「慰安婦問題」の基礎知識 Q&A 

Q7.元慰安婦に対する日本政府の施策とはどんなものだったのですか。

 

これまで述べてきたように、慰安婦の歴史は多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた歴史でした。このことを日本政府と国民が「お詫びと反省の気持ち」をこめてかたちにしたものが、アジア女性基金とその活動でした。

 

アジア女性基金は日本政府による元慰安婦の方々に対する償いの事業として、「道義的な責任を果すという観点から、同年8月、アジア女性基金の事業に対して必要な協力を行うとの閣議了解を行い、アジア女性基金が所期の目的を達成できるように、その運営経費の全額を負担し、募金活動に全面的に協力するとともに、その事業に必要な資金を拠出する(アジア女性基金設立以降解散まで、約48億円を支出)等アジア女性基金事業の推進に最大限の協力を行って」(外務省)きました。

 

同基金は平成19年3月6日解散発表し、平成18年度に解散しました。その間、日本政府は、「アジア女性基金と協力し」、アジア女性基金のフィリピン、韓国、台湾における償い事業は平成14年9月までに終了しています。また、アジア女性基金は、オランダ及びインドネシアにおいてもそれぞれ国情に応じた事業を実施しており、オランダにおける事業は平成13(2001)年7月に、インドネシアにおける事業は平成19年3月にそれぞれ終了しました。

 

同時に、女性の名誉と尊厳に関わる今日的な問題への取り組みも行ないました。具体的には、日本政府は、アジア女性基金が行なってきた今日的な女性問題の解決に向けた諸活動に政府の資金を拠出する等の「協力」をしたのです。

 

むろん、アジア女性基金の成果や問題点については、設立当時から今日に至るまで、内外で多くの議論や論争がくりひろげられました。国内については、まさに国民的な議論がなされた時期もありました。

 

 

Q8.アジア女性基金とは何だったのですか。

 

アジア女性基金は、村山談話(1994年8月31日)において表明された、元慰安婦への「心からの深い反省とお詫びの気持ち」と、この気持を国民に分かち合ってもらうための「幅広い国民参加の道」そのものでした。当時、与党三党(自民、社会、さきがけ)は「戦後50 年問題プロジェクト従軍慰安婦問題等小委員会」を設置し、検討を進め、終戦50年の節目をまえに、第二次世界大戦に関わる諸問題、とくにあらたに国家として個人補償を行なうことができるかどうかについて論議を展開しました。政府の立場は、サンフランシスコ平和条約とそれに関連する二国間条約をもって、この問題は法的解決済みという立場でした。一方、与党の中には個人補償を行なうべきだという意見も出されました。戦後補償(個人補償)をめぐるこうした意見対立のうえで、慰安婦問題については、(1)道義的な立場から責任を果たさなければならないこと、(2)慰安婦にされていたかたがたへのお詫びと反省の気持ちから国民的な償いをあらわすことを決めました。

 

結果、アジア女性基金は、日本政府の謝罪と補償を要求してきた民間団体から、強い批判を浴びることになります。これらの民間団体は「慰労金など受け入れられない」と反発しました。

 

韓国政府の反応は複雑でした。アジア女性基金の設立にあたって「一部事業に対する政府予算の支援という公的性格が加味されており」、「当事者に対する国家としての率直な反省及び謝罪を表明し」、「真相究明を行い、これを歴史の教訓にするという意志が明確に含まれている」として、これを「誠意ある措置」として歓迎する意向を示した韓国政府は、上のような民間の元慰安婦支援運動の反発から影響を受け、態度を変えてしまったとアジア女性基金の報告書は分析しています。実際、アジア女性基金が韓国で事業を開始し、ソウルで7人のハルモニに基金事業を実施すると、猛烈な非難を浴びました。

 

