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わたしたちは商品をつくっているんじゃない、希望を創っているんだ

 

天野 福島県富岡町生活支援復興「おだがいさまセンター」の天野と申します。生活復興支援の拠点であるわたしたちが、なぜ「おだがいさま工房」という工房を立ち上げたのかについて、お話をさせていただきたいと思います。

 

おだがいさま工房;http://odagaisamakobo.blog.fc2.com/

 

まず、「おだがいさまセンター」について説明したいと思います。郡山市には「ビックパレット福島」という福島最大級の大規模避難所がありました。一時は2500人を超える方が身を寄せていらっしゃいました。その多くが富岡町・川内村等の原発30km圏内の方々でした。

 

昨年5月1日、その避難所に「おだがいさまセンター」を立ち上げました。2011年8月31日に避難所は閉所されましたが、われわれは活動を継続し、現在は郡山市の富田町の500戸程の仮設住宅群のなかに、100坪ほどの避難者の支援拠点としてセンターを運営しています。

 

センターでは「いのちを守る」「生きがいと居場所を創る」という二本の柱で活動しています。福島県は宮城・岩手とは違い、原子力災害によって元の場所に住むことができない状況にあります。避難先の新しい土地では「あたたかい下着が欲しい」と思っても、地元のように行きつけのお店もありませんし、情報もなかなか入って来ない。そうなると少しずつ引きこもりがちになってしまうんです。そうした方々をなくすために、生きがいと居場所を創出する必要があると考えています。

 

居場所づくりを考えるとき、わたしたちは男性の参加をとくに重要に考えています。というのも、仮設住宅における報道を見ても、女性の参加者が多く、男性の参加者が少ないんです。どうしたら男性にも参加していただけるのか考え、「男は金がないと動かない」という話になりました。そこで考えたのが7月7日に開始した「おだがいさま工房」です。

 

富岡町はもともと、夜森ノ桜が非常に有名です。町の一画に桜の名所があるのではなく、町全体が桜の名所なんです。そこで富岡町の自然をイメージした草木染めを製品としてつくり出そうと考えました。現在は染色・織り・仕立てといつた三つの作業の研修を行っています。のちのちには「富岡ふるさと染め」というブランド化までいきたいと考えています。

 

「おだがいさま工房」は、雇用の創出ももちろんですが、人と人との繋がりをつくっていただくことも目的のひとつです。避難者の皆さんは、いつ帰れるのかわからない不安のなかで生活を送っています。だからこそ繋がっていくことが大切だと思っています。そしてそこから生きがいや希望を創り出したい。わたしたちは製品をつくっているのではなく、希望を一緒に創っているんです。そして富岡町の新しい文化を創っていきたいです。

 

5月に染織りをやりたい住民を募集し、集まってくださった方に「趣味ではなく、仕事として、職人になっていただきます」とお話をしました。そこで決意を持ってくださった30数名に、説明会と体験研修を行い、それでも仕事にしたいと残った方と7月に工房をはじめました。10月から本研修を始めて、製品づくりに取り組む予定です。また2013年度には、販売網を構築していきたいと思っています。

 

課題もあります。賃金を保障するために、売り上げを確保することと品質の向上を目指すこと。被災地だからつくるのではなく、ゆくゆくは高級デパートにコーナーができるくらいの製品をつくりたい。ブランドとして高価な商品を目指すのであれば、つくり手を育てるのにも数年が必要になるでしょう。ですから、当面の賃金が得られるような小物も作成して、職人を育てていきたいと思っています。

 

今後、本格的な職人養成研修、優れた作品や手仕事を見に行く視察研修、そして草木染めの人間国宝の志村ふくみ先生、洋子先生においでいただくアドバイザー研修の三つの研修を行い、最初にかかげたコンセプトを大切にしながら、おだがいさま工房のブランドを確立していきたいと考えています。

 

永松 ありがとうございます。生きがいと居場所の創出という理念を掲げる一方で、製品の質には目をつぶろうということになりがちなのですが、おだがいさま工房では、製品には妥協を許さず、職人としての人材を育てていくという意気込みが伝わってまいりました。

 

 

「職がないので外に出る」を変えたかった

 

