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過去の経験との大きな違い

 

荻上 取材について伺います。これまでの災害報道や事件報道と今回の報道で大きく異なった点、あるいは初めて経験した部分は主にどのようなものでしたか?

 

小川 過去の経験と大きく違ったのは、今回はあまりにも対象となるエリアが広すぎるという点でした。阪神大震災を含め、雲仙普賢岳や御巣鷹山にしても、被害が集中するスポットがあり、そこに多くの悲しみも希望も集約されていました。ところが今回の震災は中心点がなく拡散していく状況だったので、なかなか全てを追いきれない。情報が集まる場所がわからないので、どこにいけばいいのか、どこまでやれば見えてくるのかという、茫然自失の感がありました。

 

荻上 そうした面を克服するため、他局との連携はあったのでしょうか。

 

小川 行うべきでしたが、現実にはなかなかうまくいきませんでした。これだけ広い被災地を取材する場合は、無駄な競争はやめて、全てのメディアが協力し合う必要性を痛感します。ひとりの被災者に五社が一気につめかけるというような形ではなく、極端にいえば地域ごとに役割分担を決め、ネットワークで連携しながら、まだ取材のできていない地域へも足を運ぶ。今後はそうしたことを話し合いながら実現できないかと思っています。

 

荻上 ボランティアにも過密地域と過疎地域があったといわれますが、報道にも、取り上げられやすい地域とそうでない地域という課題があったと思います。

 

報道そのもののスタイルも問われたと思います。フリージャーナリストの得意分野も、一方でひとりで出来ることの限界も判明しました。一方で新聞社は、何百人何千人と社員がいる会社だからこそ、分担して出来ること、逆に難しいことがあると思います。社内の連携はどのように行ったのでしょうか。

 

小川 編集局すなわち私の立場から見ると、次のような手続きで取材先を決めていきます。まずは現地に行けるかどうかを調べます。通行可能な道路を洗い出し、黒板に情報を張り出して、何十台というハイヤーや百数十人の記者の配置を一斉に決めていく。そして現地に入った記者は、必要に応じて自己判断で移動するなど、一人ひとりの自由度を残しながら、全員で道を拓いていくような形です。

 

荻上 被災状況がわからなかった当初は、手探り状態だったでしょう。

 

小川 そうですね。とはいえ記者は、現地に到着した時点から締切りが迫っているので、たどり着いたところでとにかく取材をはじめ、書けるところから原稿に落としていく。そしてまた、書きながら、被災地のさらに先へ先へと進んでいくという状況でした。

 

荻上 現地からメールで記事を送信するにあたって、電気や通信設備面などでの困難もあったかと思いますが。

 

小川 何とか公衆電話が通じれば公衆電話の回線を使い、他の支局を介して原稿を送りました。新聞協会賞をいただいた津波の空撮写真も、緊急着陸した地点の周辺は全ての通信が停止しており、タクシーで被災地を移動しながら通信のつながるスポットを見つけて送信したことで掲載できたもの。万事が綱渡りのような状況でした。

 

 

ソーシャル時代における新聞の役割

 

荻上 新聞以外の、各メディアの役割についてはいかがお感じになられたでしょうか。

 

小川 やはりソーシャルメディアの力は、「圧巻」のひと言に尽きます。今回、百数十人の記者を全投入しましたが、それでも記者は、行った場所からしか発信できない。

 

一方でツイッターなどのソーシャルメディアには、多様な情報が溢れている。地元メディアの河北新報などは、新聞制作システムが一時使用できず、機能が制限されたりしたため、ツイッターで情報発信を行っていました。そうした情報から得たものの中から、信頼に足るものは、精査した上で紙面化して発信するなど、もっともっと活用すべきだったと思っています。

 

また、これは個人的な感想ですが、極限状態で人を勇気づけるのにも、たったひと言でいいという場合があります。取材の成果を原稿化してまとめるには相応の時間を要しますが、心に響くひと言は、ソーシャルメディアを通じてリアルタイムで伝えることができる。そうした連携をもっと進めれば、より多くの人を励まし、勇気づけられたのではないかと感じています。

 

荻上 毎日新聞社の記者でも、取材の模様をツイッター発信する方はいましたね。社としてツイート禁止、あるいはもっと発信しろといった、使い方が話題になることはあったのでしょうか。

 

小川 震災当初はそうした話題は出ませんでした。ただ、今回の経験から、記者はもっとツイッターやフェイスブックなどのソーシャルメディアに取り組むべきだと認識しており、現在は社内で研究会を立ち上げるなど、新たな取り組みを開始しています。

 

ある部分はジャーナリストとして大きな媒体に書く。ある部分は個人としてソーシャルメディアを通じて発信する。ある側面では取材者として発信し、ある側面では被災者として書くといったように、有事を想定してもっと伝導を上げていくことが重要だと思っています。

 

荻上 となると、有事にいきなりアカウントを立ち上げるのではなく、平時から情報発信をしていきながら、どの記者がどこから発信しているといった信頼化を加速していく方向が重要になりますね。従来、新聞社では、ソーシャルメディアの普及が遅かったという印象があります。震災を機に雰囲気や意識が変わったということはあったのでしょうか。

 

小川 最たる証拠は、従来ほどんどソーシャルメディアを使っていなかった私が、ツイッターなどを使うようになったという事実です(笑)。過去、新聞社にとってネットの情報というのは、匿名巨大掲示板とのことだという認識が強く、紙とネットは無関係という意識が浸透していました。本来であれば、記事として書くのもソーシャルメディアで発信するのも、等しく責任があるべきなのですが、そのような自覚が薄かった。

 

しかし今回の震災を経て、その意識は徐々に変わりつつありあります。「次の災害」に備える意味でも、これから本格的に変えていかなければならないと思っています。

 

僕らの古い時代は、新聞社が情報をスクリーニングして発信すればそれでよいという時代でした。しかしソーシャルの時代は、逆に周囲の人々が徐々に情報のレイヤーを下げていき、一次ソースに近づいていく。ならばそれを僕らがサポートする、そうした発想の転換が必要だと認識しています。何といっても現在は、取り調べ室も可視化を要求される時代です。我々マスコミが、自分たち自身を可視化しないなどということはあり得ないと思っています。

 

荻上 ソーシャルメディアには速報性というアドバンテージがあります。となると今後は、各メディアの役割分担と連携が進み、次の災害時にはより練られた方法論が確立しているのがベストということですね。

 

小川 そうですね。そのために信頼を担保できる力量のある記者が数多くソーシャルメディアを活用し、情報を精査した上で、流通している情報がデマであればデマであるとも指摘する。そうした情報のスクリーニングの機能を果たす人が何人もいるという状態をつくることが、僕らのできる情報貢献ではないかと思っています。

 

 

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