「棄民から帰民へ」 ―― 広域避難者にこそ社会的包摂の手立てを

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避難者カルテの整備を

 

まずやるべきことは、福島県内外にいる全避難者の実態把握と登録台帳の整備、避難先自治体との名簿共有だ。住民票移転の有無や強制避難か自主避難かを問わず、全避難者に帰還の意思、現在の住所、家族の被災・離散状況、被曝の時期・程度、健康状態、住宅の損壊程度、仕事・学業の現況、国家資格や職業経歴などを集中管理するシステムを構築する。基本的には当該市町村が管理することになるが、自治体クラウドにより福島県や避難先自治体も把握できるようにすることが大切だろう。

 

登録台帳をつくるツールとしては、阪神・淡路大震災の際、兵庫県西宮市が開発した被災者支援台帳(被災者カルテ)をはじめ、新潟県中越沖地震で、京都大学防災研究所などが実用化した被災者台帳、さらに福島大学うつくしまふくしま未来支援センターや福島県富岡町が今年度中の開発をめざしている被災者支援管理システムなどがある。

 

西宮市の被災者支援台帳はすでにデジタル化され、CD―ROMとして総務省の外郭団体「地方自治情報センター」から全国の自治体に配布、無料でインストールできる体制が整っている。京大の被災者台帳は東日本大震災で岩手県内の自治体で導入されている。一方、広域避難者の把握をめざしている福島の被災者支援管理システムは、「見守り隊」とよばれるメンバーが各世帯を訪問し、被災世帯の実態を把握して、その情報をタブレット端末により電子化してサーバで一元管理するという最も新しいシステム。しかし、いずれも決定打にはなっておらず、各自治体の住民把握システムはまちまちだ。

 

全自治体が同じ仕様の被災者台帳を採用してネットワークで結んでおけば、今回の原発事故などで自治体がサーバを持ち出せないことがあっても、被災者の避難先自治体が被災自治体のサーバにアクセスして必要なデータを打ち込むことができる。ところが、内閣府は「様式がばらばらだという、逆説的に言えば地方公共団体の創意工夫という見方もあるのかもしれません」(8月28日・参議院厚生労働委員会)として、全国の被災者情報の登録システムの共有化には消極的だ。

 

東日本大震災で総務省は、全国避難者情報システムを初めて採用したが、本人の届け出制としたため、重複や漏れがあって実態との間に乖離があるとの意見が多い。税と社会保障の一体改革でマイナンバー制も検討されているが、本稿の執筆段階では見通しが立っていない。

 

いずれにせよ、今後、首都直下地震や東海・東南海・南海地震の発生が予想され、これまで以上に広域避難者の出現する恐れがあることを考えると、早急に全国的な被災者支援台帳の整備とネットワーク化、運営を監視する組織の設置などが求められているといえる。

 

 

「つながり」の構築へ

 

強制避難・自主避難を問わず、福島県内外に避難した人たち全員を対象に「ふるさと県民カード」と「原発手帳」を交付し、被災者が制度の狭間で漂流しないような仕組みをつくる方法も考えられるだろう。当研究所の自治体調査でも、すでに移住者が、避難者なのか、一般的な転居なのか判別できないという回答が一部自治体から寄せられている。県民カードは、いわば「ふるさと納税制度」の逆バージョン、原発事故で人生の軌道を狂わされたことへの証明であり、福島県が決して見捨てないという決意表明でもある。

 

住民票が福島県内にあるかどうかは問わない。本人がカードの停止・打ち切りを求めない限り効力を持ち続ける。カード所持者には、福島県やかつて居住していた市町村の広報、子どもの在籍していた学校の学級通信などが定期的に配信される。また、原発手帳を見せれば、国内のどこに転居しても定期的に健康診断を受診できるようにし、健康情報を福島県内の機関で集中管理できるシステムを構築する。受信料の減免、健診内容の統一、健康情報のシステム管理、診断結果の分析、本人への告知方法、異常があった場合の治療などの具体的な支援プログラムは、「原発事故子ども・被災者支援法」(略称)をもとに練り上げていく必要があるだろう。

 

すでに、福島県浪江町が、避難時の動きなどを記録する「放射線健康管理手帳」を制度化し、原爆の被爆者健康手帳と同様に、手帳を持つ人には医療費の自己負担分が免除されるような支援の仕組みを提唱している。

 

これに対し、差別を恐れる声も聞かれるが、それこそ社会的排除を許さない官民挙げての教育・啓発活動が必要だろう。まさに、菅総理が掲げた社会的包摂の取り組みになるはずだ。

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.269 

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