永松 ここまでが、「ものづくり編」だったのですが、ここからは趣が変わり、被災者が被災者を支えるための雇用づくりに移っていきたいと思います。次は川原さんに仮設住宅支援のお話を伺います。

 

川原 釜石から来ました@リアスNPOサポートセンターの川原と申します。

 

@リアスNPOサポートセンターは、平成16年に、釜石市内の商店街と一緒にまちおこしの活動を開始しました。もともとはまちを元気にするためのNPOでした。ところが3月11日の地震と津波によって、自分の家も事務所も流されてしまったんです。われわれも被災者になってしまいました。避難所で食い繋いでいる毎日でしたが、われわれの代表が「NPOとしてできることをしよう」と言いはじめたんですね。そこで、まずは物資の運搬の手伝いに取り組んでいました。

 

@リアスNPOサポートセンター;http://rias-iwate.net/

 

震災から日が経つにつれ、被災者の皆さんが生活拠点を徐々に内陸部へと移していくのを目の当たりにしました。市外で出ていく人に話を聞くと、「職がないので外に出ざるを得ない」と言う。実際、釜石市の主な産業である水産加工業は、なかなか立ち直れない現状がありました。であれば、他に職をつくればいい。どんな職がつくれるだろうと釜石市に相談をしたところ、「緊急雇用制度」を教えてくれました。

 

この制度を利用して、「釜石市仮設住宅団地支援連絡員配置事業」と銘打ち、仮設住宅に受付をつくりました。避難所を歩いていると、大きな避難所には自衛隊が来たり、豊富な物質が届いているのですが、小さな避難所には支援があまり届かないことが分かるんです。さらに津波の被害を免れた家を訪れると、自力で懸命に生きていらっしゃった。避難所に明らかな格差があったんです。きっと避難所から仮設住宅に移行してもこの格差は発生しているだろうと思い、緊急雇用制度の受付を設置しました。仕事は、専門性のあるものではなく、避難されている方で、コミュニケーションがとれる方であれば、誰でもできる仕事を考えました。

 

釜石市の仮設住宅全体の状況をお話しますと、建設数が3164個、入居が2717世帯、団地数は66か所となっています。一番大きいところは250世帯、一番小さいところは4世帯で、お年寄り4人しか住んでいません。釜石市を8エリアに分けて、エリアごとに支援連絡員を配置しました。現在、3万7000人釜石市の人口の0.2%である91名の雇用を行っています。

 

支援連絡員の役割として、はじめは仮設住宅団地のハード面の見回り、相談受付を行なっていましたが、現在では談話室の管理、利用予約受付もしています。また、最近は仮設住宅のなかに不審者が侵入するといった問題もありますので、来訪者の受付もしています。その他に支援物資・各種文書の配布、自治会等のイベントの手伝いなどですね。あくまでも自治会の自立を阻害しないのが目的で「つなぎ役」と「お手伝い」に徹しています。

 

じつはわたしたちが活動するまでは、自治会の青年団員が個人の責任で支援活動を行っていました。それでは、青年団の方の責任が重すぎるということで、われわれは責任の所在をはっきりと明文化して活動しています。最近は見守りの活動も重視しています。というのも職を失った50・60代の男性が引きこもりがちですので、生存しているかどうかの確認が必要になって来たからです。

 

これからの課題として、住民の方の不安を減らすということがあげられると思います。たとえば、釜石市の仮設住宅の場合は高齢者が多いので、住居者全員が出ていくまでは存続していく方針を決定しました。しかし、それでも皆さんから「2年で出なきゃいけないのでは」「これからどうしたらいいのか」といった相談がいまでも寄せられますし、被災してしまった自分の元の家がどうなってしまうのかという相談もあります。われわれはこのような不安を減らすため、連絡員たちの雇用を生みながら仮設住宅の支援をしつづけていきたいです。

 

永松 ありがとうございます。これまでは主にボランティアや外部の支援者が担ってきた被災者の見守り活動を、被災者自身が仕事としておこなったということは、今回の震災でみられる大きなイノベーションだと思います。

 

次は気仙沼復興協会の事務局長の千葉さんより、緊急雇用を使った雇用創出の取り組みについてお聞きしたいと思います。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.264 

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