あなたは電子書籍にどのような「夢」を抱くか  

米Amazon.comが7月19日に、「電子書籍の販売数がハードカバーの販売数を上回った」と発表した。電子書籍の普及について考えるために、非常に参考になるニュースである。

 

 

試行錯誤状態のつづく、電子書籍のビジネススキーム

 

以前、メールマガジン「αシノドス」に、「“電子書籍神話”に気をつけろ!」と題したコラムを寄稿した。そこでは、電子書籍化は望ましいことだが、「出版社が不要になる」といったいくつかの論調は、実態に反し現実的ではない、と指摘した。というのも、電子書籍が「出版事業」である以上、企画や宣伝、その他数多くの実務の面で、著者以外の第三者が担った方が優位なタスクが多くあるからだ。

 

とはいえ、電子書籍そのものは将来性のある市場であることは間違いない。いまだ「決め手」となるプラットフォームやビジネススキームは登場していないものの、水面下ではあちこちで「新規電子書籍ビジネス」の動きを耳にする。競争と研鑽を重ねることで、著者、読者、企業にとって、それぞれメリットのあるビジネススキームへと少しでも早く洗練されていくことが望まれる。

 

大手出版社がある時期まで、電子書籍化の流れに「抵抗」してみせていたことは、日本の電子書籍市場にとってのモラトリアム期間を延長したという点から、決して好意的には語られない。だが、そのことがかえって、新興企業にビジネスチャンスをもたらしてもいるのは皮肉なことで、良くも悪くも「先の読めない状態=業界体制のシャッフル可能性の高い状態」になっているようだ。

 

2010年7月は、絶版した書籍を電子書籍化するサービス「絶版堂」(http://zeppan.org/)のプレオープンサイトが話題になっていた。名の知られていない新規企業で、刊行予定のラインナップやターゲティングしている分野さえ明らかになっていないにもかかわらず(「絶版された書籍」もピンキリだし)、「これはすごい」「期待」といった言葉が多くつけられていた。

 

ぼく自身、「絶版堂」については、やや距離をとってみている。というのも、著者の許諾を得るとはいえ、既存の出版物をPDF化するというのであれば、デザイン、校正、レイアウト、編集作業など、他社出版社の仕事にフリーライドすることになるわけで、具体的な訴訟リスクを抱え込む可能性があるからだ(仮にそうしたリスクを抱えないなら、とても残念なラインナップになってしまうだろう)。

 

また、仮にそれがまったく問題なかった場合(!)でさえ、「絶版堂」には茨の道だろう。いち著者として、同企業の優位性がどこにあるのかがよくわからず、同じ仕方のビジネスを他企業が始めたときに、どのように「競争」するのだろうかという疑問があるからだ。

 

ともあれ、「絶版堂」のやろうとしている「実験」が、今後どのような展開をみせるかは、それが成功であれ失敗であれ、電子書籍ビジネスについての興味深いケーススタディになりそうだ。

 

 

絶版書籍を電子化することのメリットと障害

 

「絶版堂」への反応に見て取れるように、絶版書籍が電子化される事自体は、多くのひとが待ち望んでいる。電子書籍の大きなメリットのひとつとして、「欠品、絶版、在庫切れ」などの問題がほとんどなくなることだからだ。そのため、すでに絶版となってしまっている名著の復刻が、電子書籍で求められるのは必然的だろう。

 

ただし、絶版書籍の電子化には、いくつかの壁が存在すると思われる。列挙してみよう。

 

ひとつめ。損益分岐点の問題。いくら“読書通”を自称するひとたちのあいだで「名著」と評価されている書籍であっても、絶版となったからには「売れつづけなかった商品」である場合が多い。とすれば、電子書籍化されても数百DL程度しかされないという見込みがある。

 

書籍を電子化するためには、著者と交渉する作業、契約を結ぶ作業、電子化する作業、データを校正する作業、プラットフォームに陳列する作業、宣伝する作業などなど、じつに数多くの工程が発生する。これらにはひとも時間もお金もかかる。「ネットだと安くつく」という神話はいまだに根強いが、復刊電子化ビジネスとしてサステナビリティを確保するのは決して容易ではない。

 

だから、たとえば「余裕はないがやる気はある小さな会社」がそれを電子書籍化しても、赤字になる可能性が高い。そのため、著作権切れ図書として、国会図書館など公共機関が電子化するまで眠りっぱなしの書籍も多く出てきそうだが、どうか。

 

ふたつめ。インセンティブの問題。電子書籍化されたデータを、特定のプラットフォームでしか販売しない、という固定的な契約を望む著者はほとんどいないだろう。著者としては、複数のサイトで同じデータを販売したがる。「余裕はないがやる気はある小さな会社」が赤字覚悟で電子化したとしても、その会社とだけ独占契約を結びたいとは思わない。

 

また、ユーザーにとっても、小さなプラットフォームで買うよりも、すでにクレジットカード情報などを登録済みの馴染みサイトで購入するほうが楽だろう。となると、「余裕はないがやる気はある小さな会社」に、お金が落ちる仕組みを考えることがなかなか難しそうだ。

 

電子化・登録代行企業などが登場してきたとしても、「売れないけど名著」については敬遠されてしまうだろう。「電子書籍化は進んだが、売れ筋のビジネス書ばかりで名著がない」と“読書通”の方がくだをまくような状況がつづいてしまうのではないか。業を煮やしたユーザーたちが、「自炊」したファイルを無料共有・無断販売するという事態も起こりそうだが。

 

三つめ。権利と手間の問題。電子書籍にするためには、著者の許諾を得て、それをデータ化しなくてはならない。絶版の書籍を電子化するといっても、そのほとんどはパソコンもなかった時代の書籍。検索などの操作が可能な文字情報として登録するためには、入力や校正などの作業が発生する。

 

それが困難となると、まず現実的なのはPDF化だが、他社がPDF化するとすれば「絶版堂」と同じリスクを抱えることになる。結局は、既存出版社が電子書籍市場に参入しなければ、どうにもならないコンテンツが圧倒的に多いというのではないか。

 

多くの企業が、絶版図書の電子化をいますぐやらないのは、たんに「頭が固いから」とか「アイデアがない」とか「既得権益にしがみついているから」だけではない。膨大なラインナップを揃えることのできる、ロングテールを実現できる一部の企業を除けば、「やりたいけどできない」といった状況でもあるのではないか。

 

「新興企業がバリバリ電子化すればいい」「既存企業はそのために“権利”を主張するのをやめろ」といった叫びも共感できはするものの、現実的には様々な壁を越えなければならないだろう。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.278 

・山本貴光+吉川浩満「人間とは衝動に流されるものである」
・熊坂元大「培養肉――クリーンミートあるいは現代のプロメテウス的産物」
・伊藤隆太「進化政治学と政治学の科学的発展――社会科学の進化論的パラダイムシフト」
・鈴木公啓「ひとはなぜ装うのか?」
・平井和也「新型コロナウイルスの世界経済への影響」
・石川義正「ミソジニーの「あがない」──現代日本「動物」文学案内(3)」