メディアが国益を意識し始めたらおしまいである

――池上さんのご著書でアメリカのジャーナリスト、ウォルター・クロンカイトの言葉「愛国的であることはジャーナリストの任務ではない」を知りました。しかし、今の日本では、果たしてテレビでこういうことをジャーナリストが言えるのでしょうか?

 

「ジャーナリストの任務」で思いだした。テレビ東京の選挙特番です。候補者や政治家たちに池上さんが際どくて鋭い質問を繰り返したことで高く評価された。池上無双ですね。ところが池上さん自身はインタビューで、「自分がやったことはジャーナリズムでは当たり前のことで、もし評価されるのならば、ほかのジャーナリズムがダメなんじゃないの」といったことをさらりと言った。この「さらりと」が池上さんの身上です。このときは思わず拍手しました。

 

池上 今、メディアではさかんに「国益、国益」と言うでしょ。朝日の従軍慰安婦に関する報道について、「国益に反する」という言葉をほかのメディアが使うのは、天に唾する行為だと思います。国益を意識して、大切にしろとメディアが言い出したら、どうなるでしょうか? そもそも、その「国益」というのはいったい何でしょう? ということこそ、まず考える必要がある。

 

このことを考えるために重要な歴史的事件があります。かつて、ケネディ政権ができたばかりの頃に、CIAがキューバの亡命者を使ってキューバに攻め込ませる、ピッグス湾事件というのが一九六一年に起きました。あのとき、『ニューヨーク・タイムズ』は一週間くらい前に、その作戦の存在を嗅ぎ付けて書こうとしたら、政府から「国益に反するからやめてくれ」と圧力を受けて、結局、書かなかったのです。その結果、ピッグス湾事件が起きて、CIAが支援していたキューバの亡命者部隊があっという間に負けて、作戦は大失敗、政権への評価もボロボロになりました。そのときにケネディは、この侵攻作戦について「私は知らなかった」と言った。実際に、ケネディが大統領になる前から進んでいたプロジェクトでした。そして、「もし『ニューヨーク・タイムズ』が報道してくれていれば、こんなことにはならなかったのに」と、ケネディは言ったのです。

 

それ以来、『ニューヨーク・タイムズ』は「国益」という言葉に大変神経質になりました。政府にとって何か不都合なことを報道しようとすると、必ず政府は「そんな報道は国益に反する」と言ってくる。しかし、だからこそ、その報道が本当に国益に反するかどうかは、我々が考えなければいけない、と考えるようになったのです。ピッグス湾事件の経験があったから、ベトナム戦争の発端となったトンキン湾事件に関する極秘報告書、ペンタゴン・ペーパーズ(注)を入手したときも、国益に反するから掲載をやめろと言われたけれど、それをはねつけて報道しています。

 

(注)一九七一年、ベトナム戦争開戦のきっかけになったトンキン湾事件についてのアメリカ政府の秘密報告書。これを入手した『ニューヨーク・タイムズ』が内容を報道したことも大きな注目を浴び、アメリカ政府は掲載差し止め請求を起こしたが、連邦最高裁はこれを却下。ほとんどのアメリカのマスコミは『ニューヨーク・タイムズ』を支持した

 

メディアは国益を意識し始めたらおしまいなのです。事実を伝えることがメディアの役割です。「国益に反する」というのは、そのときの政府が何かやろうとしていることが、うまくいかなくなることです。

 

政府は自分がやることに支障が出れば、「国益に反する」と言うに決まっている。客観的に見て、本当に国益に反することもあったりしますが、そうではない場合がほとんどです。それは、後にならないとわからなかったりする。メディアは「国益に反するから、その報道はやめろ」と言われたときに、「そうだよね。それでは口をつぐみましょう」と従うのではなく、事実を伝えるということは、長い目で見れば、結果的に国益に資するということを肝に銘じなければいけません。噓を言ったり、知り得たことを隠したりしてはいけないということです。それがジャーナリズムのあり方です。「国益に反する」という言葉を安易に使うことは危険なことだと、私は思います。

 

 

日本のメディアの転換点

 

 日本のメディアの歴史において大きなメルクマールの一つは、一九七一年の沖縄密約問題(注1)です。同じ年にアメリカではウォーターゲート事件(注1)があり、前年にはペンタゴン・ペーパーズのスクープがありました。いわばメディアが政権の不正行為を暴いて勝利した。

