ソーシャルビジネスを通じた新しい復興支援のかたち

【シノドスに参加しよう!】

▶メールマガジン「αシノドス」

 https://synodos.jp/a-synodos

▶セミナー「シノドス・サークル」

 https://synodos.jp/article/20937

▶ファンクラブ「シノドス・ソーシャル」

 https://camp-fire.jp/projects/view/14015

住民・行政・支援者の距離感

 

永松 復興予算について物議を醸していますが、わたしは被災地に関係ない事業にお金を使うことは無駄だと思いつつ、一方で被災地に投じているお金にも無駄があると思っています。

 

たとえば去年の三次補正予算では、被災地の主要なNPOに膨大な予算がつきました。しかし予算を使い切れるほどの人材が現地にいない。さらにどのように予算を使えばいいかビジョンも描けていません。これを認識せずに、「予算をつければ復興だ」と考えられていることに危機感を覚えています。

 

藤沢 現在、仮設住宅の入居者は10万人、避難者も含めると30万人います。これは日本の人口に比べたらほんの一部でしかありません。一年前、東京ではさまざまな議論がありました。それはまるでピッチに誰もいないのに、観客が一杯のスタジアムのようなシュールな光景でした。誰も現地に入らず、外側で議論している。被災地がどんな状況にあるのかわかっていないのに議論をしても仕方ありません。

 

政府の調査不足だという批判もありますが、圧倒的に頭数の多い民間で調査をせずに政府を批判するのは自分たちの知恵や工夫のなさから言い逃れているように見えます。また「行政は何もしてくれない」と言われますが、実際に行政に赴いて議論している人はほとんどいません。外から文句を言うだけで、建設的な議論をしていないようでは駄目です。見えない垣根をつくって、飛び越えようとしていないんですよね。

 

永松 何が垣根を生み出しているのでしょうか。

 

藤沢 話し方の問題だと思います。急に行政に行って、わあわあ言っても誰も話を聞いてくれませんよね。相手のプロトコルに合わせて、パートナーとして協力するかたちで提案をすれば意外と話を聞いてくれますよ。

 

永松 行政に文句を言うように住民を仕向けるボランティア団体も一部にいて、行政職員が困っているという話を聞いたことがあります。

 

藤沢 たしかにNPOやNGOが行政の監視機能を担っている面もあります。でもそれだけでは建設的な方向に向かわないでしょうね。

 

永松 今回の震災を受けて企業も行政もボランティアもみんなで一緒になって公共的なものをつくっていく時代に動き出しているように思います。昔のように「市民セクター」と片意地を張るのはやや古臭く感じるんですよね。

 

藤沢 ええ、そういう感覚を持ち始めた人は増えてきていますね。

 

それこそ、もともと市民セクターでバリバリ活動されていた湯浅誠さんは、その後、内側から変えていこうと政府に入りました。そしてじつは何かを変えることよりも調整こそが必要だと気がつかれた。彼は行政と民間の垣根を乗り越えていける象徴的な方だと思います。彼のスタンスにはわたしも強く共感しています。

 

 

自治体への根本的な問い

 

永松 これまでの災害対応や復興過程では、市町村、県、国と縦の階層が基本で、他の自治体が応援するといった横の繋がりは、なかったとは言いませんが、インフォーマルなものしかありませんでした。いま自治体のあり方が問われているように思います。

 

藤沢 内陸の北上市から大船渡市への支援は印象的でしたね。

 

※大船渡市では、被害が少なかった内陸の北上市からの支援のもと、仮設住宅支援員配置事業を実施している。これは、仮設住宅住民の生活支援とコミュニティづくりのために「支援員」と呼ばれるサポートスタッフを雇用する仕組みである。

 

東北復興新聞;http://www.rise-tohoku.jp/?p=147

 

今回、市町村単独では復興が難しいことが初期段階でわかっていたにも関わらず、県も国も支援を見送る傾向がありました。従来では考えられない、北上市からの支援は非常に画期的なことだと思います。

 

今回の事例は、すべての市町村が一律に生き残る時代ではなくなったとき、強い自治体が弱い自治体を吸収合併するのではなく支えていくというひとつのモデルケースになるはずです。

 

永松 浪江町のように、いま土地を持っていない自治体をどのように残していくかが非常に重要です。これは「自治体とは何か」という、根本的な問いを突きつけられている。避難所の自治体に入ってしまえばいいと思われがちですが、もとの自治体にいることで生きる希望を抱いている人もいます。自治体に帰属することには、行政サービスを受けるということ以上の何かがあるんですね。

 

また、他県に避難されている方の多くが、避難せずにその土地に残った知り合いに後ろめたさを感じているようです。さらに避難先で自分の出身地を話せないという抑圧された生活を強いられている。月並みな言い方になりますが、福島県の人たちが置かれている現状をもっと理解しなくてはいけないと思います。

 

藤沢 日本人全員がそのことを考えられるかというと難しいかもしれません。でも、たとえば東京の方は福島県で発電されていた電気を使用していたわけですから、想像力を働かせれば当事者性を持つこともできるはずです。自分がいま動けないならば、勉強するなり、寄付をするなり、もう少し被災地のことを思ってもいいはずです。

 

 

1 2 3 4
シノドス国際社会動向研究所

vol.264 

・畠山勝太「こうすれば日本の教育はよくなる」
・穂鷹知美「マスメディアの将来――マスメディアを擁護するヨーロッパの三つの動きから考える」
・大賀祐樹「リチャード・ローティ」
・西山隆行「学び直しの5冊〈アメリカ〉」
・知念渉「「ヤンチャな子ら」とエスノグラフィー」
・桜井啓太「「子育て罰」を受ける国、日本のひとり親と貧困」
・鈴木崇弘「自民党シンクタンク史(8)――「シンクタンク2005年・日本」第一安倍政権成立」