情報がアテンションを消費する

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情報流通市場の流儀

 

このような情報流通市場は、Trumpでなくても、社会的・政治的なアクターにこの市場での流儀に従う強いインセンティブを与える。それは例えば、2017年1月20日のTrumpの大統領就任式にどれだけの観衆が集まったかに関する、Sean Michael Spicer元ホワイトハウス報道官の一連の発言のようなものだ。彼は、就任式の翌日に「就任式には史上最大の観衆が集まった」と声明を発した。しかし、まばらな観衆が映った証拠写真が提示されると、23日には声明が虚偽だとの批判を否定して、こう主張したのだ。「私たちは事実に反対することがある」。彼によれば、声明は「オルタナティブ・ファクト(alternative facts)」に関するものであったという。このようなあからさまな、そして直ぐに真偽が知れることでさえ、人びとのアテンションを分割させる。

 

 

https://www.bbc.com/japanese/38709628より抜粋

 

 

このことは、Soroush Vosoughiらによる研究からも確認できる。それによれば、虚偽情報、とりわけ政治的トピックに関する虚偽情報は、あらゆる種類の情報において、真実よりもはるかに著しく、速く、より深く、広く拡散しており、そして、その大半は人の手によって為されている(Vosoughi et al. 2018)。

 

「オルタナティブ・ファクト」が幼稚なものではなく、部分的に真実を含むものであれば、その効果はさらに絶大なものになる。それが虚偽だという告発は、部分的な真実を見つけた人びとの反論にあうからだ。人びとが真偽について議論を戦わせるほど、そのオルタナティブ・ファクトは、部屋のすべて酸素を吸い上げることになる。

 

「オルタナティブ・ファクト」の提示がさらに巧妙になる時には、William Jamesによるアテンションに関する考察が悪用される。つまり、あることに注目すると、別のことが視界から外れるというアテンションの特性だ。物事の一側面だけに注目が集まれば、それは虚偽ではないにしても、物事の別の側面や物事の全体像が犠牲になる。そのことに気付いた人からすれば、物事の一側面だけにフォーカスする情報は、物事に対する判断を誤らせる場合があるという点で、虚偽情報と大差のないものになる。しかし、これに対する告発も、別の側面をフォーカスした人びとの反論に合うことになり、そうこうする内に、部屋の酸素はすべて枯渇してしまうのである。

 

 

One-sided news diets may result in distorted ideas of reality.

Hendricks & Vestergaard(2019:5)からの抜粋

 

 

ファクト・チェックの限界

 

すべてが虚偽なものや部分的に虚偽なもの、そして、フレームが恣意的なもののどれもが厄介なのは、たとえ真実が明白になっても、人びとのアテンションを奪い続ける場合がある、ということである。政治学者のEmily Thorsonが行なった調査は、事実誤認が適切な情報によって直ぐに修正された場合でも、事実誤認によって形作られた態度は、そのまま持続することを明らかにしている。彼女によれば、事実の「訂正は態度に対する誤った情報の影響を排除するものではない」のである(Thorson 2016:iv)。

 

彼女は、事実誤認によって形作られた態度が持続することを「信念エコー(Belief echo)」と呼び、次のことを明らかにしている。すなわち、「オルタナティブ・ファクト」が、ある人の既存の政治的見解を補強する場合(認知的信念エコー)や、ある候補者に対する否定的な評価を与える場合(感情的信念エコー)に、形作られた態度は真実がどうであれ、持続する傾向がある。Emily Thorsonによるこの調査は、ファクト・チェックが、残念ながら、限定的な効果しか持ち得ないことを示しており、事実、米国で行われた別の調査では、米国の有権者の29%しかファクト・チェックを信じていないという結果が示されている。

 

ファクト・チェックが十分に機能しない理由は、「信念エコー」だけではない。社会心理学において、「社会的証明」や「情報カスケード」と呼ばれるものもその一つだ。それによれば、私たちは、自分の判断より周りの多くの人びとの判断を頼る傾向がある。そのため、真偽不明のどのような情報も、流通範囲が広く、より多くのアテンションを集めていれば、信頼に足るものとして受け入れられる可能性が高くなるのである(Hendricks & Hansen 2016)。つまり、アテンションを奪うこと――部屋の酸素をすべて吸い上げる戦略――は、アテンションを集めるほど、さらに威力を増すということだ。

 

 

有機的な分業を取り戻す

 

先にも述べたように、これらのことすべては、情報技術とデジタル化の発展なしには起こり得なかったことである。それらは、アテンションを分割させる様々な戦略の培地となっていることは、疑いの余地がない。アテンションをめぐる情報流通市場の発展と拡大は、共通の基盤として情報流通の外部にあった事実を、情報流通の内部でアテンション・レートによって認定されるものへと変えてしまった。

 

2017年のグローバル・リスク・レポートが警告するように、こうした状況は、民主主義の効率性と正当性を損なう可能性が大いにある。それを回避するには、少なくとも事実をアテンション・レートから切り離す必要がある(Hendricks & Vestergaard 2019: 107)。より正確に言えば、事実そのものと、事実についての政治的意見とを区別する必要がある。

 

後者については、それが公正であるか否か、どのような課題があるかなど、議論に付されるべき点が多くある。しかし、前者についてはそうではない。Sean Michael Spicer元ホワイトハウス報道官の声明「就任式には史上最大の観衆が集まった」は、真偽を争う問題では決してない。事実そのものは、政治家や潜在的なコンテンツ生産者が認定するものではなく、本来、科学やジャーナリズムの理念に照らして議論されるべきものである。

