「日本は英語化している」は本当か?――日本人の1割も英語を必要としていない

英語使用者:2006 → 2010

 

では、英語使用の増減を確認しよう。図3は、2006年と2010年における5種類の英語使用のパーセンテージを示したものである(見やすさの関係から、最後の2つの選択肢は割愛した。「6. その他」は 1.1% → 1.4%、「7. まったく使ったことがない」は、55.6% → 60.8%である)。矢印が右上がりになっていれば英語使用は増加、右下がりなら減少を意味している。

 

 

図3 2006年・2010年の英語使用者(JGSS-2006/2010)

図3 2006年・2010年の英語使用者(JGSS-2006/2010)

 

 

図から明らかなとおり、「インターネット」の微増をのぞけば、すべて減少している。そのなかでもとくに減少の幅が大きくかつ統計的に有意なものは、仕事での英語使用のマイナス4.6%と、映画鑑賞・音楽鑑賞・読書での英語使用のマイナス3.7%である。

 

インターネットでの英語使用の微増は、インターネットを使う人口自体が年々増加していることを考えれば不思議ではないが[*4]、それ以外の英語使用において使用者の割合が減少している点は、多くの人が驚くのではないだろうか。

 

[*4] 総務省「平成24年版 情報通信白書」 http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h24/html/nc243120.html

 

そもそも、分析をした私自身がこの結果に驚いた。ひょっとして計算時に何か初歩的なミスをしたのではないかと疑ったほどだった(私のミスでないことは、JGSSのウェブサイトに載っている集計表(http://jgss.daishodai.ac.jp/surveys/table/EABUS.html)を再計算してもらえれば確認できるはずである)。

 

楽天の社内英語公用語化が発表されたのが2010年2月である。楽天のこの決断は、日本社会、とくにビジネス界における英語使用ニーズが着実に高まっていることを印象づけた。元同時通訳者で英語教育学者の鳥飼玖美子氏は、こうした状況を「英語パニック」とすら形容しているほどだ(『「英語公用語」は何が問題か』、角川書店、2010、 p. 21)。

 

こうしたイメージにもとづけば、当然、英語使用率の上昇を予想するだろうが、データはその予測を裏切ったことになる。前述のとおり、JGSSは無作為抽出サンプルに基づいており、標本誤差を考慮すれば、日本社会全体に一般化できる。その意味で、昨今流通している「英語使用のニーズの増加」というイメージは、日本社会全体の状況を的確に反映しているわけではないことになる。

 

 

英語使用率減少の背景 ―世界的不況

 

では、いったいなぜ英語使用は減少したのだろうか。2006年と2010年の間に何があったのか思いをはせれば、それほど困難なくひとつの可能性に思い至るだろう。

 

それは、2000年代終盤に日本にも襲いかかった世界的不況である。2008年9月、米国でのいわゆるリーマンショックに端を発した金融危機は、瞬く間に世界中に波及した。日本の経済成長率も、2008年には前年比マイナス1.0%、2009年には同マイナス5.5%(世界銀行の推計)と、大きく低迷したことは記憶に新しい。こうした世界的な不況の結果、訪日外国人の対外貿易の大幅な減少が引き起こされ、その結果、英語を使う機会が減ったと考えられるのである。

 

この可能性は、データの裏付けもある。以下、その結果を確認してみよう。

 

もっともわかりやすいのが、産業別の英語使用である。図4を見て欲しい。2006年と2010年の英語使用率を産業別に図示したもので、ここでは、回答者が計50人以上いた産業のみを抜粋している。また、各産業は減少度合いが大きい順番に左から右に並べている。

 

 

図4 産業別英語使用率(JGSS-2006/2010)

図4 産業別英語使用率(JGSS-2006/2010)

 

 

図から明らかなとおり、下落の度合いがもっとも大きいのが、飲食店産業(自営業の飲食店だけでなく、いわゆる「外食チェーン」の社員・従業員も含む)における就労者で、2010年の英語使用者は、2006年に比べて、18.2%も減っている。次いで、運輸業(旅客あるいは貨物の輸送)のマイナス16.2%が続き、ケース数の少なさもあり統計的有意ではないが情報サービス(-13.9%)や卸売業(-10.6%)も減少の度合いが大きい産業である。

 

飲食店と運輸業での減少の大きさは、不況に伴う、観光客など訪日外国人の大幅な減少で説明できる。法務省出入国統計によれば、2009年の外国人の入国者数は2008年に比して16.1%も減少した。その結果、飲食店産業や運輸業に従事する就労者に、外国人の客と接触する機会が減少し、英語使用機会も減ったと考えられる。

 

一方、貿易に関係した影響も重要である。たとえば、貿易額(輸出入額の総額)は、不況の影響により、2008年の160兆円から2009年の106兆円へ、実に30%以上減少した。このような国際的な取引の停滞の結果、貿易依存度の大きい産業で英語の使用機会が減少したと考えられる。

 

わかりやすくこの影響が示されているのが、卸売業と小売業の対照的な結果である。卸売業ではマイナス10.6%と比較的大きな低下を示しているのに対し、小売業ではマイナス4.6%と、比較的小さなレベルの減少である。卸売業と小売業の業務内容は一見すると類似しているが、貿易依存度という点では対照的な産業である。つまり、卸売業は、海外製品を扱う場合、海外の企業と直接取引をすることになり、貿易不況がそのまま、海外との取引の減少、そして英語使用機会の減少につながり得る。それに対し、小売業は、たとえ海外製品を取り扱っていたとしても、卸売業者(問屋)が国内企業であれば、貿易不況が英語使用機会の低下へ直接的にはつながらない。その結果、減少の度合いも小さく抑えられたと考えられる。

 

同様のメカニズムは、他の産業にも確認できる。図4を見ても英語使用の減少が少ない産業はいずれも、小売業と同じく、国内的な需要に対応した業務を主とする産業である。たとえば、農業(+0.2%)や医療サービス業(-0.3%)がその典型である。

 

 

グローバル化で英語使用は減る!?

 

このように、世界的不況を念頭におけば、2000年代後半に英語使用が減ったことに納得いただけたと思う。ここで、この事例が興味深いのは、グローバル化によって英語の使用が低下したことを意味している点である。というのも、上記の説明が確かならば、サブプライム住宅ローン危機・リーマンショックという米国の国内問題が、金融危機のグローバル化を介し、めぐりめぐって日本国内の英語使用を減少させたことになるからである(下図)。まるで「風が吹けば桶屋が儲かる」のような構図だが、グローバル化とはまさに「風が吹けば桶屋が儲かる」という側面を有していることが、あらためてよくわかるだろう。

 

graph5

 

 

一般的に、グローバル化によって人・商品・情報の流通は促進され、その結果、英語使用の必要性は増加するとされている。しかしながら、世界同時不況をはじめとしたグローバル化のさらに別の側面にも目を向けるなら、「グローバル化=英語化」は必ずしも真ではない。つまり、グローバル化が直線的にビジネスの英語ニーズを上昇させるという考え方は、過度に単純化されたモデルであり、データ上も理論上も支持することは困難なのである。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

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