「My農家を作ろう」方式の放射能測定がもたらしたもの

 きめ細かな測定メソッドの意義

 

放射線防護学の標準的な思想から考えれば、一見無駄だと思えるような「My農家」方式を、農家も含めた円卓会議のメンバーが採用することに合意したのは、この名称にも込められている通り、多様な主体による協働的な放射能問題の克服の先に、「顔の見える関係」の構築という長期的なゴールを見据えていたからだ。その背景と、この方式を導入した結果として、わたしたちが得ることになったものを、少し詳しく見ていきたい。

 

まず、個別農家の「顔」が見えることをゴールに置く以上、農場ごとの測定と情報公開というラインが、外すことのできない大原則となった。その上で、消費者目線で納得感のあるサンプリング方法として、「農地の土壌から押さえる」ことを選択した。土壌には作物の通常数百~数千倍の放射能濃度がある。そのため、土壌測定に関してはあまり精度の高い検出限界値をとる必要がなく、比較的短時間の測定で、圃場中のどこに相対的に多くの放射性物質が蓄積されているかというスクリーニングが可能になる。これが、この測定方式のコスト面での利点であるが、このメソッドを採用した狙いや、結果的に生じた利点はそれに留まらない。

 

第一に、「土壌から押さえる」方式を採用することで、集荷済みの野菜からのサンプリングではなく、消費者や飲食店シェフなどの測定ボランティアが農地に訪れての放射能測定と、土壌放射能濃度以外のリスク要因もあわせてチェックすることが必須となる。それは、さまざまな産地と生産者を組み合わせて市場から調達する大手業者には、真似することが難しい安心感を提供し得る。そして同時に、消費者や飲食店にとっては地域の農業の魅力を知る機会であり、農家にとっては顧客のニーズと感覚を知ることで、結果として放射能測定自体が、農と食にまつわる地域の資源と価値を相互に発見していく格好の機会ともなった。

 

一例をあげれば、4月上旬の測定会でとても興味深いことがあった。このとき、測定対象だったホウレン草はシーズンが終わりかけていた。大きくなりすぎたホウレン草をタダで持っていっていいよーと言った農家さんに、驚きの声を上げたのは、測定に参加していたフレンチレストランのシェフだ。

 

シェフによれば、フランスのホウレンソウは日本のものよりだいぶ大きい。市場に出回らず、ずっと探していたポタージュに向く大きく肉厚なホウレン草を、柏の足元で見つけたシェフは、笑顔が隠せない様子だった。新しい価値はいつでも、異なる立場と目線の人たちが出会うことで発見され、創出される。放射能測定というネガティブなきっかけでさえ、地域を循環する新しい価値創出の機会になりうるわけである。

 

第二に、農家にとってこの方式が、自らの農地のコンディションを知り、放射能関連の安全性に関して強い責任感と自信を持った生産をする、強い動機づけになったことも大きい。簡易型のNaIシンチレーション検出器を持ち込む「My農家」方式では、圃場の大きさと分散具合によっては、一軒の農家で30検体以上の土壌を測定することになる。

 

これはどんなに効率を上げても4時間以上はかかる仕事量だが、数時間の測定を経て漸次農地のコンディションが明らかになっていくうちに、俄然農家の眼が変わっていき、終わるときには「ここまで徹底的に測定してよかった」と例外なく口を揃える。かしわで(地域最大級の農産物直売所で、円卓会議のメンバー)や市農政課主催のセミナーに繰り返し出席することで、放射能被害は決して回復不可能なカタストロフィではなく、科学的な理屈付けで立ち向かうことのできる公害に過ぎない、と2012年の段階にはすでに理解していた柏の意識の高い農家にとって、きめ細かな圃場の汚染状況を知ることは、「セシウムレス」な営農実践への第一歩であるからだ。

 

