ダンスパーティの、夕焼け

最近東京では、毎週金曜夕方に、ダンスパーティがひらかれる。会場は、東京都千代田区永田町2丁目3−1。「首相官邸」前。

 

「さようなら、原発」とのぼりが立ち並び、いかにもデモ慣れしている風情の「団体客」から、政治的文脈など関係なくとにかくやって来たファミリーやおひとりさまの「個人客」、著名人や外国籍の人、さまざまな人たちが集う。今風のデモのシュプレヒコールは、DJがウグイス役。

 

わたしは、炎天下のデモにはゆけない。易感染症、易疲労、紫外線過敏、その他さまざまな病態、簡易電動車いすでは越えられない段差、物理的にデモにアクセスすることができない。「市民」に想定されてない、とこういうときにふと思ったりする。

 

デモを牽引する車両に、「合理的配慮席」とか、「難病ウグイスシート」を設置してはもらえないものか。警視庁や公安の人も、休日出勤に駆り出されかつせっかく手当も出るのだから、生産的かつ合理的な警備というものを考えるわけにはいかないのか。ミュージックデモに過剰警備するより、「バリアフリー補助隊」とか「託児・介助・お年寄り・DV・デモハラ等相談窓口隊」を組織運営したほうが、だいぶイメージの向上につながる気がする。

 

都会のデモ、に人が抱く高揚感はそれ自体がロマンチックなモチーフでもある。高揚感は、ときに思いがけないエネルギーに変化する。逆に、破壊的な力へと変貌することもある。そんな「青春」の勝手気ままさを責めるのも、お門違いだ。だって「祭り」なのだから。

 

「祭り」に対して、外部から意味を付与することには、おそらくほとんど意味はない。そこは「場」そのもの。「デモか、デモではないか、それが問題だ」なんていう二択は、戯曲の中でしか成立し得ない。

 

ダンスパーティーの夕焼けのあとで、長い夜がやってくる。夜、夜。

 

福島の仮設団地や、借り上げアパートでは、もうとっくに夜が更けているのではないかと、想像する。

 

(本記事は7月25日付「福島民友」記事からの転載です)

 

 

 

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