「災害復興法学」のすすめ ―― 東日本大震災を伝承する危機管理のデザイン

「災害復興法学」は4万件以上の無料法律相談データ・ベースを、現実の災害復興支援や法改正の実績をベースに解析し、東日本大震災の「真実」と学ぶべき「教訓」を明らかにすることを目指している。それは、4万件の声の、その当事者に対する法律家からのメッセージである。

 

 

――声は届く。ともに歩んでいこう。――

 

 

災害復興『法』学という選択

 

3月11日の東日本大震災の直後から、弁護士は無料法律相談活動を展開してきた。避難所、仮設住宅、電話相談等による相談件数は、2012年5月までに集約できたものだけを数えても、実に40,000件を超えた。

 

全国から集められた法律相談カルテ(相談票)は、全件について、集約担当の弁護士らによるダブルチェックを経てデータ・ベース化されている。2012年10月には、集大成版として「東日本大震災無料法律相談情報分析結果(第5次分析)」が日弁連から発表されている(http://www.nichibenren.or.jp/activity/human/shinsai/proposal.html)。

 

膨大な法律相談データ・ベースは、地域や時間経過によるリーガル・ニーズの差異やインパクトなどを「見える化」することになった。これにより、阪神・淡路大震災や新潟中越沖地震当時には、実現することのなかった、様々な被災者・被災企業の再建制度が新設された。確かな数字とデータにより、法改正や制度創設の裏付け事実を証明できたことによる。

 

「災害復興法学」(Disaster Recovery and Revitalization Law)とは、膨大な無料法律相談のデータ・ベース、すなわち被災者の「生の声」をバック・グラウンドとしている。

 

 被災者の悩み(リーガル・ニーズ)に対し、法律を駆使して如何に応えてきたかを追体験し、現在の復興支援にもフィードバックする「法律実務学」である。

 現行制度の壁にぶつかり悩む被災者・被災企業の声を集約し、法改正に繋げたその軌跡を描き出す「立法政策学」である。

 来るべき首都直下型地震、東南海沖地震に備えるべく、既存の制度の課題を検証する「防災・危機管理学」である。

 東日本大震災のという災害の教訓を後世に伝え続ける「復興教育」である。

 

避難所における無料法律相談の準備風景。生活再建に資する制度がわかりやすく記載された岩手弁護士会作成のチラシを用意する。立ち話しから場所を移して法律相談へ移行することがほとんど(2011年6月、大槌町)

避難所における無料法律相談の準備風景。生活再建に資する制度がわかりやすく記載された岩手弁護士会作成のチラシを用意する。立ち話しから場所を移して法律相談へ移行することがほとんど(2011年6月、大槌町)

 

 

その声を絶対無駄にしないという誓い

震災から間もない東北沿岸部のある避難所。

「仕事もない、家もない、家族もいなくなった。何をしたらいいのか。どうやって生きていくのか。どうするのか。何が問題なのかもわからない。」「津波で住宅が流されてしまった。土地も水浸し、職場も流されてしまったので解雇された。住宅ローンは500万円以上残っている。どうしたらいいのか。すべてを手放して破産するしかないのか」。

津波で壊滅的ともいうべき被害を受けたある集落において、全くの「想定外」の相談内容に弁護士をはじめ専門家たちは驚いた。被災者の切実な叫び。声。現行法を解釈・適用するだけではリーガル・ニーズに応えることができない現状を思い知ることになった。法律家としてこれほど無力を痛感することはない(被災地における代表的な法律相談のモデルケースは【表1】のとおりである。)。

既存のルールにだけ頼れない。新しい制度が必要だ。なければ創るしかない。こうして法律家の挑戦が始まった。

【表1】代表的な法律相談のモデルケース (日本弁護士連合会「東日本大震災無料法律相談情報分析結果」(第5次分析)記載のモデル事例を抜粋して一覧表にしたもの)

