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スコップも作業着も手袋もないゼロの状態から

 

千葉 気仙沼復興協会の千葉です。当協会は緊急雇用の予算配分を受けまして、市の震災対応分野を受託するかたちで活動をおこなっています。協会が雇用主となって被災失業者を雇用する仕組みです。一番多い時で130名程雇用がありましたが、現在は90名程となっています。10代から60代まで幅広く雇用しています。

 

気仙沼復興協会;http://kra-fucco.com/

 

わたしたちは、4月28日に民間の任意団体として活動をスタートさせました。気仙沼では事業所の8割が被災をしましたので、多くの方が職を失ってしまいました。その方々に一日も早く雇用を創出すること、また、気仙沼市外に流出することなく、気仙沼市で働きつづけたいという思いをくみ、市の有志が立ちあがりました。そして、6月9日に一般社団法人になり、現在に至ります。

 

気仙沼復興協会では、大きく分けて四つの事業部で活動しています。

 

ひとつ目は清掃部です。5月の連休前に清掃部として活動を開始しました。ゼロからのスタートですので、当時はスコップも作業着も手袋もなく大変苦労しました。当初は被災した家屋の泥だしをしていましたが、現在は漁業支援、農業支援などの活動もしています。去年は蠅が大量に発生しましたので、害虫駆除もおこないました。いまは個人のニーズがなくなってくるなかで、地域に根づいた活動をと、一軒一軒コーディネーターが廻っています。

 

ふたつ目に福祉部です。7月に立ちあがり、仮設住宅を廻っています。われわれは被災失業者雇用の側面もあるので、専門性のある方がいません。そのため、「はまらいんカフェ」というお茶会をはじめました。「はまらい」というのは気仙沼方言で「一緒にやりませんか」の意味です。お茶会を通して、バラバラになってしまったコミュニティーの、自治会の形成のお手伝いをしました。見よう見まねではじめましたが、NPOやNGOの支援も頂きながら、少しずつ幅を広げてまいりました。気仙沼も90か所の仮設住宅がありますが、そのなかでも支援の入り方もさまざまです。われわれも専門的知識がなかったものですから、被災者が被災者を背負うということで、当初はさまざまな点でつまずきました。

 

オレンジのTシャツを着て回るんですが、「なんか怪しい団体が来た」「宗教関係なんじゃないか」と、はじめは警戒もされるんですね。しかし、被災者さんのお話を傾聴するというところから少しずつ認識をしていただけ、現在の活動に繋がって来ていると思います。

 

福祉部では、自治会立ちあげの手助けを目的としていたのですが、ほとんどの仮設住宅で自治会が立ちあがりました。そうすると自律的にお茶会も初めましたので、われわれもどうやって関わっていくのかというのを考えています。やはりこれからは、男性が出てこないというのと、従前のコミュニティーと仮設住宅コミュニティーとの繋ぎを意識した活動をしていくことが必要になってくると思います。

 

三つ目は写真救済部です。震災により気仙沼では100万枚の写真が流出したのではと言われています。もちろん写真だけではなくいろいろなものが流出したのですが、かたちが分かり易いためか、大量の写真が避難所などに集められてきました。集まったのは良いんですが、泥になった写真を放置しておくわけにはいかないので、ボランティアで洗浄活動を開始しました。

 

汚れている写真を洗浄し、洗濯バサミにぶら下げて乾燥させます。7月に事業化いたしました。いまはデジタル化アーカイブ化を行いパソコンに取り込んでおります。福祉部と一緒に出張閲覧というかたちでパソコンをもって仮設住宅を廻ったり、市民が集まる集会所に持っていって写真を閲覧していただき、一枚でも多く持ち主に返す活動をしています。なかなか足を運べない年配の方も多くいらっしゃって、まだ25万枚ほど残っております。枚数が多くなかなか探し出せないことなどから、現在は、探しに来られた方の写真を撮らせていただいて、それを使用し顔認証機能を行い、検索範囲を狭め、一枚でも多く返すという活動しています。

 

四つ目はボランディア受入部で、10月に活動をはじめました。もともとは清掃部のなかでボランティアを受けつけていました。しかしこの時期になると、仮設住宅の入居が進みますので、もともとボランティアの受け入れを担っていた災害ボランティアセンター・社会福祉協議会が、生活支援の方に重きを置くようになってきました。そのような背景から、福祉協議会と連携を取りながら、当協会がボランティア部を設置し活動することになりました。

 

これもまったく知識のないところから始まりましたので、はじめは10名を受け入れるのも大変な状況でしたが、いまは、多い日で100名前後のボランティアの方に来てもらっています。現在は、被災者個人のニーズは少なくなっておりますので、海岸の清掃活動をおもに行っています。それに加えて農業・漁業の支援にも取り組んでいます。いまでは、それぞれの部署と連携しボランティアの受け入れができる状態です。

 

今後の課題として、活動資金をどうするかというのを考えなければいけません。われわれの活動は緊急雇用の予算でまわしておりますので、どうしても限界があります。ですから、今後はスタッフの就労支援などの活動にも重きをおいていかなければと考えています。

 

永松 ありがとうございました。先日、気仙沼に伺った時、「ボランティアの受け入れをしたら被災地の皆さんの仕事が減るんじゃないんですか」というお話をしたことがあったんです。すると、「ボランティアの人が被災地に来てもらってお金を落としてもらえば、それが被災地の雇用に繋がるんだ」ということでした。それがとても印象に残っています。

 

最後は福島で活動をしています、ワールドインテックさんからお話を伺いたいと思います。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.264 

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