2014.08.03

「21世紀最大の難問」――『ナショナリズム入門』(植村和秀)他

今週のオススメ本 / シノドス編集部

情報 #植村和秀#ナショナリズム入門#バリアフリーのその先へ!#朝霧裕

『ナショナリズム入門』(講談社現代新書)/植村和秀

数学の図形問題。「複雑怪奇!絶対解けない!」とあきらめていても、補助線を一本引くだけで、解けてしまうことがある。

今回、紹介する『ナショナリズム入門』では、21世紀の最大の難問「ナショナリズム」を扱っている。「ナショナリズム」を「『ネイション』への肯定的なこだわり」と定義し、ネイションとは何か、を考察する。ここで「ネイション」と表記することが、ナショナリズムを解き明かす補助線になっている。

ネイションとは、国家や国民、民族と日本語で翻訳される。しかし、日本は国家と民族とが一致している、世界的にも珍しいネーションだ。(アイヌや沖縄という例外はある)。なので、多くの日本人にとっては、「ネイション」の感覚の理解が難しい。「国家」「国民」「民族」という日本語を当てはめると、どうしても、日本の事例に即した意味合いを持ってしまう。そこで、「ネイション」と言葉をそのまま使用することで、日本の感覚を一度離して、ナショナリズムについてより理解を深めることができる。

第一章の「ネーションの作り方」では、フリードリヒ・マイネッケのネイション論に基づき、ネイションをつくるためのハウツーが述べられている。まず、ネイションをつくるためには、土地を用意する。次に、歴史を積み重ねる。歴史の中には、文化的なものや、国家的なものを詰め込む。さらに、人々のあだでネイションへの意識と意欲を目覚めさせ、ネイションとしての認知を獲得する。巨大な人間の集合体がどのように「ネイション」になるのかが良く分かる。

ネイションの材料を確認した後に、日本、ドイツ、ユーゴスラヴィア、アメリカなど、具体的なネイションの分析を読むと、ナショナリズムの形がだんだんと見えてくる。「ネイション」という言葉によってひかれた補助線によって、浮かび上がってくる「ナショナリズム」の姿をぜひ確認してほしい。(評者・山本菜々子)

『バリアフリーのその先へ! 車いすの3.11』(岩波書店)/朝霧裕

著者は、シンガーソングライターで作家の朝霧裕さん。朝霧さんは、ウェルドニッヒ・ホフマン症(進行性脊髄性筋萎縮症)という難病を抱えている。ウェルドニッヒ・ホフマン症とは「全身の筋肉が極めて弱く、発育しないというもので、発症率は10万人に1人。原因不明」の難病だ。

本書は2011年3月11日の池袋を舞台に始まる。翌日に控えるライブコンサートのリハーサルを終え、帰路につく池袋駅で朝霧さんは東日本大震災を経験する。電動車いすの方にとって、駅はバリアフルの塊のようなものだ。焦る気持ちはあっても、急ぐことができない。狭い通路でせわしなく移動する人びとの間を縫わなければいけない。階段やエスカレーターを自力で上り下りすることはできない中で、エレベーターも停止している。

普段、「音楽に障害は関係ない」「健常者・障害者で区別をしないで」と訴えてきた朝霧さんは「普通の毎日」を営めなくなったとき、「情報保障に障害は関係ある」「意志伝達に障害は関係ある」「移動手段に、避難所生活に、生か死かに、障害は関係ある」のだと気が付く。そして仙台まで重度障害者と支援者の話を聞きに行く。

仙台で聞いた、災害から時間が経てば経つほど、同じような困窮状態から、次第に差の開いてしまう「鋏状格差」が生まれてしまうという話に、たとえば、思うように働けない人に対する「あの人は働かないで、ズルをしていつまでも怠けている」という心象を重ねる。あるいは朝霧さんが、以前介助者にかけられた言葉に重ねる。「障害者って私らと違って、毎日家にいて遊んでいるだけでお金がもらえて、マジ羨ましい」。

「世間、ご近所、家族、介助者、親戚などの他者の目に抑圧されたまま、一度の命を自分のものとして生きることなく死んでいくのは、私は嫌だ」

困難なとき、誰かと比べて、「あいつらよりはまだマシだ」と自分を安心させることがある。「こんなに大変なのに、あいつらばかり楽ばかりしやがって」と思ってしまうこともある。この心理的な軋轢は、いったいどこから生まれるのか。それぞれがそれぞれの声をあげたときの先に広がる地平を、想像させる力強さが本書にはある。(評者・金子昂)

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シノドス編集部

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