科学の力でえん罪を晴らせ

はじめに

 

皆さまこんにちは。シノドス編集部です。

今回の収録内容をご紹介いたします。

 

科学的根拠に基づき、えん罪を晴らすべく米国で始まった「イノセンス・プロジェクト」。今回の巻頭インタビューでは、同プロジェクトの立ち上げに携わられた稲葉光行氏に、えん罪が起こる背景、その影響、そして対策の在り方について伺いました。

 

第二稿では、トルコ建国の父ムスタファ・ケマル・アタテュルクを取り上げます。彼の西洋化=近代化思想により近代国家として成立したトルコ。その政治は、このアタテュルク主義を軸にして動いてきました。今井宏平氏が解説します。

 

つづいては、シリーズ「知の巨人たち」です。今回は、言語哲学者のヴィドゲンシュタインを取り上げます。いくつもの著作を残したヴィドゲンシュタイン。彼の思想を理解するためには、どのようにアプローチしたらよいのか。古田徹也氏が案内してくださいました。

 

最後はおなじみ「学び直しの5冊」です。今回は「中国」をテーマに、梶谷懐氏にご推薦いただきました。

 

巻頭インタビューの冒頭を下記に転載しております。

ぜひご覧ください。

 

 

 

稲葉光行氏インタビュー「科学の力でえん罪を晴らせ」

 

無実にもかかわらず有罪判決を受ける、えん罪。罪なき人の人生を大きく狂わせ、社会の司法への信頼を揺るがす司法の誤りは、なぜ繰り返されるのか。本来司法とは全く他分野の情報科学を研究されていた稲葉光行氏が、科学の力でその誤りを正す取り組みをされている。えん罪が起こる背景とその被害の重大性、科学をもってえん罪事件に取り組む必要性について伺った。(構成/増田穂)

 

 

◇自白重視の裁判がえん罪を生む

 

――えん罪の背景には、多くの場合「自白」があると伺いました。なぜ、えん罪被害者の方々は本来やっていない犯行を自分の犯行と認めてしまうのでしょうか。

 

海外でも無実の人が嘘の自白をした事例が報告されており、心理学の重要な研究テーマになっています。このため海外では、嘘の自白を防ぐために、被疑者に対して、黙秘権の通知や、取調べで弁護士の同席を求める権利の通知などが行われています。それに比べると日本の司法は、嘘の自白を防ぐという意味では根深い問題があります。

 

日本の裁判は伝統的に、供述調書を重視する「調書裁判」だと言われてきました。そして23日間という、世界的に見ても長期の勾留による取調べで、詳細な供述調書が作成されてきました。その背景には、犯行の手順や動機などの情報が詳細に書かれた調書があることで、しっかりとした司法判断が可能になるという考え方があります。

 

しかし、長期の取調べで心理的に追い詰められた被疑者は嘘の自白をする危険性があります。また被疑者が、警察の管理下にある留置場、いわゆる代用監獄に拘禁され、過酷な状況での取調べから逃れるために嘘の自白をする可能性も指摘されています。さらに日本では、取調べに弁護士の立ち会いが保証されず、被疑者が長期間孤独な状態に置かれることが嘘の自白を生み出す原因にもなると言われてきました。こうした状況から日本では虚偽の自白が生まれやすいといわれてきました。

 

このような制度の問題以外に、取調べ官の正義感に基づく「謝罪追求型」の取調べが嘘の自白を生み出すという指摘もあります。鹿児島で起きた、いわゆる「踏み字事件」(注1)では、親族の名前と言葉が書かれた紙を無理やり踏ませることで、無実の被疑者を「反省」させようとしました。つまり取調べ官が、被疑者を有罪だと信じ、自白と反省をさせることが自分の使命だと考える姿勢が、無実の人に嘘の自白を強要することにつながる可能性もあります。

 

さらに、「自白は証拠の王」という言葉があるように、自白は裁判で重要な証拠と見なされます。調書が重視される裁判では、自白の記載があるかどうかが重要な判断材料になるので、取調べでも自白を引き出すことが重視されます。結果として、自白を強要するような厳しい取り調べになり、さらに被疑者が精神的に追い込まれ、自白に至るという可能性があります。

 

裁判員裁判が始まり、取調べの録音録画(可視化)が行われた現在でも、自白をしている映像が重要な証拠とされます。例えば、ある裁判員裁判で、犯行を裏付ける客観的な証拠がほとんど無いと言われる中で、本人の自白が「任意性が認められる」として有罪判決が出された例もあります。

 

つまり日本では、取調べの諸制度、取調官の正義感、さらに自白を重視する裁判という3つの組み合わせが、嘘の自白を生み出す大きな装置として機能してしまっている可能性があるのではないでしょうか。

 

 

――仮に容疑者からの自白があっても、その自白の信憑性は任意性や整合性などで確認がとられているはずですよね。なぜその時点で、嘘の自白だとわからないのでしょうか。

 

私自身も司法の問題に関わるまで、すべての捜査や裁判において、自白の任意性や客観的事実との整合性がかなり厳密にチェックされるのだろうと思っていました。しかし実際は、思っていた以上にそのようなチェックが難しいということを知りました。その理由は、先に述べたような、調書重視の司法、取調官の正義感、そして自白を重視する裁判の組み合わせにあると思っています。

 

調書は、被疑者自身が語った内容がほぼそのまま記録されたものだと思われがちですが、実は必ずしもそうではありません。犯行の理由、犯行手順、反省の言葉といったポイントを含むようにまとめられた、一種の「作文」といった位置づけにあります。

 

