進化するサプライチェーンの危機管理――繋がっていることのリスク、機会、そしてジレンマ

相次ぐ「生産停止」――繰り返すサプライチェーンの途絶

 

熊本地震が引き起こした産業被害は未だその全容が明らかになっていない。とはいえ、半導体、自動車、電気電子……と国内有数のナショナル・ブランドや一部海外メーカーの「生産停止」が次々と報道された。

 

5年前の東日本大震災やタイの洪水災害、2004年の新潟県中越沖地震時にも同様な事態が起きた。上流の関連企業が直接被害を受けたため生産停止となり、チェーンで繋がった下流企業群も一斉に供給停止を決定した。あるいは、道路網の寸断など重要インフラの機能停止等による間接被害によって継続が困難となっている企業グループもある。その影響は、ほんの数日で全国に波及した。

 

原材料から生産者の手元に届くまでの一連のプロセスは「サプライチェーン」と呼ばれる。一般に、サプライチェーン構造は「ピラミッド型」、「ダイヤモンド型」と称され、図のように繋がりのどこかで供給停止の危機が起きた場合、連鎖反応的に機能停止する脆弱なシステムであることは、多くの専門家の間で指摘されてきた。

 

 

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ダイヤモンド構造のサプライチェーン(出所)経済産業省『日本経済の新たな成長の実現を考える自動車戦略研究会中間とりまとめ』2011年6月より

 

 

参考までに、熊本県に進出した企業の本社が所在する都道府県は、社数は東京が1,490社(構成比32.6%)で最多、次いで、福岡1,049社(同22.9%)、大阪458社(同10.0%)、鹿児島175社(同3.8%)の順となっている。確固たる主産業を有する地域を除き、いまもなお多くの地域経済を支えているのは、世界市場に供給をしているナショナル・ブランドのサプライヤー群なのだ。このように、全国各地にサプライチェーンのネットワークが展開している。

 

 

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熊本県進出企業の社数・事業所数(本拠地が熊本県以外)

 

 

大多数の読者は、こう思っているだろう。

 

・なぜ、一向にサプライチェーンの危機管理問題は改善されていないのか。

・「ジャスト・イン・タイム」の限界ではないか。

・地震大国の日本だから仕方がない。

 

「ジャスト・イン・タイム」には少し説明がいるかもしれない。もともとトヨタ自動車が考案した生産管理方式で在庫をなるべく持たずに、「必要なときに、必要なものを、必要な数だけ」調達・生産・供給するという考え方である。このイノベーションは米国をはじめ世界中の製造業で、生産管理のベストプラクティスとして評価を受けてきた。

 

「STICKING TO “LEAN” PRODUCTION」ロイター通信は、今回の災害によって被災したトヨタについて、このような小見出しをつけた記事を公開した(注1)。さまざまな危機に直面するたびに、とくに日本企業がそれに晒される度によく耳にするのが、ジャスト・イン・タイムへの批判である。しかし、現場ではより深い議論がされており、着実に進化しつつあるというのが実務から見える私の認識だ。そして、そのような機密情報は表面には出てこない。

 

(注1)2016年4月17日 ロイター通信 ビジネス http://www.reuters.com/article/us-japan-quake-toyota-idUSKCN0XE08O

 

本稿では、東日本大震災から現在まで、日本の官も民も災害時のサービスや事業の継続のために、相当な努力をしてきたこれまでの取り組みを振り返るとともに、今回見えてきた具体的な成果と今後のあるべき像を述べたい。今回のサプライチェーンの問題について、使命感溢れる斯業界のエキスパート達が、意欲的に進めんとしてきた途上で発生したものだと私は理解している。その「変革スピードが遅い」、というのは確かに指摘事項かもしれないが。

 

 

着実に進化している供給責任を果たす“事業継続”のための“戦略”

 

事業継続計画(BCP: Business Continuity Plan)は、企業が地震などの自然災害や、テロなどの人為災害に巻き込まれた場合に、いかにサービスや商品の供給継続、すなわち事業を継続させていくのかを、平時に取り決めておく計画のことである。

 

