個人情報のトリセツ ―― 震災から見守り活動まで、個人情報「過保護」を乗り越える 

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2003年に「個人情報保護法」が成立してからというもの、必要な個人情報の提供まで控えてしまう、まさに個人情報「過保護」な状態が続いてきた。そんななか、東日本大震災では、「支援のためにどこまで個人情報を共有すればいいのか」という戸惑いが生まれることになる。

 

「個人情報は個人を守るためにある」と語る弁護士の岡本正氏。個人情報を保護するあまり、肝心の「個人」に対して支援が届かない状況を打破するためには、個人情報保護法制の適切な理解が必要であると説く。個人情報共有のためにどう法令を解釈していくのか、震災支援から平時の見守り活動まで活用できる、個人情報の使い方を、岡本氏が先進事例を紹介しながら解説する。(構成/山本菜々子)

 

 

■「個人情報保護法」とは

 

皆さまこんにちは。弁護士の岡本正と申します。本日は400名以上の方にお集まりいただいたと聞いております。ありがとうございます。東日本大震災を契機として、個人情報に対する関心が高まってまいりました。震災により、平時のように行政が機能できないなかで、被災者の支援を進めていくには、自治会やNPOといった第三者機関との連携が必要不可欠です。しかし、東日本大震災の現場であっても、個人情報を共有することがリスクとして感じられ、情報提供がスムーズにいかない事例が発生しています。

 

2003年に個人情報保護法が成立して以降、個人情報の「保護」の側面だけに目が向けられがちです。しかしながら、個人情報保護法や条例をきちんと読み解けば、緊急時には本人の同意がなくても個人情報の提供が可能であることが明記されていますし、解釈次第では、平時の見守り活動にも利用することができます。

 

個人情報保護法の「壁」ということがよく言われておりますが、その壁がじつは誤解であり、個人情報保護法や条例を適切に解釈することで、見守り支援や災害時には、個人情報を有効に活用できるということについて、皆さまと一緒に考えて参りたいと思います。

 

まず、「個人情報保護法」について簡単に説明します。

 

この法律は、個人の権利利益の保護と、個人情報の有効な活用のバランスを図ることを目的とした法律です。プライバシーの保護だけを目的としていません。これは、非常に重要なポイントです。つまり、最終的に個人情報を活用することで、個人の利益が守れるのであれば、その情報は活用できると解釈することも可能です。

 

また、たんに「個人情報保護」といっても、民間と行政では適用される法令が違います。民間機関が保有する情報は「個人情報保護法」という「法律」や業界ごとのガイドラインによって規律され、地方公共団体が保有する情報は「条例」によって規律されます。

 

 

民間が保有する情報 ⇒ 原則として個人情報保護法が規律(具体的には各所管省庁作成のガイドラインによる)

地方公共団体が保有する情報(障害者・高齢者の情報) ⇒ 個人情報保護条例が規律

 

 

たとえば、地域において、見守り活動をする場合を想定すると、当該個人情報を民間の事業者が持っていれば、それは「個人情報保護法」の適用範疇になる可能性があるでしょう。しかし、見守りが必要な高齢者や障害者の情報の多くは地方公共団体が所有していますので、提供を受ける場合には、「法律」ではなく、「条例」をどのように解釈していくのかという問題になります。

 

重要なのは、個人情報を誰が保有しているのか、その保有者を規律しているのが「法律」なのか「条例」なのかを整理し、理解することです。

 

 

先進事例に学ぶ

 

次に、個人情報共有の先進的な事例を紹介し、何を克服しようとしたのかについて紐解いていきたいと思います。まずは、条例がどのような構造になっているか共通認識を持つために、神奈川県個人情報保護条例の条文をみてみましょう。

 

 

神奈川県個人情報保護条例に記載されている第三者提供・目的外利用が可能な場合

目的外利用の制限の例外事由の代表例

(1)法令等の規定に基づき利用し、又は提供するとき。

(2)本人の同意に基づき利用し、若しくは提供するとき、又は本人に提供するとき。

(3)個人の生命、身体又は財産の安全を守るため緊急かつやむを得ない必要があると認めて利用し、又は提供するとき。

(4)犯罪の予防、鎮圧及び調査、被疑者の逮捕、交通の取り締まりその他公共の安全と秩序の維持のために公安委員会又は警察本部長が利用し、または提供するとき。

(5)前各号に掲げる場合のほか、審議会の意見を聴いた上で必要があると認めて利用し、又は提供するとき。

 

 

条例から明らかですが、(2)にあるように、「本人の同意」があれば、取得した情報を目的外で利用したり、第三者に提供できることがわかります。

 

一方、同意がない場合でも、(3)にあるように、「個人の生命、身体又は財産の安全を守るため緊急かつやむを得ない必要」がある場合、(4)のように「公共の安全と秩序の維持のため」警察などが使用する場合、(5)のように、自治体の「審議会の意見を聴いた上で必要がある」場合には、目的外利用・第三者提供が可能です。

 

 

先進事例(1)滋賀県野洲市『多重債務者包括プロジェクト』

 

滋賀県野洲市の例を紹介します。ここでのポイントは「部署を超えたつながり」と個人情報提供の「同意」の二点です。

 

野洲市では、多重債務者に対する支援のために、個人情報を共有するしくみを考えました。多重債務者は孤立しがちで、場合によっては自殺に陥りやすいということが内閣府や警察庁の資料からも分析がされており、行政からのアウトリーチの支援が必要な方々だといえます。

 

行政の窓口は本来縦割りであり、そのなかで専門性を発揮するものです。住宅の問題だと住宅課に行ったり、介護の問題だと福祉課に行ったりと、包括的な相談をする窓口は多くはありません。このため、相談を受けても個別の部署でしか対応できないため、必要な支援を受けられない可能性があります。

 

そのため、野洲市では、個別の相談を受けながら「多重債務者なのでは」と担当者が感じた場合、情報を「市民生活相談室」に集めるしくみをつくりました。各部署の従来型の業務だけに捕らわれず、他の部署へ繋げようというプロジェクトです。

 

縦割り行政のなかでも、このしくみのおかげで、部局間どうしでつながることができ、包括的な支援に取り組むことができます。行政の縦割りの良さを生かしながら、他部署との連携も取ることができる、非常に参考になる事例です。

 

しかし、最終的には、多重債務者の方を、司法書士や弁護士といった専門家や、支援団体などの外部の団体につないでいかなければいけません。そこで、事前に「同意」の取得をしっかりと行います。最初に相談に来た窓口の段階で、「あなたには支援が必要かもしれません。他の相談につないでもいいですか」と、同意をとります。

 

たとえば、住宅の相談だからといって、住宅関係のことだけに個人情報を共有するような同意をとってしまうと、他に使えなくなります。より広く周りとつなげるため、最初の入り口のところで、「同意」を取り、他所につなげることを可能にします。

 

この事例で特徴的なのは、既存の条例の範囲内で工夫している点です。「同意」を取るという方法で、共有を可能にしています。また、しっかりと各所に提供できるように、目的と共有範囲を明確化していますから、現場での実用性に優れています。大都市は民間団体やNPOがあってさまざまな助け合いのシステムが機能していますが、野洲市のような中規模の都市では、行政の力がとくに重要になっています。その意味では行政がしっかりアウトリーチしている非常に興味深い事例だと評価できます。

 

 

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