震災復興と地域産業 ――「仮設商店街」からみえてくる現代の諸相

福島の移転地での仮設商店

 

福島県の原発避難地域の移転地でも仮設商店はコミュニティとして機能している。福島県郡山市の「あれ・これ市場」は、川内村と富岡町の合同の仮設住宅の敷地内にある食品店兼飲食店である。仮設住宅330戸のうち、川内村出身者と富岡町出身者それぞれ半分ずつで構成されている。仮設住宅は2011年6月に郡山市郊外のロードサイド沿いに設置されたが、車に乗って買い物に行くことができない人びとのために商店の必要性を訴える声があがった。そうした矢先、川内村商工会から村内で食品店を営んでいた箭内崇さんに店長にと声がかかり、2011年12月21日にオープンを果たした。

 

当初は緊急雇用の制度を活用し、スタッフ9人を雇うほどの忙しさであったが、川内村の全村避難が解かれたことにより、次第に様子が変わっていく。川内村は福島第一原子力発電所から20㎞圏外の緊急時避難準備区域と20㎞圏内の警戒区域に分かれる。現在、20㎞圏外は居住可能であり、 20㎞圏内は昼間だけ帰宅が認められている。仮設住宅に入居していた大半は高齢者であり、若い世代よりも年配の人ほど帰村を望んでいることもあって、郡山市などの移転地での仮設住宅には空き家が増加した。自分の家に戻った人もいるが、川内村の20㎞圏外に新たに仮設住宅が設置され、仮設から仮設へと移った人も少なくなかった。

 

当然、仮設商店「あれ・これ市場」の需要は日に日に落ちていった。一方で、富岡町は20㎞圏内の警戒区域内に置かれているため、仮設住宅は川内村の人びとは出ていった後も富岡の人びとは暮らしつづけている。つまり、移転地の郡山市で、川内村が設置した商店を川内村の店主たちが、富岡町の住民のために営業をつづけているのである。

 

箭内さんは「商売は採算がとれず厳しいが、川内村役場には継続できるように要望している」と話す。富岡町のイベントでは「あれ・これ市場」が食材を提供したり、お年寄りに宅配サービスをおこなったり、仮設に住む人々と寄り添いながら店をつづけている。

 

その箭内さん自身も、家族と離れ離れの状態が続く。箭内さんはもともと川内村で両親とともに食品店を営んでいた。家は20㎞圏外であったため両親だけ帰村した。そして、村に戻って来た住民のために鮮魚店兼食品店「とりじ商店」を再開。川内村役場が村に帰って来た翌日の2012年4月2日から店を開けている。両親は軽トラックで川内村の仮設住宅をくまなく回り、店舗経営だけでなく移動販売もつづける3)。家族が離れながらも、採算は見込めないなかでも、そこの地に住む人びとのために、あるいはふるさとに戻って来た人びとのために食品店を営みつづけているのである。

 

3)全国商工会連合会『復興軽トラ』2013年1月を参照。川内村「とりじ商店」が紹介されている。全国商工会連合会では、2012年度から軽トラック等の貸し出し業務を開始、岩手県、宮城県、福島県、茨城県、長野県の5県で計102台が無償で貸し出されている。被災地において「軽トラ」での移動販売は大きな役割を果たしている

 

 

郡山市にある川内村の「あれ・これ市場」は富岡町の住民が主に利用

郡山市にある川内村の「あれ・これ市場」は富岡町の住民が主に利用

 

 

仮設商店街の今後

 

被災地の地域社会で仮設商店街は大きな役割を果たしている。一方で、時間の流れとともに、その置かれている状況は刻々と変わりつつある。

 

もともと仮設施設への入居期限は仮設住宅と同様に2年と定められていた。しかし、設置からすでに1年以上が経過した今、延長を求める声が圧倒的に多い。多くの仮設商店街が国(中小機構)から市町村へ譲渡がなされたところであり、その後の運用については市町村に委ねられている。当然、2年限定とする市町村はほとんどなく、入居期限の延長や中長期的な活用策が講じられつつある。

 

仮設から出て、新たに店舗を本設する見通しが立たない事業者は、資金の目途がつくまで仮設店舗で営業をつづけたいと考えているようである。ただ、60代・70代が中心の店主が新たに借り入れをすることは、後継者がいない状況では難しい。さらに、新たに店舗を新設する際は建築制限といったハードルも待っている。元あった場所で再開できるケースもあれば、移転が強いられるケースもある。元あった場所で再開できると思っても、地盤のかさ上げが必要となれば、戻ることができるのは何年か先になる。事業再開は都市計画との関係で進むこととなり、それは時間の経過とともに制限が大きくなっていくことをも意味している。

 

大震災から2年。今後、仮設商店街はどのような道筋を歩んでいくのか。新たなまちづくりのなかで、本設に移っていく際にも「超高齢社会の地域コミュニティ」は引き継がれていくべき要素であろう。遠方の仮設住宅から来る人や、杖をついて来るお年寄りの姿が多くみられる。体を押してでも、仮設商店街に顔を出し、馴染みの店主と立ち話することが、不自由を強いられる生活のなかで大きな楽しみとなっているようであった。

 

超高齢社会における地域コミュニティは、生活の場から近すぎもせず、遠すぎもせずの距離にあることが望ましい。仮設住宅から徒歩圏内にある仮設商店街はそうした条件を備えていることから、お年寄りを主体に多くの人びとが集まりやすい場となっている。「仮設商店街」は狭い地域空間であるからこそ、世代を超えた助け合いの構造がみられる。仮設の立ち上げ、維持、そして撤去、本設に移っていく過程で、被災地の地域社会のありようも変わってくるであろう。この進行形のまちづくり・コミュニティづくりから、わたしたちが学ぶべき点は多い。超高齢社会の未来に示唆を与えてくれる。

 

経済成長の時代が終焉を迎え、成熟社会に移行してきた現在、わたしたちは真の豊かさとは何かを問いながら、新たな社会の方向性を模索しつづけている。東日本大震災を襲った地域は、人口減少や超高齢化といった幾多の条件不利を乗り越えながら、地域資源の恵みを活かした取り組みを重ねてきた地域であろう。

 

地域で何らかの事業を営むということは、自分たちで仕事を創造していくことである。与えられた仕事に就くのではなく、地域や社会の課題に即して、自分にふさわしい仕事を創っていくことになる。被災地で地域と向き合いながら営みをつづけることは、ふたたび世代を超えて、地域で育まれた大切なものを未来に継承していくことにつながっていく。

 

 

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