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毎日新聞記者・市川明代さんは、三陸支局に2011年6月から一年ほど勤務していた。新聞記者として、女性記者として、社会部記者として、被災地取材・報道を通して何を思ったのか。何を伝えるべきなのか。荻上チキによるインタビューにお答えいただいた。(構成/金子昂)

 

 

答えのないなかで取り組まなくてはいけない

 

荻上 今日は、毎日新聞の市川記者に、被災地取材の課題についてお話を伺いたく思います。

 

市川記者が震災以前どのような活動をされていて、震災後どういう活動をされているのか。また取材していくなかで感じたことや記事への反応、ソーシャルメディアの活用方法など、いろいろなお話をお聞かせいただければと思っています。はじめに、市川記者は震災前にどのようなお仕事をされていたか、お話ください。

 

市川 わたしは震災前、非正規雇用や日雇い派遣の問題などの労働問題を2年ほど担当していました。

 

これまで、労働担当の記者は、主に労働組合を取材し、「解雇は駄目、非正規雇用はけしからん」と主張するだけでよかったし、わたしもそう信じていました。でも若い人に取材すると、「雇用規制によって中高年のクビを切れないから、自分たちが正社員になれない」とさえ思っていたりする。業績の悪化している企業が人件費を抑えたいと考えるのはもっともですし、そういう単純な話ではなくなってしまっています。

 

労働問題ひとつとっても色々な言い分があり、どちらが正しくて、どちらが間違えているのかが言えない時代、何かを叩けばすむ時代ではないのだと思います。「誰が悪い」とは言い切れないなかで、どのように書くべきか悩みながら、取材活動をつづけてきました。

 

荻上 労働問題も単純化されやすい論点ですが、わかりやすい答えにはいつも落とし穴がある。そうした答えのないなかで問題に取組みつづけてこられたわけですね。

 

 

震災直後を振り返って

 

荻上 3月11日から社内の報道体制が変わり、予定されていた記事を組み直さざるを得なくなったと思います。当時の動向をふりかえっていただけますか。

 

市川 2011年のお正月から「働乱(どうらん)の時代」という労働問題に関する長期連載を始めていました。3月12日はまさにその第二部の掲載開始の予定日だったのですが、震災によってなくなってしまいました。

 

他の人も同様の状況で、それぞれが抱えていた仕事を中断して全員で震災報道に関わらざるを得なくなりました。記者は多かれ少なかれ、その業務の性質上、震災前後でぶっつりと日常内での断絶が生じたと思います。

 

荻上 震災直後、被災地取材や原発報道など、様々なテーマが発生しました。女性記者と男性記者で割り振られる仕事に違いはあるものなのでしょうか。

 

市川 部署によっても違います。わたしのいた東京社会部は、震災発生直後は基本的に男性が被災地に行き、女性は社内から電話で現地の情報を収集していました。やはり記者の習性なのか、男女ともに「現場に行かせてほしい」という雰囲気がありましたね。

 

荻上 報道機関として真実を伝えなくてはいけないけれど、会社としては労災の手当てや部下を失いたくないという気持ちが働くというジレンマがあると思います。社内に残った女性が官邸に取材に行くようなことはありましたか。

 

市川 官邸取材は政治部の担当なので、社会部はあまり関わっていません。でもいま思うと、政治部こそ現場に行くべきなのかもしれない。

 

永田町にいる政治家のほとんどは、現場を見ていません。政治家が考えていることが被災地とどれだけ温度差があるのかを知るためには、そして質問をぶつけて記事にするためには、現場に行かないとわからないと思います。わたしたちの組織はタテ割りなので、現場を踏んだ社会部の記者が官邸に出向くこともあまりない。それも問題なのかもしれません。

 

荻上 若手記者が政治家に張り付いて取材していたり、デスクが現場に出られなくなったりと、それが本当によいのかと思うような慣習もあるかと思いますが。

 

市川 そうですね。現場に行って現場のデスクとして音頭を取っていた人と、本社から離れられなかった人では感覚がまったく違います。皆が行くべきとは言いませんが、記者同士の交流はもっとあればいいと思いますね。

 

 

宮城県女川町のがれき集積場で、選別作業にあたる地元の若者たち。 仮設住宅に住む人々は毎日、こうしたがれきの山の前を通らなければならない。 (2012年6月、市川撮影)。

宮城県女川町のがれき集積場で、選別作業にあたる地元の若者たち。
仮設住宅に住む人々は毎日、こうしたがれきの山の前を通らなければならない。
(2012年6月、市川撮影)。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.277 

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