原発事故による「ふるさとの喪失」は償えるのか

福島原発事故による避難者数は、震災発生から3年が経とうとする今も、約14万人にのぼる(2014年1月末現在)。事故後、9つの町村が役場機能を他の自治体に移転し、広い範囲で社会経済的機能が麻痺した。一部の自治体は、役場機能を元の地に戻しつつあるが、住民の帰還は見通しがたい。

 

筆者は2011年5月から、共同研究者とともに原発事故被害の実態調査を開始した。それまでの公害問題研究の経験を、少しでも活かせないかと考えてのことである。同年7月には、福島県内外で避難者の方々からの聞き取りをはじめたが、ほどなく、国の原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)が、事故被害のうち賠償対象となる最低限の範囲を示す「中間指針」を公表した(8月5日)[*1]。

 

その内容は、最低限の指針とはいえ、避難者から聞かれる被害実態とあまりに隔たっていた。とくに実感されたのは、「ふるさとの喪失」というべき重大な被害が等閑視されていることだった(拙著『原発賠償を問う』岩波ブックレット、2013年、第II章)。

 

2011年12月、野田首相(当時)が事故収束を宣言して以降、避難者を福島に戻す「帰還政策」が強まったが、避難者が元の地に戻れるのであれば「ふるさとを失った」という被害は存在しないことになる。しかし反対に、避難者たちは2011年秋頃から、「もう戻れない」という思いを強めていった。自宅周辺の汚染状況がしだいに明らかになり、一時帰宅で朽ち果てていく家を目の当たりにしたことなどがその原因である。

 

しかも、国が「戻れる」とする放射線量の目安は、年間20ミリシーベルトと相当高いので、「戻れるといわれても戻りたくない」という人が多く出てくるのは当然だ。除染やインフラ復旧は、現在も十分な見通しが立っていない。避難者の喪失感は、こうした客観的背景に基づくものであり、単なる主観的な被害ではない。

 

以下では、原発事故によって失われつつある「ふるさと」の原状回復と賠償について考察したい。筆者が学んできた経済学によれば、被害とは価値の喪失と考えられるから、ここで失われた「価値」とは何かが問題となる。まずは、「ふるさとの喪失」の内実からみていこう。

 

[*1]http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/kaihatu/016/houkoku/__icsFiles/afieldfile/2011/08/17/1309452_1_2.pdf

 

コミュニティ、自治体の危機と地域づくりの破壊

 

原発事故により、たとえ全住民が避難しても、それが一過性のもので、汚染の影響が残らなければ、地域レベルの被害は比較的容易に回復できるだろう。しかし、今回のように避難が長期化すると、回復は難しくなる。地域を構成する複数の個人・世帯の間で、原住地への帰還や生活再建に関する意思決定(たとえば移住先)が多様化し、住民が離散していくからだ。

 

住民が戻れず離散していけば、コミュニティが失われ、自治体は存続の危機に直面する。役場を戻し、事故収束、廃炉、除染などの作業で人口が流入したとしても、住民が入れ替わってしまえば、すでに元の自治体ではない。コミュニティとともに、そのなかで継承されてきた伝統や文化なども失われてしまう。

 

このことは、住民が主体となり地域発展を進めてきた自治体にとって、地域づくりの担い手と取り組みの成果の喪失を意味する。それだけではない。過去の取り組みの延長線上に展望されていた、地域の発展可能性あるいは将来像も失われようとしているのだ。

 

たとえば飯舘村は、1980年の冷害を機に内発的な地域づくりに転換し、住民参加の発展や、牛肉の産直を通じた村の「ブランド化」などに取り組んできた。1994年に策定された第4次総合振興計画では「地区別計画」が作成され、地区・集落を単位とする地域づくりが本格化していった。

 

とくに2004年に、村が合併しないことを決め「自立」の道を選択したころから、農家レストランを営む女性が地元のコメと水でどぶろくをつくり、それが村の名物となったり、オリジナル品種のジャガイモ等の栽培、加工品開発がすすむといった動きがあらわれていた。

 

原発避難は、このような地域づくりの破壊も引き起こしたのである。

 

 

飯舘村の酪農家たちは手塩にかけて育ててきた牛を処分した。写真は、空になった牛舎(2011年8月11日、筆者撮影)。

飯舘村の酪農家たちは手塩にかけて育ててきた牛を処分した。写真は、空になった牛舎(2011年8月11日、筆者撮影)。

 

 

避難者が失ったものは何か

 

避難者が戻らなければ、コミュニティや自治体が維持できなくなるのは明らかだが、このことは、個別の避難者からみるとどのような意味をもつか。

 

避難者の口から「戻りたいけれど戻れない」という苦悩がしばしば語られる。「戻りたい」という言葉は、原住地に固有で、代替性のない要素への思いを表現している。具体的には、土地を含む自然資源、景観、コミュニティなどが挙げられる。

 

これらが避難先で完全に回復されるなら問題はないが、それは不可能だ。経済活動や居住のスペースとしての土地は、元手さえあれば避難先で回復可能である。しかし、福島県浜通りなどの被害地域では、土地は先祖から引き継がれ、次の世代へと受け渡していくものだという意識が強い。

 

2013年3月末から不動産賠償の手続きがはじまったが、そこに至る過程で、実際に住んでいた人と登記上の所有者が一致しないケースが非常に多いことが問題視された。このことは、土地や家屋が、頻繁に売買される「財物」と同じではないことを示唆している。代々受け継がれる土地や家屋は、代わりのものをすぐに手に入れることはできない。つまり、代替性が乏しいと考えるべきだろう。

 

また、コミュニティも地域に固有である。東京のような大都市では、地域における人間関係が農村部に比べて希薄なため理解されにくいが、被害地域における人びとの暮らしは、さまざまな場面でコミュニティと深くかかわっていた。たとえば子育ても、各世帯内で完結するのではなく、地域のなかで行なわれる。コミュニティの諸機能は、それなしで済ませられるようなものではなく、人びとの暮らしにとって、非常に重要な意味をもっていた。

 

避難者たちは、原住地に固有の要素から切り離されたことによって、「生きがい」の源であった諸活動(農作業など)を奪われだけでなく、コミュニティや地域の環境から得ていた各種の「便益」をも喪失したのである。

 

 

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