になるのだと考えられる(詳細は、前掲の論文を参照のこと)。

 

 

近年の英語使用率

 

以上、2000年代前半時点で、「時々使う」程度の人を含めても、英語使用者は「日本人」全体の1割にも満たなかったことに納得頂けると思う。しかしながら、JGSS-2002・JGSS-2003は、10年以上前の調査である。現在はこれほど低くないのではと思う人も多いだろう。

 

JGSSはその後も、1・2年に1回のペースで調査が行われてきているが、残念ながら、JGSS-2002・2003の英語使用設問と同一の設問を含む調査はない。JGSSの2006年と2010年の調査でも英語使用についてたずねられているが、後述するとおり、「英語使用」の定義がかなり広いものに変わっている。したがって、2002年・2003年から2006年を経て2010年に至る10年弱の変化を検討することは不可能なので、次善の策として、2006年と2010年の比較を行いたい。

 

分析に用いるデータは、JGSS-2006のA票とJGSS-2010のA票である。母集団は、JGSS-2002/2003と同様で、日本全国に居住する20歳以上89歳以下の有権者男女である。ここから無作為に選ばれた人々に回答が依頼され、それぞれ2124人、2507人から有効回答が得られた(回収率は、それぞれ 59.8%、62.2%)。

 

設問および選択肢は以下のとおりである。

 

 

あなたは過去1年間に、以下のことで英語を読んだり、聴いたり、話したりしたことが少しでもありますか。あてはまるものすべてに○をつけてください。

 

1.仕事

2.外国人の友人や知人とのつき合い

3.映画鑑賞・音楽鑑賞・読書

4.インターネット

5.海外旅行

6.その他

7.まったく使ったことがない

 

 

ここで問われているのは、過去1年間に「少しでも」英語使用があったかどうかである。「英語を使っている」という表現が持つ一般的な含意よりもかなり広い定義で、この変数にはごく限定的なレベルの英語使用も含んでいると考えられる。したがって、この設問から、「高度な英語使用」はおろか一般的な意味での英語使用ですら推論するのはなかなか難しい。

 

一方で、限定的なレベルの英語使用も含む変数だからこそ、社会の変化に対する感度はむしろ高くなっていると言える。なぜなら、たとえば「高度な英語使用」を問う設問の場合、英語使用のニーズだけでなく、回答者の英語力にも大きく左右されてしまうからである ――どんなに英語使用のニーズがあったとしても、英語力が低ければ、日常的に英語を使うことは難しいだろう。それに対し、限定的なレベルの英語使用も含んでいるならば、英語使用ニーズの微妙な変動も感知できるはずである。

 

1 2 3 4 5
シノドス国際社会動向研究所

vol.272 

・荒木啓史「遺伝か環境か?――ゲノム科学と社会科学の融合(Sociogenomics)が教育界にもたらすイノベーション」
・神代健彦「道徳を「教える」とはどのようなことか――「押しつけ」と「育つにまかせる」の狭間を往く教育学」
・中里透「財政のことは「世の中にとっての」損得勘定で考えよう!」
・伊藤昌亮「ネット炎上のポリティクス――そのイデオロギー上のスタンスの変化に即して」
・穂鷹知美「マルチカルチュラル社会入門講座――それは「失礼」それとも「人種差別的」? 」
・福原正人「戦争倫理学と民間人保護の再検討――民間人殺害はなぜ兵士殺害より悪いのか」