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からくわ丸

 

根岸 まずは自己紹介からさせていただきます。わたし、根岸えま、東京都出身で20年間、東京で暮らしていました。現在、立教大学の三年次を一年間休学しております。いま唐桑に住んで活動しています。

 

宮越 わたしは宮越逸都子と申します。1988年生まれで今年の3月に早稲田大学を卒業しまして、4月から唐桑町で一年間限定で常駐して活動しています。

 

根岸 わたしには座右の銘がありまして、「日々吸収、日々前進、日々成長」と日々頑張っております。

 

宮越 わたしは日々楽しく生きていきたいということで、“everyday is happy day”という座右の銘でやっております。

 

根岸 そんなわたしたちが気仙沼市の唐桑町で活動するにいたった経緯について、少し紹介したいと思います。わたしたちはもともと、日本財団の学生ボランティアセンターが主催する「ながぐつ」プロジェクトで、がれき撤去を主に活動としてやっていました。関東近郊の大学生が集まって、15人とか20人でバスに乗りあい、4泊5日などで被災地にいってワークをするというものです。

 

そのプログラムで去年の秋ごろはじめて気仙沼市唐桑町に行きました。その後、唐桑の人や文化に触れて、唐桑の魅力にどんどん魅了され、休みの度に個人的にバスで訪れるようになりました。そして、地元に根づいた活動をするため、一年間の休学を決意しました。現在、唐桑に駐在しています。

 

宮越 そもそも気仙沼市唐桑町がどういうところかといいますと、宮城県の最北東端に位置する漁業で栄えていたまちです。最北東端なので「宮城の夜明けは唐桑から」という言葉があったり、地元の漁師さんが「ロサンゼルスの光が見える」といったり。そんな冗談も飛んでいます。旧唐桑町で、2006年に気仙沼市と合併して人口は約7000人となっております。震災による被害は、唐桑町の全家屋の28.2%に上る家屋が被害を受け、今年の一月現在で死者が102名行方不明者が3名となっています。

 

根岸 わたしたちが魅了されたのは、なんといっても唐桑の大自然です。青い海! きれいな夕焼けの空。そして、温かい地元の人たちにどんどんどん惹かれていくようになりました。わたしは20年間ずっと東京に住んでいて、祖父母も東京出身なので、故郷がなかったんですね。そのなかで、はじめて地方の人たちに触れて、毎日吸収することがたくさんあります。唐桑の海とともに生きる生活、唐桑のずっと昔から受け継がれてきた伝統の文化、唐桑に住む人たちの生きざまに感銘を受けました。

 

宮越 では、今現在わたしたちが活動している「からくわ丸」といった団体について説明させていただきます。2012年の5月にこの団体が立ち上がりました。その前身として、去年の3月震災直後から唐桑にはFIWC唐桑キャンプという団体が活動していました。FIWCというのが国内外問わず世界中でワークキャンプを行って、必要な課題解決に取り組んできたNPO団体で、その団体が昔から唐桑町と交流があったらご縁で、震災後に唐桑でがれき撤去や支援物資配布等のハード面の支援活動を展開してきました。その流れをくんで、今年の5月にからくわ丸を立ち上げました。

 

からくわ丸;http://blog.canpan.info/karakuwamaru/

 

根岸 いま、からくわ丸はメインで事務局スタッフわたしと宮越含めて5名、地元の若手住民の方々10人程でやっています。主な活動としては4つの活動をやっています。

 

宮越 ひとつ目は「KECKARA(けっから)」というフリーペーパーを発行しています。これは唐桑町民の方に向けた、「唐桑の情報を唐桑に発信する」ということにこだわってつくっているフリーペーパーです。

 

 

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目的がふたつあって、ひとつが唐桑の再発見。これは、わたしたちよそ者だから気づける唐桑の魅力的な人や物を唐桑の人に発信することで、住民の人が、「唐桑にこんなものがあったんだ」と魅力を再発見して欲しいという思いがあります。もうひとつの目的が、「唐桑をつなぐ」です。唐桑は12地区ありますが、それぞれの地区の方々が共通の話題を共有することで、地区の垣根を越えた交流を生み出すきっかけとなればと、思っています。完全に気まぐれ発行で、年に2冊、3冊。唐桑町内を中心とした地元商店に配置しています。2号は渋谷のフリーペーパー専門店でも取り扱っています。

 

KECKARA(けっから);http://www.facebook.com/keckara

 

根岸 ふたつ目の事業として「まち歩き」を企画しています。「まち歩き」とは熊本県水俣市を復活させた吉本哲郎さんの「地元学」を参考にした取り組みです。外から来たわたしたちと地元住民が一緒に町内を歩いて、地元に「ないもの」に目を向けるのではなく、地元にしかないもの、唐桑に「あるもの」を捜します。

 

 

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東北学院大学の子たちがきたときの例をあげると、実際に地元住民の方に案内人になってもらって、よそ者3、4名を引き連れてもらい、全部で5名くらいのチームを組みます。チームごとに、それぞれ地区を周ります。その後に、その日得た情報を、絵地図にまとめて、地元の人たちを呼んで発表会をします。その発表会の後に、もっとより多くの地元の方に見てもらうために、できた絵地図や情報カードを公民館や集会所に掲示して、地元へのアウトプットもしております。

 

宮越 いま、主なふたつの活動を紹介させていただいたんですけれども、ほかにも、畑づくり、地元のお母さんたちとのお花見、伝統芸能の松圃虎舞の出演など、地元に密着した活動もしています。

 

根岸 からくわ丸が拠点としている場所を、わたしたちは「ホーム」と呼んでいます。ホームには夜になると地元の20代、30代の若者たちが集まって、くだらない話をしたり、あるいは唐桑の将来といった熱い議論を夜遅くまでしています。その様子を先日地元ローカル紙の三陸新報さんに載せていただきました。

 

宮越 わたしたちが今後やりたいことのひとつとして、そのホームに集まってくれる20代、30代の若者をみんな巻き込んで、いまの若者がまちづくりを考える場を一緒につくっていきたいと思っています。たとえば先日、「第一回からくわルーキーズサミット」を行いました。内容は「GOTENシリーズ」の今後について等でした。「GOTENシリーズ」唐桑にそびえ立つ「からくわ御殿」をモチーフとして、みんなでデザインを考えてつくったグッズです。Facebook、ホームページ、ブログなどで情報発信をしていますので、チェックしていただけるととても嬉しいです。

 

宮本 ボランティアとして関わったよそものが、地域に魅了されて、地元に住みついて活動を継続しているという例でした。何より印象深いのは、畑づくりをしているというお話です。自分も、中越の被災地で最初に地域に入ったときにやったことが、畑を貸してくださいとお願いしたことでした。その畑づくりを拠点に、自然とやまあるきになったり、いろんな大学生がやってきたりと、予想もしなかった動きが広がっていきました。彼女たちの活動からも、そうした動きが広まったらいいなと思います。

 

つづいて服部さんお願いします。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.264 

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