イスラエル・パレスチナ問題Q&A

Q1.イスラエル・パレスチナ問題とは、どんな問題ですか?

 

基本的には東地中海地域に位置するパレスチナと呼ばれる同じ土地の領有をめぐるユダヤ人とアラブ人の争いです。

 

1948年5月にイスラエルというユダヤ人国家が建設され、その結果、それまでパレスチナに住んでいたアラブ人(のちにパレスチナ人と呼ばれるようになります)の多くが難民となってしまいました。難民となったパレスチナ人たちが、自分たちの国家をユダヤ人に奪われたパレスチナの地に建設するためにパレスチナ解放運動を開始し、その解放運動がPLO(パレスチナ解放機構)という政治組織(将来のパレスチナ国家に相当します)を中心に展開されました。したがって、イスラエル国家とPLOとの争いがイスラエル・パレスチナ問題となっていったのです。

 

この問題はしばしば「二千年来のユダヤ人とアラブ人の対立」だとか、あるいは「ユダヤ教とイスラームの宗教的対立」だから解決が難しいといったようにマスメディアなどで説明されることがあります。しかし、そのような説明の仕方は問題の一面に光を当てただけで、正確な理解とはいえません。二千年前には現在のような民族意識をもったユダヤ人もアラブ人も存在していないからです。

 

ナショナリズム(民族主義)は、近代ヨーロッパの産物であり、ナショナリズムの特長として、民族の起源とその形成を遠い過去にまでさかのぼって説明し、現在の民族国家の存在の正当性を強化する役割を果たしていることがあげられます。そのためナショナリズムは、過去の事実を選択的に取り上げて再構成し、あるいは場合によっては過去を新たに作り出すイデオロギーであることも思い起こす必要があります。だからこそ、「有史以来連綿として続く」民族のために生命を投げ打って捧げるなどという人も登場することになるのです。

 

もちろん、かつてパレスチナという地に古代ユダヤ国家があったことは歴史的事実です。また旧約聖書創世記でも神が「約束の地」をアブラハムとその子孫に与えると書かれており、それを信じているユダヤ人も数多くいます。しかし、そのような信仰レベルの問題が、パレスチナという土地は誰のものかという領土の領有をめぐる争いに変わるのは近代に入ってからです。つまり、フランス革命以降に広がった、一民族に一国家を創設する、というナショナリズム(民族主義、国民主義)に基づく国民国家=民族国家(nation-state)という民族レベルでの排他的な考え方や運動が強い影響を与えたのです。ヨーロッパのユダヤ人も19世紀末になって、次の述べるような「シオニズム」というユダヤ人のためのナショナリズム運動を開始して自分たちのユダヤ人国家を作ろうと試みるようになったのです。

 

ところが、パレスチナは第一次世界大戦まで数世紀にわたってオスマン帝国というイスラーム国家の統治下にあり、この地域に住んでいた圧倒的多数派の人びとはアラビア語をしゃべるイスラーム教徒(ムスリム)だったのです。ヨーロッパに住んでいて迫害されていたユダヤ人がパレスチナにユダヤ人国家を作ろうとすれば、必然的にそこに住んでいたアラブ人を追い出さざるを得ませんでした。そして前述のとおり、1948年5月にイスラエル国家が設立されると、パレスチナに住んでいたアラブ人は難民となってしまいました。

 

 

Q2.「シオニズム」とはなんですか。

 

シオニズムはパレスチナにユダヤ人国家を建設しようとするヨーロッパのユダヤ人の間の思想・運動を意味しています。

 

シオニズムという言葉自体は「シオン」に由来しています。シオンというのはエルサレム旧市街の南西に位置する「シオンの丘」の地名ですが、ユダヤ人はこの「シオンの丘」をエルサレムあるいはエレツ・イスラエル(イスラエルの地)を象徴する表現として使ってきました。つまり、シオニズムはユダヤ人にとって、シオンの丘=エルサレムに戻って、そこにユダヤ人国家を再建しようということを意味するようになったのです。ここで強調しておきたいことは、シオニズムも近代ヨーロッパで誕生したということです。