民間の元慰安婦支援運動グループは、問題の本質は戦争犯罪である、ゆえに日本政府は法的責任を認め、責任者を処罰することを国連人権委などで訴えました。国連人権委の「女性に対する暴力に関する特別報告者」に任命されたクマラスワミ氏は、日本政府がその道義的責任を認めていることを「出発点として歓迎する」と述べ、アジア女性基金を「『慰安婦』の運命に対する日本政府の道義的配慮の表現」だと認める一方で、(1)慰安婦問題は「軍事的性奴隷制」の事例であった、(2)日本政府は国際人道法の違反につき法的責任を負っている、(3)アジア女性基金の活動によって「国際公法の下で行なわれる『慰安婦』の法的請求を免れるものではない」と主張しました。

 

クマラスワミ報告の内容の信用性をめぐる議論にいまだにあります。ともかく、同報告は、日本政府は法的責任を認め、補償を行ない、資料を公開し、謝罪し、歴史教育を考え、責任者を可能な限り処罰すべだと勧告しました。

 

「戦争と女性への暴力」日本ネットワークは、みずから中心となり、民衆法廷「日本軍性奴隷制度を裁く女性国際戦犯法廷」を開廷し、昭和天皇らを被告人として裁き、オランダのハーグで判決をくだしました。この間、NHKのETV2001シリーズ「戦争をどう裁くか」の第2回「問われる戦時性暴力」が放映されると、番組改編問題が起きました。平成11年(2009年)、放送倫理検証委員会はNHKを批判する意見書を発表しました。

 

 

Q9アジア女性基金に対する評価は。

 

私はまだ中間的な評価しかできないと思っています。同時に、アジア女性基金が解散してしまったのは非常に残念です。新しい公的機関が必要だと考えています。

 

アジア女性基金は、市民と政府の協力のうえに被害者への償いを行ない、現代社会に生きる女性の人権を保護するために設立され、活動を行ないました。他方、慰安婦問題への国家関与を否定する人びと、あるいは国家賠償や責任者処罰を求める人びと、さらには、大沼保昭氏が『「慰安婦」問題とは何だったのか』(中公新書)で述べているように、マスメディアによる歴史問題のとりあげかたによって、しばしば内外の抗議や批判にさらされました。

 

外務省によれば、(1)平成9年(1997年)8月、国連人権委員会(当時)の下部機関である差別防止・少数者保護小委員会において、本問題の解決に向けてこれまでなされた「前向きの措置(positive steps)」であると評価する趣旨の決議がなされている、(2)平成10年(1998年)のクマラスワミ報告書も、我が国の慰安婦問題に対する取り組みを「歓迎すべき努力(welcome efforts)」と評価しているとして、「本問題に関する我が国のこれまでの取り組みに対し、国際社会が一定の理解を示していると考えている。今日的な女性問題に関する国際的な相互理解の増進という観点からも、このような活動には大きな意義がある」と自己評価しています。

 

アジア女性基金の報告書は、平成10年(1998年)6月22日、国連の差別防止・保護小委員会特別報告者ゲイ・マクドゥーガル氏が同小委員会に提出した報告書「奴隷制の現代的形態―軍事衝突の間における組織的強姦、性的奴隷制、及び奴隷制的慣行」の付録報告「第二次大戦中の慰安所にたいする日本政府の法的責任についての分析」について強く批判しています。同付録報告中にある、「日本政府と日本軍は1932年から45年の間に全アジアのレイプ・センター(rape centers)での性奴隷制を20万以上の女性に強制した」「これらの女性の25パーセントしかこのような日常的虐待に堪えて生き残れなかったと言われる」の記述の論拠を否定しているのです。

 

アジア女性基金の報告書によれば、マクドゥーガル報告書の該当部分の論拠である「第二次大戦中に14万5000人の朝鮮人性奴隷が死んだという日本の自民党国会議員荒船清十郎の1975年(ママ)の声明」は根拠のない主張であり、慰安所をひとしく「レイプ・センター」と呼ぶことも不適切なうえに、「慰安婦」にされた者は20万人以上だという断定も、総数のほぼ4分の3、すなわち14万5000人が死んだ、彼女たちはみな朝鮮人「慰安婦」であったというのも論拠がないとしています。

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.272 

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