土地の傾斜や、放射性物質が吹きだまりやすい人口構造物(ビニールハウスやブロック塀、舗装道路など)の位置によって、わずか50m四方程度の圃場でも3~4倍もの土壌放射能濃度のバラつきがあることも珍しくないのだが、大抵の場合、農家自身がそのバラつきの理由に思い当ることがあるのには、いつも驚かされた。

 

震災時のビニールハウスの破損状況や耕うん状況・施肥状況などの営農履歴に加え、素人目にはわからないわずかな高低による雨水の流れこみ方や、微地形による風の吹き方など、経験に基づいて把握している圃場のクセと、各ポイントの土壌と生産物の測定データを突き合わせて状況を理解するさまは、農地という複雑系を相手に、微細なノウハウを蓄積して最適化された営農をする「科学者」そのもの。農業者のそのプロフェッショナルな姿は、測定に参加する消費者に対して何よりの安心感を与えるものでもあった。

 

そして、「My農家」方式を採用した最大のメリットは、きわめて狭い範囲で汚染範囲を特定することができるということだ。円卓会議の測定では、この「圃場の中でもっとも汚染度の高いスポットを特定して、そこで育った作物を放射能測定する」というプロセスで、後述する自主基準値の20Bq/kgを上回る放射能が、実際に農産物から検出されることを数回経験した。

 

圃場中のリスクの高い濃縮ホットスポットを発見して、そこを「狙い撃ち」していくこのやり方は、確かに第一義的には、消費者に納得感のあるサンプリング方式として採用されたものだ。ただしこれは、しばしば懸念されるように、消費者や飲食店・小売業者のみにメリットがあり、農家側には一方的に酷なやり方というわけではない。土壌と農産物の放射能濃度を突き合わせて把握していくことで、農産物から一定水準以上の放射能が検出された場合でも、その汚染範囲を細かく特定していくことが可能だからだ。

 

実際に、これまで円卓会議が直面した事例では、一定程度以上汚染されていた葉菜が、震災当時破損していたビニールハウスの角から半径3m程度の範囲や、土質が違うと思われる露地栽培の一畝だけにとどまっていたり、ある特定の株のローズマリーの葉だけが自主基準値を越えていたりというように、非常に限定された汚染範囲を特定することができている。

 

相対的に高い土壌放射能濃度と、土壌中の交換性カリウムの過少や地形的特徴、農地の隅で起こりがちな耕うんの不足などが複雑に組み合わさった結果と考えられる、自主基準値越えの農産物が発生した要因を、科学的に特定することは非常に困難ではあるが、汚染範囲を特定できるだけでも非常に大きなメリットとなる。農家にとっては、出荷自粛・廃棄処分とする農産物の量を、最小限で済ませることができるからだ。

 

「汚染食品がサンプリングをすり抜けている」ことが消費者側から懸念される行政の検査で、基準値以上に汚染された箇所の農産物を「たまたま引き当ててしまった」場合には、その農家の生産物全体の出荷はおろか、地域全体の当該品目の一定期間の出荷差し止めが起こり、その後には長期間にわたる大きな「風評被害」が続いてしまう。それと比較すると、きめ細かく汚染範囲を特定していく「My農家」方式は、生産者側にも十分メリットのあるやり方であると言える。

 

もちろん、行政機関の測定によって基準値越えの検出があった場合には、食品安全法に基づく手続きを踏まなければならないため、地域全体の出荷の差し止めをせざるを得ないわけだが、こうしたごく限定された範囲の汚染の特定と出荷自粛という、消費者・生産者双方にとって合理的なメリットのある措置をとれる「My農家」方式は、民間ならではの身軽さを生かしたものだと評価することができるだろう(*5)。

 

(*5) なお、「My農家」方式の測定で、2012年4月以降の新基準値である100Bq/kgを越える農産物が見つかった場合には、柏市農政課に報告して、以後は行政的な措置に委ねることを内規として決定しているが、現在までのところ、自主基準値20Bq/kg越えはあっても、100Bq/kgを越える測定結果は経験していない。

 

 

 

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