「5不動産賃貸借(借家)」

・「津波で借家が全壊して住めなくなったが家賃を払い続ける必要があるのか」。

・「地震で壁にヒビが入ったが、大家と借家人のどっちが修繕する義務があるのか。費用援助は」。

・「まだ使える・住める状態だが、建て替え費用がないから退去を求められているが妥当か」。

・「建物全壊で退去する場合の敷金は。立退料は貰えるか」。

「6工作物責任・相隣関係(妨害排除・予防・相隣関係)」

・「地震で自宅の屋根瓦が落下し、隣家や隣家の壁や自動車を損壊したが、損害賠償責任を負うのか」。

・「商店の壁が崩れてパーキングに駐車していた自動車が損壊したが、誰かに損害賠償請求できるのか」。

・「マンションの上階から水漏れがあった場合の責任関係はどうなるのか」。

「9住宅・車・船等のローン、リース」

・「津波により自宅の土地建物が流されてしまった。職場も失ったので住宅ローンが支払えない。再建の支援はないのか。既存の債務は破産しない限り残ってしまうのか」。

・「原子力発電所事故等で避難指示を受け、住めなくなった住宅の住宅ローンも支払う必要があるのか」。

「12震災関連法令」

・「被災者生活再建支援金をもらうにはどういう手続が必要か。罹災証明はどういう場合に取得できるのか、どこで、どうやって取得するのか」。

・「借家に住んでいる場合でも罹災証明書を取得して生活再建支援金が取得できるのか」。

・「家計を別にしている親夫婦と、住民票の記載だけをみて同一世帯と認定された支援・義援金が一世帯分しかもらえないのは納得がいかない」

・「何十年も一緒に生活してきた唯一の親族である兄弟が地震で亡くなったのに災害弔慰金は兄弟に出ない法制度になっているのは納得がいかない」(当時)。

・「支援金や義援金をもらうと生活保護が打ち切られるという説明を行政から受けたが本当か」。

「16遺言・相続」

・「家族や親戚が何人も亡くなったが、相続人は誰なのか。行方不明者がいる場合には手続はどうすればいいのか。行方不明の家族の死亡届を出すべきかどうかで家族でも意見が分かれている」。

・「家族が亡くなってから3ヶ月間何もしないでいると、借金も相続してしまうので、相続放棄が必要だと聞いた。しかし、そもそも亡くなった家族にどんな資産があるのか、津波にさらわれた地域の不動産の評価はどうなるのか、はっきりしない。相続放棄したらよいかどうかの判断が出来ない」。

・「遠方の相続人と義援金や支援金の配分で紛争になりそう。しかし、津波で全てを失って、交通手段もなく、裁判所に出頭しての手続などとてもできない」。

 

 

巨大災害発生時に法律家の果たすべき役割

そもそも巨大災害発生時において、法律家はいかなる役割を果たすことができるだろうか。「法律」に関する問題は目に見えないため、その役割を的確に表現することは難しい。しかし、被災者・被災企業の抱える真実の悩みは、つまるところ法律問題である。災害復興法学の創設に至る経緯は、法律家の果たすべき役割そのものと言えるのではないか。

 

第1は、「動く」役割である。

代表的な例は無料法律相談活動である。既存の法律を適切に解釈し、あてはめ、悩み事や紛争を解決へ導く。典型的な法律家の役割である。巨大災害時における無料法律相談には、(1)自主的紛争解決機能(紛争予防機能)、(2)精神的支援機能(カウンセリング機能)、(3)パニック防止機能(混乱抑止機能)、(4)情報整理提供機能(目的別の有益情報の提供機能)、(5)立法事実(立法根拠事実)集約機能を見出すことができるはずだ。

 

第2は、「創る」役割である。

まちづくりや生活再建に資する法制度を提言し、実現する役割である。そのためには、膨大な無料法律相談データを集約・分析し、数値に基づき説明をする必要がある。法律家による様々な立法提言とその実績は、この「創る」役割の重要性を証明している。

 

第3は、「伝える」役割である。

東日本大震災後に創られた制度とその軌跡から学ぶべき教訓がある。将来の巨大災害に備えるために次の世代へ伝承する。そして、今なお残る制度的課題についても検証と改善を訴え続けることが必要である。「災害復興法学」の創設と展開は、この「伝える」役割のひとつである。

 

 

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