弁護士と銀行員が語るこれからの防災――日本の強み「災害レジリエンス」とはなにか?

岡本 ありがとうございます。詳しい経緯がわかりとても勉強になりました。ここで、少し個人の生活再建・レジリエンスにも目をむけてみたいと思います。たとえば、災害を受けた家屋や事業所に発行される「罹災証明書」というものがあります。

 

いまや自治体の防災部局においては少しずつ知識の備えとしてスタンダードになってきましたが、東日本大震災当時は、被災地自治体で「罹災証明書」を知っている行政職員も少なかったということが、法律相談の結果でもわかってきました。当時は、罹災証明書は法律で発行が義務付けられている制度ではなかったのです。

 

2013年には、法改正で罹災証明書の発行が自治体の義務となりました現場の知恵が「法律」になることの価値は、直後の初動の速さが増すことにあります。事前にマニュアルが整備されるので、迅速になるという非常に単純な図式です。日本は、災害後に制度を精緻に改正することで、次の災害で現場が即応できる、すなわち災害後に財産や健康を守るという意味での「防災」を進めてきたといえます。

 

たとえば、災害後に住宅ローンの負担に悩む被災者に対しては、先述の個人版私的整理ガイドラインの新設によって対応しようとしました。これは、東日本大震災でしか使うことができないガイドラインでした。法制度でなかったためか、周知が圧倒的に不足し、予定していた件数の1割も使われていないのです。

 

しかし、その後、2015年12月には、弁護士らの積極的な提言と関係者の議論により、災害救助法が適用される規模の災害で常に利用することができる、『自然災害債務整理ガイドライン』が成立しました。

 

これに対する期待はとても高いです。さらに進んで立法化の提言も法律家はおこなっているところです。まさに災害後に進化する「ソフト」な施策こそ、日本の強みのひとつだと確信しています。

 

蛭間 おっしゃるとおりで、日本の災害経験知を世界の共有知として有効活用しなければいけないと思います。それは、日本の外交戦略として活用するアプローチもありますし、これから経済成長を歩んでいくアジアモンスーン地域の途上国に、日本の社会基盤や防災の技術を現地に適用しながら、ともに構築していくことです。

 

大げさですが日本へのリスペクトや親日関係が深まる可能性も十分にあります。私の本業であるBCM格付融資は、フィリピン国に展開する調査をはじめましたし、APEC、国連、世銀らとも展開可能性について議論をはじめました。

 

これからは、対外戦略として防災を明確に位置づけ、内閣府防災と既存の関連省庁である国土交通省に加え、経済産業省、厚生労働省や外務省が平時から密に連携する体制を取る必要があります。

 

もっと、オールジャパンとして、日本がこれまで経験してきた震災の経験を世界の叡智として有効活用しなければいけないと思います。外交手段としての防災を使うのはいいですが、国土強靭化の方向だけではなく、もっとソフトやとくに風土や経済連合体としてのアジア圏との関連性を踏まえた日本の防災戦略を考えたほうがいいですね。

 

岡本 今では、建物の「旧耐震基準」「新耐震基準」という言葉があたりまえに浸透しています。建築基準法改正による耐震基準強化は、阪神淡路大震災でも検証されたように、多くの命を救うことになりました。

 

法制度の改善により命が守られることは、多くの日本人が実感してきたことではないかと思うのです。この改善の歴史を世界に発信すべきではないかと思うのです。

 

昨年4月に、のカトマンズ近郊巨大地震が発生し、多くの命が失われ、建造物も破壊されました。私は昨年10月に、JICAの協力でカトマンズに招聘され、ネパール最高裁判所や弁護士をはじめとする司法関係者、政府・自治体職員、国連職員の方々に対して講演する機会をいただきました。

 

そこでは、日本の災害法制の変遷(改善)の過程こそ、ぜひネパール復興支援で取り入れてほしいと訴えてきたところです。現場の声からボトムアップで政策が実現できることを少しでもお伝えできたと思っています。BCM格付同様に輸出できる知見の一つではないかと思っています。

 

ちなみに、東南アジアの各国の法制度は日本の支援でつくられているケースが多く、ネパールもその途上にあります。この点からも日本がアジア地域の防災法制度構築に果たせる役割は大きいと考えます。

 

 

最後は人の力

 

蛭間 東日本大震災後に、企業経営としての災害レジリエンスを象徴する顕著な事例を2つ紹介しましょう。

 

