「慰安婦問題」の基礎知識 Q&A 

歴史問題はシンプルでわかりやすい主張を

 

以上述べてきたように、慰安婦問題についての日本政府の公式見解やアジア女性基金の活動もまた批判の対象とされてきたことを思えば、慰安婦の歴史をいわゆる売春婦の歴史であるかのように修正しようとする動きや、慰安婦は必要だったとする発言は、歴史の文脈を無視し、政府が果たそうとしてきた日本の「道義的責任」から逃れようとするものです。国益はもとより地域の信頼・互恵関係、さらには人類益を損なうものであるといわなくてはなりません。

 

みずからを、みずから語る声をもたなかった元慰安婦の女性たちがようやくあげた声を中傷したり、侮辱したりすることは、日本が果たしてきた「道義的責任」を台無しにしてしまう恐れがあります。さらに、この問題に関して積極的かつ越境的に進められてきた民間交流さえ危うくしかねません。内海愛子氏は、これに関連して、次のように述べています。

 

 

冷戦のなかの賠償交渉では、アジアの被害者の声が押さえ込まれてきた。冷戦の崩壊がかれらを閉じこめてきた壁をもつきくずした。戦争のトラウマに苦しみ、障害に苦しむ被害者の姿がその中から見えてきた。被害者の声は一九八〇年代のはじめには小さな訴えだった。だが、その声に耳を傾けた日本の市民が、アジアへの加害の視点を欠いた歴史認識を問い直し始めていた。被害者の訴えを支える活動が各地で始まった。(内海愛子「アジアの被害者の声を聞く」『過ぎ去らぬ過去との取り組み』岩波書店)

 

 

また、慰安婦問題について、『慰安婦問題という問い』(勁草書房)の著者のひとり、毎日新聞学芸部長の岸俊光氏は、「『慰安婦』問題に取り組む過程で作られた二つの談話――河野談話と村山談話――は、時に批判を浴びながら、歴代内閣が政府見解を踏襲し、海外からも評価されている。それらを継承したうえで、記憶をつなぎ、未来に架けるために何をすべきか。日本の次なる行動が求められている」と、この春バンコクで開催された国際シンポジウム「アジア未来会議」でも発言しました。

 

さらに、「法的責任」については、朝日新聞社が、いまから20年前の平成5年(1993年)11月7日、8日両日に、日本全国の有権者3000人に「戦後補償問題を国民はどう受けとめているか」について、日本で初の本格的世論調査をしています。当時、第二次世界大戦の終戦から約半世紀が過ぎ、90年の国勢調査では戦後生まれの世代が全人口の63・5パーセントに達し、成人の50・5%を占めていました。それでも、同調査では、「戦後補償」問題に関心がある人は57%に達し、20歳代で5割、60歳以上の世代6割が関心を持ち、世代差はそれほどなかったのです。むろん戦後補償問題をどう受けとめているのかについては、戦争体験世代では全体に慎重な姿勢が多めでした。しかし、戦争から遠ざかる若い世代ほど肯定的で、20歳代では7割が日本政府は戦後補償要求に応じるべきだと答えたといいます(朝日新聞戦後補償問題取材班『戦後補償とは何か』朝日新聞社)。あれからおよそ20年の歳月を経ていま、40歳代になった当時の20歳代は、この問題についてどんな意見を持っているのでしょうか。

 

政治家は、とりわけ歴史問題に関する限り、数学の公式のようにシンプルで、交差点の信号のようにわかりやすい見解や主張を出さなくてはなりません。そして、とりわけ政治家がデリケートな問題について反論する時、相手の忍耐力に期待しすぎると失敗するということを、忘れないでいただきたいのです。

 

略年表を作成しましたので、次ページをご覧ください。

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.272 

・荒木啓史「遺伝か環境か?――ゲノム科学と社会科学の融合(Sociogenomics)が教育界にもたらすイノベーション」
・神代健彦「道徳を「教える」とはどのようなことか――「押しつけ」と「育つにまかせる」の狭間を往く教育学」
・中里透「財政のことは「世の中にとっての」損得勘定で考えよう!」
・伊藤昌亮「ネット炎上のポリティクス――そのイデオロギー上のスタンスの変化に即して」
・穂鷹知美「マルチカルチュラル社会入門講座――それは「失礼」それとも「人種差別的」? 」
・福原正人「戦争倫理学と民間人保護の再検討――民間人殺害はなぜ兵士殺害より悪いのか」