人はなぜ旅にでるのか――バックパッカーたちの複雑な軌跡

はじめに

 

皆さまこんにちは。シノドス編集部です。

今回の特集は「外の世界を覗いてみる」です。

 

巻頭特集インタビューはバックパックを人類学的に分析されている大野哲也氏に話を伺いました。自由に世界中を放浪するバックパッカーたちは、どのような思いで旅に出ているのでしょうか。彼らの話を丁寧に聞いていくと、「自由」なイメージとは裏腹な、現代社会との葛藤が見えてきます。

 

第二稿は、共同通信社で調査報道を担当されている澤康臣氏に「調査報道」をテーマにご解説いただきました。「なにかがおかしいのではないか」という疑問を出発点に、記者が独自に真相を掘り下げる調査報道。その重要性や困難などを、国内外の例をもとに描きだします。

 

つづいては、フランスのポピュリズムに切り込みます。昨年の大統領選挙で注目を集めたマリーヌ・ル・ペン氏と、彼女の率いるFN(国民戦線)。「マリーヌ現象」はいかにして起きたのか。その背景を、FN設立までさかのぼり畑山敏夫氏が分析します。

 

そして、遠藤まめたさんによる「今月のポジだし!」。お題は「トランスアライ」、トランスジェンダーにとってのアライになる方法です。トランスたちの「葛藤の歴史」をトイレ事情を例に紐解きながら、トランスアライになるための6つのステップをご提案いただきました。

 

最後は、齋藤直子さん(イラスト)、岸政彦さん(文)による人気連載「Yeah! めっちゃ平日」です。

 

以下に、巻頭インタビューの冒頭を転載しております。

ぜひ、ご覧ください。

 

 

大野哲也氏インタビュー「人はなぜ旅にでるのか――バックパッカーたちの複雑な軌跡」

 

低予算で世界を自由気ままに放浪するバックパッカーたち。彼らは、何を求めて旅をするのだろうか。旅の動機や行程を注意深く見てみると、そこには「自分らしさ」と「社会的価値観」のなかで葛藤を繰り返す旅人たちの複雑な軌跡が見えてくる。バックパッキングを人類学視点から読み解く『旅を生きる人びと――バックパッカーの人類学』。今回は著者の大野哲也氏にお話を伺った。(聞き手・構成/増田穂)

◇「自分探し」としてのバックパッキング

 

――バックパッカーとは、どのような旅をしているのですか?

 

バックパッカーとは、もともとの定義では「放浪をしている旅人」という意味でした。予定を立てず、明確な目的もなく、大金を所持しているわけでもなく、自由気ままに放浪する人々。それが本来のバックパッカーです。

 

しかし、こうしたバックパッカーのイメージは、1960年代のヒッピーブームを経て変化していきます。特に日本では、1970年代、80年代のバブル経済で多くの若者が海外に流出するようになりました。その影響でバックパックが徐々に体系化され、システム化が起こります。結果として、それまでの「型にはまらずに放浪する」という要素は薄まっていきました。

 

 

――バックパックのシステム化と言いますと?

 

バックパッキングが注目されるに従い、専用のガイドブックが出たり、バックパッカー同士の情報交換が盛んに行われるようになります。そうすると、バックパッカーたちが同じバスに乗り、同じルートを行き、同じ宿に泊まるといったことが起こりました。本来、自由に旅をすることを目的としていたバックパッキングですが、みんなが同じような行動をとるようになったのです。

 

それゆえ、現代ではバックパッカーの定義はとても難しくなっています。以前は低予算で、時に危険をはらむ行き当たりばったりの旅をするのがバックパッカーだったのですが、最近のバックパッカーはそれなりにお金も持っていますし、危険をおかすことも少なくなっていて、快適な宿に泊まる人も増えています。今は、昔のバックパッカーから見たら快適型ともいえる旅をするバックパッカーが主流です。

 

 

――大野さんはバックパッカーには4つのタイプがあると分析しています。どのようなタイプなのですか。

 

一つ目は移動型といいます。可能な限りいろいろな場所に行くことを目標としていて、行った国の数を自慢するようなタイプです。二つ目は沈潜型です。沈潜型は見知らぬ町に行き、そこであたかもその町の住人のようにどっぷりとその地の生活に浸りながら、滞在先の町をディープに味わうタイプです。その地の文化に深く身を沈めるのが特徴で、数週間から数か月程度の滞在を繰り返すことが多いですね。

 

三つ目が、移住型。これはバックパッキングを終えたあと、日本には戻らず自分が気に入った地に移住する人々です。とはいえ完全に移住するわけではなく、社会保障などは日本に登録したまま、必要に応じて日本に帰り、両国のいいところを満喫しようとするのが特徴です。そして最後が生活型のバックパッカーです。彼らは旅が日常生活になっており、死ぬまで旅を続けようとします。バックパッカーの多くは放浪を終えると日本に帰る、もしくは移住型のようにどこかに拠点を決めて生活するのが一般的です。しかし、生活型は一か所に居を構えることを拒否し、その時の状況により移動を続けます。

 

 

――4種類のバックパッカーたち、旅をはじめる動機は異なるのでしょうか。

 

まずは移動型としてバックパッキングをはじめ、徐々に段階を上げていくことが多いので、はじめた動機にはある程度の類似性があると思います。ただ、本人と社会とのかかわり方によって、どの段階でバックパックをやめるのか、その後どのような生活をするのかに差が出てきているといえるでしょう。