 

ただ、ユダヤ人のナショナリズムであるシオニズムがヨーロッパで誕生する背景を理解するには、ヨーロッパ・キリスト教社会に蔓延していたユダヤ人への差別・迫害の長い歴史を知っておく必要があります。というのも、ユダヤ人はずっと「イエス・キリストを殺した」といういわれなき理由で宗教的に嫌われ、ひどい差別・迫害を受けてきたからです。

 

しかし、そのような理不尽なユダヤ人差別は近代に入って制度的に撤廃されることになります。というのも、フランス革命時の1792年にフランスでユダヤ人解放令が出されて、ユダヤ人は市民として法の下に平等になったからです。これはちょうど日本で明治維新後に士農工商の身分制度が廃止され、四民平等のスローガンの下に市民として平等がもたらされたのと同じことです。

 

ところが、ヨーロッパ・キリスト教社会で歴史的に蓄積されてきた偏見と差別はそう簡単にはなくなりませんでした。むしろユダヤ人がキリスト教徒と市民として平等になった時点から、ユダヤ人への新たな差別・迫害の口実がでっち上げられることになるのです。その時に使われたのが「人種」という考え方です。われわれ日本人は「黄色人種」と「白色人種」から分類され、「黄色いサル」と侮蔑されたことがあります。実はこの、人種に基づくユダヤ人差別と黄色人種としての日本人への差別というのは、19世紀末の「強い者が生き残る」という自然淘汰的な考え方の俗流の社会進化論と人種論が結びつき、優等な白人による劣等な有色人種への支配が正当化されるという、帝国主義時代の産物であり、並列現象であるとも言えるのです。

 

ヨーロッパにおけるユダヤ人差別のことを「反セム主義」といいます。「セム」というのは聖書に出てくる人名ですが、通常は「セム語族」といって、比較言語学で使用される用語でした。セム語は聖書ヘブライ語とか、アラビア語とか、フェニキア語とか、楔形文字で知られる古代メソポタミアの諸言語、つまりアッカド語とか、シュメール語になりますが、ヨーロッパに住んでいたユダヤ人は日常生活でヘブライ語をしゃべっていたわけではありません。ユダヤ人はヘブライ語で書かれた「旧約聖書」を信じている人々だから「セム語族」に属するということになり、ユダヤ人嫌いのことを反セム主義と呼んだのです。

 

このような説明を聞くだけでも反セム主義自体が非常にあいまいな概念であることがわかります。しかし、このようなあいまいな概念による排他主義がまかり通るようになり、ひいてはナチス・ドイツの大虐殺までつながっていったのです。

 

話を19世紀に戻しますが、ユダヤ人の中にはより良き市民になろうと、ユダヤ教の信仰を捨ててキリスト教徒に改宗する人もたくさんいました。ところが、このような改宗者を見て、キリスト教徒たちはたとえユダヤ人が改宗しても、ユダヤ人はユダヤ人であり続けるということを言い出しました。その時に持ち出されたのが先ほど紹介した「人種」という考え方だったのです。

 

人種というのは、人間の生物学的な特徴による区分単位です。ユダヤ人の場合、生物学的な特徴を共通してもつ「人種」であるとは決していえません。ユダヤ人は鉤鼻だというイメージをお持ちの方もいると思いますが、これはあくまでかつて東欧、とりわけポーランドに住んでいたユダヤ人の特徴を投影したものです。イスラエルに行ってみれば、同じユダヤ人といっても肌の色も、髪の毛も、目の色も、まったくばらばらであることに気が付くと思います。

 

シオニズムという考え方が登場するのも、このようなユダヤ人差別・迫害に対して、その解決方法はヨーロッパ・キリスト教社会への同化によってではなく、自らの国家をつくることだということから生まれたものなのです。【次ページにつづく】

 

 

 

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