私は、無実の人が選挙違反の罪に問われた志布志事件の元被告人の方から、取調べで、買収の現場にいた人間しか言えないような供述をするよう、強制・誘導されたと伺いました。別の方は、調書を読んで聞かされ、「自分が言ったことと違う」と指摘したところ、取調官から「調書は私達が作るもので、違う点があるのは当然だ」と言われたと語っていました。そしてその方は、「取調べとはそういうものなのだろう」と思い、署名・捺印をしたということです。

 

こうしたやりとりを経て、一見「整合性」のある調書が作られます。そこに被疑者の署名・捺印がされていると、裁判官・裁判員には、被疑者が「任意性」に基づいて自白し、客観的な事実との「整合性」もあるので、「信憑性」があると見えてしまいます。

 

 

――調書にはかなりの面で取調官の意図が反映されてしまう危険性があるということですね。

 

残念ながらそういうことになります。このような問題を避けるため、近年取調べの録音・録画(可視化)が始まりました。しかし、可視化が一部の事件に限られること、任意段階の取調べは可視化の対象にならないこと、自白した部分だけが判断材料として使われることがあるなど、さまざまな問題が指摘されています。また、任意段階も含めた全面可視化がなければ、録音・録画の使用は逆にえん罪を生む原因になりうるという意見もあります。

 

本当に罪を犯したとしたら、犯行の理由や犯行手順が明らかにされ、謝罪の言葉もあるべきだとは思います。しかし無実の人に対する取調べから一見整合性のある調書が作られたり、厳しい取調べから嘘の自白が出てしまう可能性を考えれば、自白があるからといって有罪の判断をすることには大きな疑問を感じます。

 

任意の取調べ段階も含めて取調べの全過程が可視化され、被疑者本人が取調べの最初から最後までどのようなことを語ったかが明らかにされ、語られた内容と証拠との間に本当に合理的な疑いがないかどうかを、科学的な視点からきっちりと判断することが必要だと考えます。

 

 

◇被害者の人生を狂わせ、司法の信頼を落とすえん罪

 

――えん罪は、どういった点で問題があるのでしょうか。

 

無実の罪で人を罰することになるという点は言うまでもありませんが、それだけでなくえん罪事件は、無実の人の人生を大きく変えてしまいます。例えば50年前に茨城県で起きたいわゆる布川事件(注2)では、逮捕された方の無罪が再審で確定するまで、実に40年以上かかりました。また、一旦死刑が確定した後、20年余りの年月を経て無罪が確定した事件が複数あります。

 

無実の人々が選挙違反の罪を問われた志布志事件では、同じ地域から13人が起訴されました。その中には、取調べの厳しさに耐えられず自殺未遂をした方、連日の取調べで体調を崩し、無罪判決が出る前に亡くなった方もおられました。罪を犯したという疑いをかけられただけで、家族、親戚、さらには地域の人間関係が、完全には元にもどせないほど破壊されてしまったと聞いています。このように、えん罪事件が発生すると、罪に問われた人の人生だけでなく、家族や地域の関係が破壊されます。

 

そしてえん罪は、えん罪被害者や司法関係者だけの問題ではありません。裁判員裁判が始まり、市民が司法判断に関わるようになりました。客観的な証拠が適切に扱われ、それらに対する公正な判断が行われなければ、市民の誰もがえん罪を作り出してしまう可能性があるのです。もし裁判に偏った証拠しか提出されず、市民が有罪判決を下し、後からそれが実はえん罪であったと判明した場合は、元裁判員の方は大変な罪の意識をもったまま人生を送ることになります。

 

さらに、日本では議論されることが少ないのですが、えん罪事件が発生したということは、事件や犯罪自体が無い場合を除けば、「真犯人を捕まえることができなかった」ということを意味します。それによって、司法制度に対する国民の信頼がゆらぐ可能性や、真犯人が逮捕されていないということで、大きな社会不安につながる可能性もあります。従って、えん罪を起こすこと自体が社会にとって非常に深刻な問題だと考えられるべきです。

 

米国のイノセンス・プロジェクトでは、DNA鑑定などの科学的手法を駆使した活動によって、350件を超えるえん罪が明らかにされました。同プロジェクトでは、これにより、死刑判決を受けた20名の刑執行を止められたこと、また150名以上の真犯人逮捕に繋がったことを強調しています。

 

言い換えれば、司法において科学的手法を駆使してえん罪を防ぐ取り組みが、間違った死刑執行を防ぎ、真犯人を捕まえることにもつながるということなのです。えん罪を防ぎ、えん罪を再検証するという取り組みは、日本では主に弁護側を支援する活動と誤解されることが多いですが、実は日本の社会全体に安心を与えるための、司法界あるいは社会全体としての重要な責務であるという考えが広がるべきだと考えます。……つづきはα-Synodos vol.239で!

 

 

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2018.3.1 vol.239 特集:罪なき人を罰せぬために

 

1.稲葉光行氏インタビュー「科学の力でえん罪を晴らせ」

2.今井宏平「アタテュルク主義をめぐるトルコ政治の攻防」

3.【知の巨人たち】古田徹也「ウィトゲンシュタイン」

4.梶谷懐「学び直しの5冊<中国>」

 

知のネットワーク – S Y N O D O S –

 

 

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1
 
 
シノドス国際社会動向研究所

vol.256 

・熊坂元大「「道徳教育」はこうすれば良くなる」
・穂鷹知美「終の住処としての外国――スイスの老人ホームにおける 「地中海クラブ」の試み」
・徳山豪「アルゴリズムが社会を動かす」
・鈴木崇弘「自民党シンクタンク史(1)――シンクタンク創設への思いとその戦い」