気象災害の犠牲者はなぜ減らないのか

混乱しがちな災害現場

 

次に災害現場の実態を見てみる。災害対策基本法では、避難勧告や避難指示は市町村長が発令すると規定されている。したがって、市町村の役場が的確に状況を判断し、住民に指示を出すことが災害軽減において重要な要素である。

 

突発的な気象災害に対して、市町村役場はどのように対応しているのであろうか。その一例として、平成24年7月九州北部豪雨における熊本県阿蘇市の対応状況を図3に示す。

 

 

図3.平成24年九州北部豪雨における阿蘇市役所の対応[5]。折れ線グラフは阿蘇乙姫における雨量の変化を示している。

図3.平成24年九州北部豪雨における阿蘇市役所の対応[*5]。折れ線グラフは阿蘇乙姫における雨量の変化を示している。

 

[*5] 阿蘇市:「広報あそ」2012年9月。

 

一見して分かることは、災害発生時において市役所の職員は非常に忙しいことである。

 

0時30分に気象庁が「大雨・洪水警報」を発表した。職員はこの情報を受けて、市役所に緊急参集した。参集した職員は防災行政無線を使って住民に警戒を呼び掛けるとともに、「ASO安心メール」で大雨・洪水警報を住民に伝達した。午前2時40分になると、気象庁から「土砂災害警戒情報」が発表された。この頃にはすでに、市民から浸水や冠水といった被害情報が市役所に入り始めていた。市役所の職員は住民からの通報に対応するとともに、住民の避難場所を確保するため、避難所の開錠にあたった。

 

さらに強い雨が降り続いたため、阿蘇市長は午前4時に「避難勧告」および「避難指示」を発令した。市は4時55分に災害対策本部を設置し、住民からの被災に関する情報の対応に追われた。

 

一方、地元の防災組織である消防団も、激しい災害の発生前から活動していた。阿蘇市の消防団員であるA氏は、午前4時頃から地域を巡回していたところ、浸水している地区を発見し、ゴムボートで約30人の住民を救助した。同じ頃、消防団員のB氏は、高齢者宅を戸別訪問して避難を呼びかけたという。

 

災害対応にあたる市町村の職員や消防団において問題となっているのは、彼らが、時々刻々と変化する災害状況を十分に把握できないことである。平成24年7月九州北部豪雨において、阿蘇市の消防団員を対象に「自分たちの避難や、住民を避難させる判断をするための情報量をどう感じたか?」と尋ねたところ、実に88%の人が「情報量が少ない」と回答した[*6]。深夜、周辺で何が起こっているのか分からない状況で、不安を持ちながら救助活動にあたった消防団員や、住民に避難を呼びかけたけれども、自分自身が具体的な情報をもっていなかったために、住民を説得しきれなかった消防団員がいたようである。

 

[*6] 磯敦雄、中谷剛、三隅良平、高橋尚也、佐藤高広、2013: 平成24年九州北部豪雨における情報伝達と避難行動 自治体・消防団・自治会・住民への詳細なヒアリング調査、日本災害情報学会研究発表大会予稿集 Vol.15、310-313.

 

一方で、住民から市役所への問い合わせが殺到し、災害時に市役所がパニック状態になることもよくある。2013年8月9日に秋田県仙北市で発生した土砂災害では、住民からの通報の対応に追われた職員が「災害の全体像をイメージすることができず、避難勧告が適切に行えなかった」ことを反省点として挙げている[*7]。

 

[*7] 仙北市:「8月9日豪雨災害時初期対応検証結果報告」。

 

このように前面に立って災害対応する立場にある市町村が、時々刻々と変わっていく災害の状況を的確に十分に把握できないことが、住民への避難誘導と救助活動を難しくしている現状がある。

 

災害の発生状況を広域的に把握する方法として、航空写真や衛星画像があるが、これらを災害発生時にリアルタイムで入手することは困難である。また浸水計や水位計など、災害監視のためのセンサーを張り巡らすことも考えられるが、市町村の財政的な負担を考えると現実的ではない。リモートセンシングやシミュレーション技術などを活用した「リアルタイム災害状況把握・情報共有システム」の開発が望まれる。

 

 

避難の難しさ

 

災害報道において、「避難指示を出したかどうか」「住民が実際に避難したかどうか」がしばしば論点になる。しかし水害に関して言えば、避難しさえすれば良いのかというと、必ずしも問題はそう単純ではない。

 

実際、水害発生時に自宅から避難所に向かう途中で濁流に飲まれ、死亡してしまうという事象が発生している。例えば、2009年8月9日に兵庫県佐用町で起こった水害では、指定避難所や集会所に向かっていた11名が、濁流に流されて犠牲になった[*8]。またせっかく避難したのに、避難所そのものが水没してしまい、避難した人々が再避難を余儀なくされてしまった事例がある[*9]。さらに自宅から避難所に向かう経路に川があり、増水した川に流されてしまった事例もある[*10]。

 

[*8] 佐用町台風9号災害検証委員会「台風9号災害検証報告書」2010年7月16日。

 

[*9] 「【台風12号】高台へ 九死に一生 和歌山・那智勝浦町」産経関西2011年9月6日。

 

[*10] 「十日町豪雨、時間雨量121ミリ、市街地を激流が襲う、死傷者5人、床上下浸水727棟、災害救助法適用」津南新聞2011年8月5日。

 

2011年台風12号災害で大きな被害の出た和歌山県那智勝浦町で聞き取り調査を行ったところ、実に32人中20人が「避難しなかった」または「避難できなかった」と答えている[*11]。避難しなかった人の多くは、今すぐ避難するとかえって危険だという判断のもと、自宅にとどまったのである。

 

[*11] 佐藤高広、若月強、平野洪賓、岩波越、三隅良平、加藤敦、吉井 護、鈴木真一、佐藤 昌、2013:平成23年台風第12号災害における和歌山県那智勝浦町の被害及び消防活動と住民行動、自然災害科学、Vol.31,265-281.

 

このように、ひとくちに水害といっても、避難が必要な住宅とそうでない住宅がある。事前に行政側と住民が充分に話し合って、水害時の避難の考え方を整理しておかねばならない。そして水害発生時においては、一律に避難を呼びかけるのではなく、住宅の状況によってきめ細かく対応する必要がある。

 

そして「避難したくてもできない」という状況が発生しないよう、水害の危険度が高い集落については避難路を整備する必要がある。

 

 

 

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