一つは東日本大震災被災地の「石巻のかまぼこ店」の事例です。被災後に本社や工場が津波で甚大な被害を受けましたが、驚異的な復旧力で商品供給に取り組みました。なかでも、感銘を受けたのが平時からの人材教育です。この会社は、包丁一本でかまぼこをつくるという伝統的な仕事と専門技術を、まず新人に教えるそうです。製造設備、工場のラインに立つ前に、職人を育てるのです。

 

すると、分業化されたはずの製造工程を、作業員は全体像をもって関与でき、有事には多能工の如く流動的かつ迅速に対応できる。商品供給の再開が早かったため、震災前後で商圏の市場シェアのトップになりました。経営陣のリーダーシップはこういうものだと驚きました。余談ですが、ここのかまぼこ、すごく美味しいので食べてみてください。

 

もう一つは、世界への供給責任を負っている、とあるグローバル企業です。彼らは、震災で東日本拠点の物流施設が被災するとともに、原発の避難区域に子会社が立地していました。当時、海外投資家からは「なぜ、こんなにもリスクの高い日本で事業をおこなうんだ」など厳しい指摘もあったようですが、危機管理関連の設備投資やサプライチェーン改革に取り組みます。

 

リスク耐性向上の観点からサプライチェーンを一斉に見直し、様々な対策を講じています。もちろん経済とのバランスや短期的な企業価値向上も目下の経営課題ですが、日本が世界に誇るサプライチェーン管理「ジャスト・イン・タイムの進化版」、日本企業が日本で事業をおこなうことの意義を体現するような取り組みをおこなっています。

 

このような事例をみていると、企業経営とBCPにおけるハードウエア、ソフトウエアの重要性はもちろん、それ以上に現場での創意工夫ある対応力であったり、それを引き出すトップのリーダーシップや決断がレジリエンスの基礎になっていると考えさせられます。我々金融業だって本来そうなんですが。

 

 

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写真:蛭間芳樹氏

 

 

岡本 おっしゃっている「人の力」というキーワードから連想することは私にもあります。

 

たとえば、非常に悲しい事例ですが、施設の利用者が津波で犠牲になってしまった場合に、安全配慮義務違反を理由に、損害賠償訴訟が起きています。判決や和解となった事例もかなり出てきました。

 

裁判例を検討すると、津波の予見可能性があったかどうかについては、事前にマニュアルやBCPを整備していたかも大きな争点となっていましたが、災害後に情報を収集し、その情報を使っての現場での判断の是非が問われている判例も多く見受けられました。

 

災害後にどのような行動をとり、情報を収集すべきなのか、命を救うための教訓が読み取れることに気付きます。とくに、組織に危機が訪れたときに「だれが現場で判断するのか」という点を事前にきめておくことの重要性を実感しました。

 

だからといって結果が変わるかどうかはわかりません、しかし、だれもが、自分が判断しなければならい可能性を認識しておくべきと警告しているようでもありました。マニュアルがいくら立派でも、それを使うのが自分かもしれないという意識づけは、まさに組織を構成する個別の「人の力」なのだと思います。

 

蛭間 たしかに盲点ですね。「BCPという計画文書を作成すれば良い」といったリスク管理というには程遠いマニュアル管理と化したマネジメントではダメであると。一方、日々の業務でそういったチャレンジや判断は基本的には求められません。100を求められたら100をおこなう仕事が大半です。

 

現場への権限委譲はもとより、優先順位をつけていく意思決定すら組織的に管理されるわけです。これはガバナンスの安定性を考えればあるべきマネジメントなのでしょうが、現場力といいますか現場の創意工夫を削ぎ落としかねません。

 

テールリスクを想定した有事の対応力をあげることも重要ですが、日々の業務にリスク管理の思想がどれだけ組み込まれているか、防災やBCPをわざわざ持ち出さなくとも、今回のような特集が組まれなくとも、日常のあたりまえとして、日常的に進めることができないかと思うのです。

 

 

弁護士と銀行員とが手を組んで

 

蛭間 これらかの日本を俯瞰したときに、いま大きく舵をきる必要があると思っています。それは現状維持作戦では、豊かな日本の未来が私自身イメージできないからです。

 

社会課題解決には、行政だけの努力ではどうにもならないのは、もはや自明なことです。国連の「仙台防災枠組」では官民連携についての項目が入りました。

 

日本ではあたりまえのことですが、さらに日本の現状に踏み込んで考えると、自助、共助、公助の役割分担を大きく見直す必要があると考えます。市町村レベルでは、平成の大合併を経て、行政サービスの効率化と広域化が進み、一定の成果が上がったと思います。