内閣府防災は、東日本大震災から2年半の歳月をかけて、平成26年に「事業継続ガイドライン 第3版」を策定した(著者は本ガイドラインの策定委員)。企業経営における想定外をできるだけなくすように、個社のBCP策定では代替地での生産継続を意識付けるように、また、この問題は個社で自己完結できる経営課題ではないためサプライチェーン全体としてのBCP策定するように、ISOをはじめとする国際規格を前提としながらも日本企業に適したBCP策定を推奨していた。

 

先日公表された内閣府防災による「BCPの策定率調査」では、大企業では約60%は策定済み、中堅企業は約30%との結果が出ていたが(注2)、日本政府は2020年までに大企業でほぼ100%、中堅企業で50%の策定することを目標として掲げている。まだまだ目標達成には時間がかかりそうだ。

 

(注2)平成27 年度 企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査 平成27 年3月 内閣府

 

ただ、策定率では、その質的な側面は評価できない。一部の先進企業を除いて、BCPと称されている計画自体の実効性や、有事の対応力を事前に高める訓練や演習をどこまで、真の経営課題として捉えていたのか疑問である。

 

一方、先進的な取り組みをしている企業も数多くある。彼らは、「経営戦略としてのBCP」と「サプライチェーンの危機管理策」を経営そのものと位置付けている。これらは、経営指標との関連性、効率性と冗長性、費用と効果、競合他社との競争優位性、雇用確保等の社会的責任の観点、事業の将来性など、さまざまな価値基準と取り得る選択肢の中から、経営的な優先順位をつけた意思決定計画になっている。また、その計画の実効性を試行する訓練、演習も少しずつであるが充実し始めており、サプライヤーをはじめとする取引先企業へのBC能力向上支援を積極的におこなっている企業グループもある。

 

とくに海外への供給責任を負っている企業は、取引先が事業継続マネジメント(BCM: Business Continuity Management)監査と称して、現地視察に直接訪れるケースが頻発している。決してBCMに限った話ではないが、海外の取引先に安心感を得てもらい、信頼して取引を継続していくためには、相当な準備が必要である。ひとたび供給が途絶えれば、サプライチェーンから切られてしまうからだ。

 

このような事業環境にあって、多くの企業はLEAN(リーン、効率性)なサプライチェーンの構築を前提に、AGILE(アジャイル、臨機応変性・機動性)とレジリエンス(回復力)の双方を兼ね備えた、バリューチェーンの高度化に取り組んでいる。“ジャスト・イン・ケース”とも言うべきか、時間当たりの生産付加価値を最大化すること(ジャスト・イン・タイム)と、万一の事態にはそのバックアップが準備されおり、価値創造をし続けるようなシステムづくりに取り組んでいるのだ。

 

その中で見えてきたのが事業継続の「戦略」である。以下が一般論として考えられるが、今回の各企業の実際の対応状況は表の通りとなる。

 

・事前により安全な場所に本社や事業所を移転する(リスク回避)

・建物の免震化、制震化などして事業資産の信頼性レベルを上げる(ハード対策)

・自社で戦略在庫を持つ、または上流・下流の取引先とともに戦略在庫を持つ(リスク・シェアリング)

・同時被災しない他社への生産委託契約を締結(代替戦略:他社委託)

・広域的な業界応授援協定を締結(業界共助)

 

 

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平成28年熊本地震で被害を受けた企業の事業継続戦略一覧(熊本県に事業所を置く製造業を中心に)各社HP等情報より著者作成(4/22時点の情報に基づく)

 

 

今回、一部の企業で海外からの部品の代替調達が行われた。これは、すなわちサプライチェーンの国際化の動きであるとともに、有事の代替調達戦略について一定の有効性を示した重要な成果となった。このような有事の臨機応変な対応は、当然、事前にBCPにて規定されている。万一のサプライヤーの機能停止を予め想定した代替戦略によって供給責任を果たした好事例である。

 

しかし、海外からの代替調達を安易に進めることは、別のリスクを生むのではないかとの声もある。それは、技術など品質面、追加的に発生する物流費用などコスト面、為替変動など経済リスク面、情報漏洩やサイバー標的になる情報セキュリティリスク面、このほかにも環境、人権などCSR調達リスクを同時に抱えることにもなる。それゆえ、繰り返しになるが、BCP=有事の経営計画は極めて機密性の高い情報であり、かつ各社が持つ戦略には相当な意味、経営的な意思決定が含まれているのだ。【次ページにつづく】

 

 

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