 

 

――具体的に最初の移動型のバックパッカーたちの旅の動機にはどのようなものがあるのですか。

 

私がインタビューをしていた2000年の初めから2010年ごろにかけては、特に仕事に悩んでという人が多かったです。就職したけれどもうまくいかず、自分のやっていることが果たして本当に目指していた方向なのか葛藤し、行き詰まりを感じている人などです。こうした人々が、仕事を辞めて、働いてためたわずかなお金を握りしめ、海外に飛び出る。あるいは大学の夏休みの2か月間を利用して東南アジアを回るという、短期間型のバックパッカーも多くいました。

 

 

――なるほど。だから、バックパッキングには「自分探し」の要素が入ってくるのですね。

 

ええ。バックパッキングには、アイデンティティの再構築を促す側面があり、特に初期のバックパッカーたちは潜在的にそれを求めているといえるでしょう。

 

アイデンティティとは、「私は誰なのか」という自分自身に対する問いに、自分自身が答えることです。アイデンティティを実感するには他者が必要です。自分と違う存在と対峙することで、初めて人はその相手と自分を比較しながら、自分のあり方や生き方が正しいのか、自問自答ができるのです。

 

旅に出て異文化の中に飛び込んでいくと、自分とは大きな違いを持つ人々と出会います。まったく異なる言語を使い、まったく異なることを考え、まったく異なる生活習慣のなかで生きている人々です。そのギャップを通じて、自分を実感することになる。

 

たとえば、インドに行けばみな手でご飯を食べています。箸で食べることが習慣づいている私が初めてそこに行くと、大きな違和感を持ちます。「どうして彼らは箸を使わないのだろう」「どうして手で食べるのだろう」と疑問がわいてくる。すると、それが自分に返ってくるのです。「どうして自分は箸で食べるのだろう」「どうして手で食べないのだろう」。そして、その問いに自分なりに答えを見つけようとする。その繰り返しで、私は「私」という存在を知っていくのです。

 

 

――移住型や生活型の方々はそのあたりのアイデンティティの揺らぎはあるのでしょうか。

 

生活型の人々は、非常にディープな人たちです。彼らと比較すると移動型のバックパッカーは入門者的な人が多く、移動型が生活型に移行するまでには、相当長いプロセスが必要です。私はフィールドワークでどちらの人々からも話を聞いていますが、生活型の人たちから話を聞くと、本当にいろいろな経験や自分に対する試行錯誤を経てその境地に達しているのだと強く実感しました。その点で、アイデンティティの揺らぎは移動型のバックパッカーよりは少ない。旅を通して見つけた自己表現=アイデンティティとして、生活型を選択したともいえるかもしれません。

 

 

◇リスク経験がステータスにつながる

 

――バックパックの旅では、リスクを負うことへの欲求があるとのことでしたが、本来リスクは避けたいものだと思います。なぜバックパッカーたちはリスクを求めるのでしょうか。

 

先ほど指摘したように、現在の移動型の旅は完全にシステム化しています。つまり、ルートや移動方法が確定している。彼らはその確定したルートの上書きを続けているのです。そうなると、本当の意味で危険なことは何一つありません。旅自体は個人でしていますが、個人個人がみんなで同じバスに乗り、次の町までいって、同じ宿に滞在する。個人旅行か集団旅行かわからないほどです。そのルートは安全が確保されています。

 

ところが彼らは日本を出る時、放浪を目指していました。放浪にはある程度のリスクが伴います。彼らはそれに対する憧れもあるわけです。もしリスクを伴わない旅を望むのであれば、ツアーに参加すればいいのです。わざわざバックパッキングを選択する背景には「放浪」を望む、つまりそれが内包するリスクを望む理由があるのです。

 

たとえば野宿をする、現地でぼられる、ヒッチハイクをするなどの小さなリスクテークから始まります。そして小さなリスクテークを繰り返すうちに、より大きなリスクを徐々に求めるようになる。なぜなら経験したリスクの大きさはバックパッカーコミュニティのなかで自慢話になるからです。

 

みんなで同じ宿に泊まり、旅のエピソードを語りあったとき、乗り越えたリスクが大きいほど、「あいつすごいな」と羨望のまなざしでみられることになります。言い換えれば、リスクをおかしているほど、バックパッカーとしての格が上がるのです。バックパッカー内のヒエラルキーで上にあがるため、一つリスクを乗り越えるたびに、より大きなリスクに引き寄せられていくことになります。……つづきはα-Synodos vol.242+243で!

 

 

2018.4.20 vol.242+243 特集:外の世界を覗いてみる

 

1.大野哲也氏インタビュー「人はなぜ旅にでるのか――バックパッカーたちの複雑な軌跡」

2.【調査報道Q&A】澤康臣(解説)「社会の不正を人々に伝える――調査報道はなぜ重要なのか」

3.畑山敏夫「フランスの「ポピュリズム現象」を理解するために――マリーヌ・ルペンの成功を解読する」

4.【今月のポジだし!】遠藤まめた「こうすれば「トランスアライ」はもっと良くなる」

5.齋藤直子(絵)×岸政彦(文)「Yeah! めっちゃ平日第十三回「ぴきゅいーん」」

 

知のネットワーク – S Y N O D O S –

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.254 公共性と社会

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