 

一方で、これまではどんな市町村でも防災、危機管理担当が職務として定義されていたわけですが、そのポストも統合してしまいました。昔の役場はいまや総合支所となり、人事交流の観点から当地に精通していない人が支所長クラスを担当しているケースが多くなっています。消防団の高齢化も進みました。これらは明らかに、公助が弱くなる証左ですし、ある面仕方がない部分もあります。

 

厳しい言い方をあえてすれば、地域防災計画に記載された行政の業務を対応できるほど、人的資源の量とスキルが足りていないのです。ですから、ある種のリスク・コミュニケーションだと思うのですが、行政は「できないこと」を宣言して、地域の様々なステークホルダーと質の高い連携をとる必要があります。また、そのような意欲のある地域の主体(家計、自治会、企業、業界団体、NGO、NPOなど)の取り組みをエンカレッジする制度設計が、いままさに求められているのではないでしょうか。組織としてのそれぞれの強みを出したほうがいいに決まっています。

 

地方創生の文脈でも、生き生きとしている地域は住民の顔が生き生きとして見えますね。そして、これから否応なく大合併という名の生き残りを迎える地域の金融機関が、これにどう関わるかは大変重要なポイントです。

 

岡本 そうですね。自治体職員にも知識が必要ですが、金融のシステムの勘所がわかる金融関係者が協力したほうがスムーズに決まっています。被災した住民にとってみれば、行政から支援金が出るかどうか、も大きな関心事ではありますが、銀行との契約がどうなるのか、という点のほうが、関心も強いのではないでしょうか。

 

私は、「罹災証明書」「被災者生活再建支援金」「災害弔慰金」「被災ローン減免制度」など巨大災害後の公的な支援を認知しておくことの重要性を説くことが多いです。ところが、多くの防災マニュアルでは、このような支援制度を必ずしも紹介していないのが実情です。単に「公助のひとつ」と思われ、「自助」「共助」による防災活動が中心の防災マニュアルのなかから見落とされているようにも思います。

 

ところが、各種の支援金にたどりつくためには、まさに「自助」の努力が必要なのです。「どこにいったらいいのか」「なにからはじめたらよいのか」「そもそも支援があるのか」。そのような声が巨大災害の現場で必ず起きるということを、「知識の備え」としてもっていてほしいのです。

 

 

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蛭間 素晴らしいですね。防災という社会課題の解決のために、法技術と金融技術の双方の貢献ができるかもしれませんね。たとえば、耐震化対策などの指針がありますが、法令水準をきめたら、あとは各々の自助努力になります。

 

ベースラインをきめるのは法律で、それを超える自助努力分を社会的な価値として認め、投資してインセンティブを与えられるのが我々金融でしょう。社会課題の解決に向かって、努力したものが損するのではなく、積極的に得をするような社会をデザインするために、それを支える専門技術が越境しながらつながっていくと面白いですよね。

 

岡本 やはり、被災した後にどのような制度を使えるのか、知ってもらうような教育が実施されるべきです。これは、誰もが、自分のため、家族のために知っておいてほしい知識です。もちろん、自治体職員や一定数以上社員がいる企業においては、教育プログラムの導入を必須としても良いのではないでしょうか。

 

蛭間 とても重要なことです。やはり法学部の学生や法科大学の院生でも、災害対策基本法や危機管理関係の知識を知らなかったりするのでしょうか。

 

岡本 災害があったときにどのような制度を使えるのか、という切り口で体系的に教える講座はいまのところ聞いたことがありません。だからこそ「災害復興法学」を自分でつくってしまったわけです。

 

「災害復興法学」では、たとえば「ローンの残っている家を津波で失った。職場も被災し、給与もでていない。いったいこれからどうしたよいのか」という、声にならない声に、どのような支援ができるのかを、あらゆる制度や法律を駆使して考えます。

 

「民法に照らせばこう解釈できる」「裁判例だとこういう権利がある」というだけでは、答えは導けません。目の前の声に、どうやって応えるのか、あるいは応えられないのなら、その次にどんな行動に移るのか。たとえば法改正の提言をするのか、その場合は、どんな「立法事実」が必要なのか、などを徹底的に検証します。

 

蛭間 実践的な法律家を育てる必要があると。

 

岡本 そのとおりです。災害時の法律解釈を学ぶことは、法律の限界を浮き彫りにしますし、逆に既存の法律の新たな可能性に気付くチャンスにもなります。

 