 

(注1)一九七二年、戦後長らくアメリカの統治が続いていた沖縄が日本に復帰になったが、実は沖縄返還にはニクソン政権と佐藤栄作内閣の間に密約が交わされていた。アメリカが支払うべき沖縄現状復帰費用四百万ドルを日本が負担、さらに有事に際しアメリカ軍が沖縄の基地に核兵器を配備すること等が含まれていた。「沖縄返還密約」とも。

 

(注2)一九七二年、アメリカのワシントンにあるウォーターゲートビル内の民主党全国委員会本部に盗聴器が仕掛けられようとした事件。実行犯の背後には共和党政府高官、そしてニクソン大統領の関与まで疑われる大事件に発展。ニクソンの圧力に司法・マスコミが抗し、ついに現職大統領の辞任に繫がる。この事件を追及した『ワシントン・ポスト』の取り組みは国際的に有名になり「大統領の陰謀」として映画化もされた。

 

ところが日本では、沖縄密約文書を入手した西山太吉さんは被告人になって有罪判決を受け、記事を掲載した毎日新聞は国民に謝罪した。有罪判決の理由は情報を漏洩したということですが、自民党のスタンスは「密約などありません」なのだから、存在しないはずの密約の情報を漏洩した容疑で有罪になっている。子どもが考えてもおかしな判決です。そしてつい最近まで歴代の自民党政権は、密約はなかったと言い続けていました。民主党政権になってやっと密約があったことが認定された。アメリカの公文書館では、日本政府から口止めされたという資料まで展示されているのに、自民党政権は密約はないと言い続

けた。国民を騙し続けたわけです。

 

アメリカでは、ペンタゴン・ペーパーズやウォーターゲート事件を報道したニール・シーハンやボブ・ウッドワードは国民的英雄です。一方で西山さんは有罪判決で記者を辞めています。まったく同じ時期に起きたことですが、その結果には明らかに大きな違いがある。

 

池上 当時、毎日新聞の記者だった西山さんが、入手した情報を社会党議員(当時)の横路孝弘さんに渡して、国会で追及させたことは残念でした。でなかったら、違った展開になったかもしれない。彼は毎日新聞に小さく書いているけど、本来は毎日新聞の一面トップで展開するべき話です。

 

 その問題は確かにあります。さらに、ニュースソースである女性事務官を守らなかったことも間違いです。そうした要素は確かにあったけれど、自民党政府が国民に対する不信行為をおこなったことは事実なのに、なぜメディアは追及しきれなかったのか。日米の差異の最大の要因は、国民の意識の違いです。アメリカでは、国民が『ニューヨーク・タイムズ』や『ワシントン・ポスト』を応援した。政府の不正を暴くべきと世論が高まった。ところが日本では、「情報漏洩」に関わったとされた西山さんと外務省女性事務官の不倫問題にみんなが関心を向けた。

 

池上 ペンタゴン・ペーパーズの場合は、まず『ニューヨーク・タイムズ』が書いて、裁判所に差し止めされたら、すぐ『ワシントン・ポスト』が追っかけて報道する。今度は『ワシントン・ポスト』も差し止めをする。マスコミが次々に声を上げた。あれは凄かったですね。

 

 アメリカのメディアは、思想信条が違っても、公権力に対して闘うときには連帯する。だってメディアの最大の任務は権力監視ですから。でも日本では、昨年の朝日バッシングが典型だけど、連帯どころか足を引っ張り合う。

 

池上 アメリカでは新聞社どうしライバルだけど、ちゃんと互いをジャーナリズムとして認めている。今、日本で見られるような他紙に対する批判のように、『ワシントン・ポスト』が『ニューヨーク・タイムズ』を批判するようなことはしません。

 

森 これもまた、日本ではジャーナリズムよりも企業の論理が前面に出てきている証左の一つだと思います。要するにジャーナリズムの原理よりも競争原理なのです。

 

■ 本記事は『池上彰・森達也のこれだけは知っておきたいマスコミの大問題』から一部転載したものです。

 

 

池上彰・森達也のこれだけは知っておきたいマスコミの大問題

池上彰・森達也のこれだけは知っておきたいマスコミの大問題書籍

作者池上彰・森達也

発行現代書館

発売日2015年9月25日

カテゴリー単行本(ソフトカバー)

ページ数232

ISBN4768457622

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