ぜんぜん、後ろ向き

福島の生家の目前には川が流れており、岩魚がとれます。大滝根川は阿武隈川に流れ込む支流で、川幅が狭くて流れが速い川です。急流は阿武隈高地を長い年月をかけて削って谷間を形成し、その谷に這うように集落が点在します。川原に住むのは、水がひきやすいからです。生家の水道は、祖父らが集落の人びとと、手ずからでひきました。

 

大滝根川では、天然の山女魚や河鹿はとれなくなって久しく、もう一匹もいません。川の生態系を維持するために、漁業組合が年に一度、稚魚を放流しています。釣り人が川で釣りをするには、「釣りのチケット」を漁業組合から買います。いわゆる「鑑札」です。

 

百姓の勤めの厳しさは、一朝一夕で語れるようなものでもなく、祖父母は文字通り爪を剥ぎながら明け方から日が落ちるまで、土地を耕していました。農地は一旦手入れを放棄してしまうと、ひと夏で雑草が身の丈ほどにもなり、荒れ地に早変わりしてゆくのです。近頃は荒れ地が増えました。

 

川沿いの小学校の生活科の時間は、校庭の脇に畑を耕して、芋ほりとプチトマトの栽培をすることが大事な課題でした。今は先生と子どもたちは、外に恐る恐る出てゆきます。

 

「その葉っぱは触ってだめだよ、見てるだけだよ」

 

これまでは山が守ってくれたのに、山から放射能がふってくるかもしれないからです。

 

仮設住宅で悩み事を聞いている相談員の人に、寄せられる相談のうち、傾向として最近増えているものについて聞きました。

 

「死にたい」

 

福島で暮らす/暮らしていた人たちが求めていることとは、べらぼうに「不当な要求」なのでしょうか。原発震災によってそれまでの生活の基盤を失った人ひとが、「人間として当たり前に、平穏に暮らしたい」と願うことや、「以前の暮らしを取り戻したい」と望むこと。それは、「不当な要求」なのでしょうか。

 

ずいぶんと、後ろ向きなことを書きました。わたしは、福島と原発震災に「前向き」になれたことはまだ一度もありません。後ろ向きな気持ちでいっぱいです。

 

(本記事は8月29日付「福島民友」記事からの転載です)

 

 

 

 

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