蛭間 そう考えると、岡本先生がいままさに挑戦されていることは、今後の日本いや世界の防災や危機管理についても貴重な財産ですね。日本の教育界は、グローバル人材強化に頑張っていると思いますが「ベンチャーをするにはシリコンバレー」のように「防災や危機管理を学ぶなら日本」のように世界に印象付けられるといいですね。

 

そして、法や金融のシステムを学んだ次世代の防災専門人材が生まれていく。私自身、若輩者ですし、防災の大先輩方が多く活躍されているなかで、弁護士と銀行員とが手を組んで、防災のフロンテイアを築いていく必要があると思います。

 

*本記事での各人の発言は個人の見解であり、それぞれが所属する各組織の公式見解ではありません。

 

 知のネットワーク – S Y N O D O S –

 

災害復興法学

災害復興法学書籍

作者岡本 正

発行慶應義塾大学出版会

発売日2014年9月13日

カテゴリー単行本

ページ数320

ISBN4766421639

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日本最悪のシナリオ 9つの死角

日本最悪のシナリオ 9つの死角書籍

作者財団法人日本再建イニシアティブ

発行新潮社

発売日2013年3月15日

カテゴリー単行本

ページ数320

ISBN4103337311

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蛭間芳樹(ひるま・よしき)

日本政策投資銀行

株式会社日本政策投資銀行 環境・CSR部 BCM格付主幹。1983年、埼玉県生まれ。2009年東京大学大学院工学系研究科社会基盤学卒業(修士)、同年(株)日本政策投資銀行入行。企業金融第3部を経て2011年6月より現職。専門は社会基盤学と金融。世界経済フォーラム(ダボス会議)ヤング・グローバル・リーダー2015選出、フィリピン国「災害レジリエンス強化にむけた国家戦略策定(電力セクター)」アドバイザー、内閣府「事業継続ガイドライン第3版」委員、国交省「広域バックアップ専門部会」委員、経産省「サプライチェーンリスクを踏まえた危機対応」委員、一般社団法人日本再建イニシアティブ「日本再建にむけた危機管理」コアメンバーなど、内外の政府関係、民間、大学の公職多数。日本元気塾第一期卒業生「個の確立とイノベーション」。また、2009年よりホームレスが選手の世界大会「ホームレスワールドカップ」の日本代表チーム「野武士ジャパン」のコーチ・監督をボランティアで務め、2015年からはホームレス状態の当事者・生活困窮者・障がい者・うつ病・性的マイノリティ(LGBT)などが参加する「ダイバーシティ・フットサル」の実行員も務める。NHK-Eテレ2016年元日特番『ニッポンのジレンマ ―競争と共生―』に出演。著書は『責任ある金融』(きんざいバリュー叢書/共著)、『日本最悪のシナリオ 9つの死角』(新潮社/共著)、『気候変動リスクとどう向き合うか(きんざい/共著)』、『ホームレスワールドカップ日本代表のあきらめない力(PHP研究所)』などがある。

岡本正(おかもと・ただし)

弁護士

弁護士。医療経営士。マンション管理士。防災士。防災介助士。中小企業庁認定経営革新等支援機関。中央大学大学院公共政策研究科客員教授。慶應義塾大学法科大学院・同法学部非常勤講師。1979年生。神奈川県鎌倉市出身。2001年慶應義塾大学卒業、司法試験合格。2003年弁護士登録。企業、個人、行政、政策など幅広い法律分野を扱う。2009年10月から2011年10月まで内閣府行政刷新会議事務局上席政策調査員。2011年4月から12月まで日弁連災害対策本部嘱託室長兼務。東日本大震災の4万件のリーガルニーズと復興政策の軌跡をとりまとめ、法学と政策学を融合した「災害復興法学」を大学に創設。講義などの取り組みは、『危機管理デザイン賞2013』『第6回若者力大賞ユースリーダー支援賞』などを受賞。公益財団法人東日本大震災復興支援財団理事、日本組織内弁護士協会理事、各大学非常勤講師ほか公職多数。関連書籍に『災害復興法学』(慶應義塾大学出版会)、『非常時対応の社会科学 法学と経済学の共同の試み』(有斐閣)、『公務員弁護士のすべて』(レクシスネクシス・ジャパン)、『自治体の個人情報保護と共有の実務 地域における災害対策・避難支援』(ぎょうせい)などがある。

 

 

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