被災地最前線からの報告 ―― 記者たちが探し出した『真実』

「ここでしか見えないもの」

 

亀松 川端さんは大川小学校の話をずっと継続して取材していらっしゃいますね。

 

川端 石巻市だけでも4000人近くが犠牲になっていますが、小学校でこれだけの規模の犠牲者は他に例がありません。今の三浦君の話にもありましたが、子どもを亡くすということはたえ難いことだと思います。

 

あともう一つ思っているのは、同じことが例えば東京の小学校で起きたらどうなるだろうかということ。この取材に日常的に関わっているのは私ともう一人だけですが、東京の小学校で起きたら果たしてこんな人数で取材を担当するような話だろうかと。おそらく何十人の記者が取材を続けるでしょう。それと同様のことをしなければいけない。

 

マスメディアは首都圏、大都市のニュースの取材を中心に報じるところがあります。今回被災地が東北でこれだけ大きなことが起きたということを報じることが、首都圏への警鐘にもなりますし、それを地道に伝えていかなければと思います。

 

亀松 定点で一つの場所で取材を続けるから見えてくるものがあるという話と、とにかく現場に行かなければわからないことがあると思います。伊藤さんは宮古日記に「ここでしか見えないもの」というタイトルで記事を書かれています。現地に行かなければわからないこともあるのではという提起をされている記事ですが、簡単に内容をお話いただけますか。

 

伊藤 宮古市内の旧田老町に、たろう観光ホテルという建物があります。その建物の手前に防潮堤があったのですが、津波で全部流されてしまった。六階建てのホテルで、四階まで津波が襲ってきました。従業員を逃した社長が、キャンセルの問い合わせがくるかもしれないと思い、ホテルに残っていた。そのときに津波が押し寄せてくるのが見えて、とっさに映像を撮ったんです。六階から撮っていたので、津波が中に入ってくるところが全て映像にうつっています。

 

2011年10月頃にわれわれ記者を集めて、この映像を見せたい、記事にしてほしいという話が彼から来ました。私はそこに行ったんですが、写真を撮る許可は貰えても、テレビで流すために映像を提供してほしいと交渉しても断られました。映像を撮った部屋で、防潮堤を見ながら映像を見てほしいと。それから半年あまり過ぎていますが、今もその部屋でしか映像を見せていません。

 

亀松 ニコニコ動画にアップしてくれていたんですが、今は公開されていないんですよね。このホテルに行けば見せてくれると。

 

伊藤 そうです。言葉数の少ない社長ですが、 ここにあった町が全部なくなって、何百人もの人が死んだ恐怖を、複雑な思いをそのまま伝えたいのでしょう。これを例えばインターネットやテレビに流して、「すごい迫力ですね」と消費してほしくないんだろうと僕は思いました。

 

このことを記事にしたとき、たくさんの問い合わせがきて、彼も受け取っていると思いますが、未だに頑として見せないんです。さっきの観光化の話とも関連しますが、とにかくここに来て、自分たちがどういう思いでここに留まって、これだけの犠牲者が出たということを見てほしいということだと思いました。田老に行くたびにこのホテルに行って映像を見ています。

 

亀松 そこに行けば誰でも見られるんですか?

 

伊藤 そうですね、彼は申し込んでほしいと言っていますが。見に行かれたら、映像としては気仙沼の方がすごいなどと思う方もいるかもしれませんが、この部屋でその瞬間、彼がどう思ったのかに共感すると、もっと深いものが感じ取れると思います。ちなみに彼はこのホテルを震災遺構にしたいと言っていますね。

 

亀松 まさしく、そこでしか見えないものということですね。東野さん、ものすごい数の映像がテレビで流れてはいましたが、現場に行かないとわからない、伝わらないことってありましたか。

 

東野 たろう観光ホテルの映像の見せ方は、観光地化の議論と関わってきますね。物珍しいから見るという怖いもの見たさと、見なければいけないから見るという見る側の気持ちの違い。被災地の方は、物見遊山でもいいから来てほしいという人の方が今は多いでしょうね。できるだけ直接来ていただいた方が、いろんな支援をするよりも、被災した方々にとってはありがたいと思います。伝えたいことがたくさんあって、知ってほしいことがたくさんあります。大槌の方に話を聞くとそういう方が多いです。

 

 

観光資源としての被災地

 

亀松 今被災地に来てほしいという方がいらっしゃるということですが、ここでアンケートをとりたいと思います。被災地に行ったことがありますか? 「はい」「いいえ」「 もともと住んでいる」の三択でお答えください。

 

被災地は、 現に津波の被害のあったところに行ったとか、南相馬市のように避難をしなければならなかった地域を指します。

 

伊藤 一言いいですか。私のいる宮古市に三陸鉄道という広範囲に被災したローカル線の会社があります。線路が流されていて仕事にならないので、4月から被災地ガイドといって、 駅員さんが被災地を案内してくれています。

 

このサービスのネーミングが面白くて、「観光」という言葉は使わず「フロントライン研修」といっています。全国から結構申し込みがあって、人がいっぱい来ています。もちろん最低限のマナーを守る必要はあるけど、話を聞きに行くチャンスと心構えがあれば、ちゃんと見に行くことができます。受け入れる側もそういう受け入れの窓口を作る努力をしていることを知ってほしいと思います。

 

亀松 アンケートの結果が出ました。

 

1. はい 23.5%

2.いいえ 69.6%

3.被災地に住んでいる 6.9%。

 

最初のアンケートで被災地以外から見ている人の数から考えると、これは結構多いかもしれませんね。

 

東野 いま復興ビジネスはなにができるのかが話題になっています。大槌町の人も、いま一番の観光資源は被災地であることだろうと言っていて、視察や研修を考えています。復興につながる大きなきっかけにもなると思います。大槌という誰も知らない場所を知ってもらえるというだけでもすごく大きいはずですから。

 

亀松 私が女川とか南三陸に行ったときに、災害遺構をひとしきり見て帰っていくという人たちがいました。そういう外部から来る人を歓迎する傾向もありますが、逆に反発はありませんか。

 

伊藤 反発も生じています。特に遺族の方などが見世物じゃないという反応をされる。ただ、それは見に来るひとのマナーの問題じゃないでしょうか。被災者たちが苦労しているということをわかろうとする態度が伝われば、変わると思います。

 

川端 それはかなり意見が分かれるところだと思います。人によっては両方の気持ちがあるでしょう。この現実を多くの人に見てもらいたい、でも物見遊山に見られるのはちょっと……という葛藤が個々にあって、それが団体になると食い違いが生じてくる。ただ、この記憶は残していかなければならないものであることは間違いない。これまでわれわれの社会はこういった議論をしてこなかったので、今からやらなければいけないことだと思いますね。

 

伊藤 議論が十分にされないまま決めてしまった好例が、阪神大震災のときに倒れた高速道路ですね。あれはすぐに取り壊したんです。あれは確かに邪魔になったけど、残しておけば多くの人の記憶に残ったと思いますね。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

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