被災地最前線からの報告 ―― 記者たちが探し出した『真実』

遺体の写真を撮るか

 

亀松 わかりました。ここからは遺体の報道をテーマにお話いただきたいと思います。

 

朝日新聞出版から『東日本大震災』という写真集が出ています。このなかには、ブルーシートに包まれた遺体の写真などが掲載されています。今まで、こういった写真や映像が被災地の報道で直接的に取り上げることがなかったと思います。いろんな配慮があると思いますが、一方で、CNNやニューヨークタイムスなどの海外メディアは積極的に遺体の写真や映像を流していて、これが日本のネット上で話題になりました。

 

川端さんにお話いただきたいのが、自衛隊が捜索しているときに遺体が見つかって取材の許可でもめたことについてです。そのときの状況を説明していただけますか。

 

川端 遺体捜索の取材で実際に遺体に遭遇したことがありました。そういうときに近づこうとすると、自衛隊の人たちは止めようとします。それに対してなぜ撮らせないのかと言ったことはあります。

 

ただ、遺体写真を紙面で使うのは難しい問題があります。亡くなった方の尊厳がありますし、亡くなっているので了解を得ること自体不可能ですよね。そういうときに写真をどう使うのかという議論はすべきです。

 

一方で、被災地の方々は相当な数の遺体を実際に見ています。消防団の方で、娘さんが亡くなって、遺体と対面した翌日から地域の遺体捜索を始めなければならない人がいました。その方は「地獄を見た」と言われました。われわれは地獄をどこまで伝えきれているのか。今の時点では遺体の写真を紙面で使ったことはほとんどありませんが、現実を伝えるためにある程度は必要なことじゃないかと僕は思います。

 

亀松 三浦さんが被災地で取材をしているときに、週刊誌の記者が写真を撮っていて地元の人に止められたのを目撃したそうですが、そのときはどのようなシチュエーションでしたか。

 

三浦 川端さんがおっしゃったように、瓦礫の中にたくさんの遺体がありました。辺りには週刊誌の記者だけでなくて、フリーのカメラマンや外国の通信社などたくさんの方がいます。遺体がいっぱいあって、泣き崩れている人もいる状況で、そういう人々にカメラを向けることができるかどうか。個人的にその状況を見たいかというと、見たくないです。

 

これに関してはメディアの棲み分けを考えないといけないのかもしれません。こういう写真が平和な食卓に届くわけですよね。新聞の朝刊に、例えば目が取れている子どもの写真を載せたら、否が応にも目にすることになる。テレビにもそういう側面があるでしょう。写真集やインターネットは自分で選択して見ることができますし、より現実を見たいという人はそれらを買ったり、調べたりすれば見ることができますよね。でも、新聞やテレビなど、選択を仰げない媒体については、こういう情景を載せることはできないと思います。

 

また川端さんがおっしゃったように、自分の娘や母親の遺体の写真を新聞に載せることについては皆さん非常に抵抗があると思います。それ以外に伝えていける方法を別に模索したり、われわれが文章の力で記事にしていけばいいんじゃないかと思います。

 

亀松 東野さんはいかがですか。

 

東野 難しいですね。皆さんの話を聞くともっともだと思いますし、なかなか答えは出せません。個人的には、遺体の写真を載せなくとも状況を伝える方法はいろいろあるだろうと思います。多分、個人的に遺体を見たら写真を撮ってしまうと思います。でも、それを紙面に出すかどうかはまた別の問題です。日本が習慣的に今までそうしてきたことだから、あえてそれを変えたいとも思わないです。遺体の写真をどんどん載せる国にいたら、僕は普通に出していたのかもしれません。はっきりした理屈が立たないですね。

 

亀松 番組を見ている視聴者に、もう一回アンケートをとってみたいと思います。ひねりの入った聞き方ですが、遺体の写真を撮る記者をどう思いますか? 「許せるし伝えるべき」「許せないし、撮る必要もない」「わからない」の三択です。

 

つまり、遺体の写真を掲載すべきだという意見もあると思いますが、その前提として撮影する行為が不可欠なわけです。その撮影という行為自体の是非についてです。

 

森達也さんというドキュメンタリー映画監督が震災に合わせて作った『311』という映画があります。非常に印象的なシーンで、遺体を撮影しようとしてその関係者から抗議を受けて木の棒を投げつけられるという場面があります。森さん以外にも後ろで撮影している人がいて、遺体を撮影しようとする取材者をスクリーンにあえて映し出したわけですね。この場面に取材者のジレンマが象徴されていると思いました。

 

結果が出ました。

 

1.許せるし、伝えるべき 49.6%

2.許せないし、撮る必要もない 15.8%

3.わからない 34%

 

半数近くが伝えるべきだという意見ですね。

 

東野 むしろ半分ないとも言えますね。

 

亀松 佐々木さんはどう思いますか。

 

佐々木 遺族の立場になったら全く違うでしょうし、なんとも言いづらいです。

 

亀松 伊藤さんはいかがでしょうか。

 

伊藤 自分で撮れと言われたら確かに撮りにくいですね。原爆の写真が残っていることを考えると、誰かが撮らないといけないと思います。新聞に載せるかどうかはまた別のハードルがありますが。

 

佐々木 少なくとも撮るとは思いますよ。もちろん撮らないでくれと言われたら撮りません。そこまでして撮ろうとは思いませんね。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

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