 

これは、科学的な知やジャーナリズムの知だけが、事実そのものを認定できるという信念の表明ではない。科学者であれ、ジャーナリストであれ、他の人びとと同様に分割できるアテンションは限られているのだから、事実そのものを見誤る可能性はつねにある。けれども、この時代にあっても科学者やジャーナリストは、情報流通市場に適応した政治家とは異なり、その仕事の評価をアテンション・レートに負っているわけではない。

 

客観性や中立性、そして説明責任を果たすことは、依然として科学者やジャーナリストの目指すべき理想だ。そうである限り、科学者やジャーナリストによる、事実そのものに関する仕事は、それらが政治的利益や課題と反りの合わないものであっても、一定の敬意が払われる必要がある。少なくとも、彼らの仕事が、事実についての政治的意見の前提となることが必要だ。換言すれば、科学およびジャーナリズムと、政治の間の有機的な分業を再建することが不可欠なのだ。

 

これを具体的にどのように実現していくか。難しい課題であるには違いないが、希望がどこにもない、というわけでもない。冒頭で触れた「メディア定点調査2019」の結果では、「インターネットの情報は、うのみにはできない」と考える人が、東京では8割、東京以外の地域でも7割前後(東京79.3%、大阪71.7%、愛知74.2%、高知67.2%)と多く、また、「情報やコンテンツは無料で手に入るものだけで十分だ」と考える人も、いずれの地域でも年々減少していることが示されている。

 

むしろ反対に、自分にとって重要な価値のある情報は、お金を支払う必要がある。そう考える人が増えているようだ。実際にお金を支払うようになれば、その人たちは販売される「商品」ではなくなり、「顧客」としての身分を取り戻すことになるかもしれない。そうなれば、支払ったものに見合うだけの情報の質を求める動機や、情報に対する説明責任を問う動機も生まれてくるのではないだろうか。

 

こうした変化は、事業収益の基盤をBtoBに置くサービサーにとっても、そう悪い話ではないだろう。個人情報の取り扱いが厳しくなり、また広告モデルが不況の最中、BtoCによる事業収益の可能性が開かれるのだから。科学者やジャーナリストの仕事が、お金を支払うに値すると考えられるようになれば、アテンションだけでなく収益も獲得したいサービサーが、そうした仕事を取り上げる動機も必ず生まれてくるはずだ。

 

こうした見通しはどれも、楽観的に過ぎるかもしれない。しかし、それを現実的なものにするかどうかは、科学者やジャーナリストの堅実な仕事いかんだとも思われる。

 

 

主な参考文献

 

本稿の論点は、下記の先行研究に、とりわけHendricks & Vestergaard(2019)に多くを負っている。

 

・Bryan, D., Lovett, J., & Baumgartner, F., 2014, “The  diversity  of internet media: Utopia or dystopia?” in Midwest Political Science Association. [https://fbaum.unc.edu/papers/MPSA2014-InternetDystopia.pdf]

・De Waal F.B.M., 2008, Putting  the  altruism  back  into altruism: the evolution of empathy, Annu Rev Psychol, 59, pp. 279–300.

・Hendricks, V. F., & Hansen, P. G., 2016, Infostorms: Why do we “like”? Explaining individual behavior on the social net (2nd Rev. and  expanded  edition),  Springer Nature.

・Hendricks,V. F., & M. Vestergaard, 2019, Reality Lost: Markets of Attention, Misinformation and Manipulation, Springer Open.

・Humprecht, E., & Esser, F., 2017, Diversity  in  online  news:  On the  importance  of  ownership  types  and  media  system  types, Journalism Studies, online first, pp. 1–23.

・James, W., 1890, The Principles of Psychology, Chapter XI: Attention, Classics in the History of Psychology, Green, C.D. (ed.) . [http://psychclassics.yorku.ca/James/Principles/prin11.htm]

・Kahneman,  D. , 1973,  Attention  and  effort, Englewood Cliffs, Prentice-Hall Inc.[https://scholar.princeton.edu/sites/default/files/kahneman/files/attention_hi_quality.pdf]

・Maibom, H.L., 2014, Empathy and morality, Oxford University Press.

・Mirello, N., Gilbert, D., & Steers, J., 2018, “Kenyans  Face  a  Fake News Epidemic,” VICE, May 22, 2018. [https://news.vice.com/en_us/article/43bdpm/kenyans-face-a-fake-news-epidemic-they-want-to-know-just-how-much-cambridge-analytica-and-facebook-are-to-blame]

・Simon, H. A., 1971, Designing organizations for an information-rich World. In  M.  Greenberger  (Ed.),  Computers,  communications, and  the  public  interest : pp. 38–52, Baltimore, Johns  Hopkins Press.

・Sternberg, R., & Sternberg, K., 2012, Cognitive psychology  (6th ed.), Belmont, Wadsworth.

・Teixeira, T. S., 2014, The  rising  cost  of  consumer  attention:  Why should you care, and what you can do about it , Harvard Business School Working Paper, 14(055).

・Thorson, E., 2016, Belief echoes: The persistent effects of corrected misinformation. Political Communication, 33: pp. 460–480.

・Vosoughi, S., Roy, D., & Aral, S., 2018, The spread of true and false news online. Science, 359: 1146–1151.

 

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