週刊誌との付き合い方 ―― 放射能の人体への影響を読む

子供たちは、母親たちは何に気をつけたらいいのだろうか

 

女性、特に子を持つ母が一番気にかけているのは、子供に対する放射線の影響だろう。東京でも心配するかたはおられるが、もちろん放射性物質による汚染はあるので注意するに越したことはないものの、福島の放射性物質の飛散が多かった地域に暮らしている人と、東京に住んでいる人とでは心配するべきことが違う。

 

子供への放射線の影響は、大人に対する影響の3~5倍と言われている。特に細胞分裂が盛んな時期はDNAが放射線の影響を受けやすい。もちろん、DNAには自己修復能力があり、多少の傷なら修復されるが、細胞分裂が盛んな時期は修復される前に増殖が起こるため、変異がそのまま残る確率が高くなる。特に、受精後数週間以内の被曝は影響が大きい。『週刊現代』4月9日号には、[「どんな量の被曝でも、安全な被曝など無い」というのは常識です。]という記述がある。

 

たしかに、どんなに少量の被曝も、被曝量に応じて発ガンリスクを上げると考えられているので、その意味ではこの表現も誤りとは言えない。ところが、『週刊現代』には、チェルノブイリ原発の事故に伴いベラルーシ周辺では奇形の子供が増えているという記載が度々登場する。しかし、こちらは発ガンとかなり事情が違い、100mSV以下の被曝量ではほとんど心配ないとされている。これは、福島の方々も同様だ。この発ガンリスクと、次世代への遺伝の可能性を同じと誤解したままの記事が多いのにも問題がある。

 

『週刊現代』の記述を真っ向から否定する記事は『週刊ポスト』5月6日/13日合併号の[福島第一原発「被曝と廃炉」完全大図解]に詳しくまとめられている。国連の機関およびベラルーシ、ロシア、ウクライナの政府が参加した「チェルノブイリ・フォーラム」が2005年の会議で報告したデータからの引用である。それによれば、「胎児の奇形、乳児死亡率と被曝を関連づけるデータはない」のである。「低被曝地域の方が奇形の増加率が高いことから、おそらく被曝とは関係ない別の原因による」と結論づけられている。『週刊現代』等が危険だという話の根拠は、公的な記録や科学的正当性が担保された研究論文には見つけられないのである。

 

『週刊現代』などで頻繁に語られる「放射能を受けると遺伝的障害が起きる」という考えは、動物実験のデータを根拠にしていることが多い。ヒトの場合、深刻な遺伝子損傷があれば、発生段階で流産することが知られており、遺伝子異常のある受精卵の着床拒否をおこなう防御機能は、ヒトの方がマウスよりも強固に働くと言われている。

 

「放射線をあてると後の世代に奇形や障害が現れる」という根拠となった実験のひとつが、ハーマン. J. マラー氏が1927年に発表したショウジョウバエに放射線を照射する実験だと言われる(注:ショウジョウバエにX線照射して人為的に突然変異を誘発できることを発見したこの業績により、マラー氏は1946年のノーベル生理学・医学賞を受賞している)。ところが、『週刊新潮』7月8日号によると、この実験に用いられたショウジョウバエは、DNAに修復機能がない特殊な種だったようである。この時代にはDNAに自己修復能力があることも知られていなかったため気づかれなかったらしい。

 

このような事実を冷静に見ていくと、ヒトの防御機能の巧みさもあり、低線量の被曝で奇形が生まれる可能性はほとんどなく、人口妊娠中絶を選択する必要はないことがわかる。しかし逆に言えば、着床拒否が行われるということは、妊娠初期で流産するということである。これについても、『週刊ポスト』が4月8日号などで述べているが、チェルノブイリ事故の際に、周辺地域で流産率が有為に増加したというデータはないようだ。

 

チェルノブイリ原発の事故の際には、ヨーロッパ、特に、ギリシャなどで人工中絶を選択する妊婦が増えたことが問題になった。今回、福島でも中絶をした方がいると聞き、大変残念に思っている。個人の選択は尊重するが、万が一、その選択をした理由にこれらの煽り系記事があったとすれば由々しき事態であろう。科学的に不正確な情報を引用し、過度に危険を煽る記事を掲載することが、週刊誌同士の対立構造を明確化にして売り上げにつなげるための販売戦略の1つだとすれば、猛省を切に願う。『週刊新潮』4月14日号で松本義久氏が述べているように、まさに[放射能は侮ってはいけないが怖がりすぎてもいけない。注意が必要なことは間違いないが、放射線を過度に怖がることで、大きなものを失うこともある]のだ。

 

重要な選択を強いられる状況では、正確な情報を提供することが重要となる。週刊誌は、「週刊」という時間経過早さによるめまぐるしさに追われることが多いのだろうが、なるべく多くの「専門家」に取材し、しっかりと内容を吟味した上で記事を書いて欲しい。次世代の命にまで関わるような重要な選択が読者の側に委ねられている今だからこそ、「記事の信頼度を高めることが、メディア側の倫理として相応しい」という流れが生まれることに期待する。情報を利用する読者の側も、常に内容を吟味する慎重さを持つ必要がある。

 

隔週刊誌『クロワッサン』が7月10日号で[放射線によって傷ついた遺伝子は、子孫に伝えられていきます]という見出しを表紙に掲載して非難を浴び、数日後の7月1日にHP上で謝罪をしたという事件があった。本文中で柳澤桂子氏が述べているように、放射線による遺伝子への傷は、治りきらなかった分が少しずつ溜まっていくかもしれない。しかしそれによって人類に変異が起こるのは、はるか未来のことと考えられている。宇宙線や紫外線など、DNAを切断したり変異を作ったりする有害な物質はたくさんある。地球上の生物は、そのような変異を積み重ねて現代まで進化して来た。柳澤氏が述べていたのはそういう文脈の話だ。『クロワッサン』の見出しは間違ってはいないが、ミスリーディングであった。

 

福島の子供たちが、自分たちは結婚できるだろうかと悩んでいるという話を時々耳にする。脱原発を押し進めるために、遺伝子変異や奇形のリスクを過剰に煽ることは、大きな差別を生む恐れがあることを忘れてはならない。

 

 

科学リテラシーの重要性

 

福島第一原子力発電所の事故の後、原発は安全だと言い続けてきた科学者の責任を問う声が日に日に大きくなっている。研究者が原発の危険を隠していた、と言われるが、筆者は必ずしも意図して隠していたわけではないのではないかと考えている。隠していたのではなく、考えてこなかっただけではないかと。報道で知れる範囲では、研究者自身も科学の力を過信し、事故は起きないと考えていたのではないか。何かトラブルが起こっても、自分たちの科学技術はそれを解決してくれると信じていたのではないか。科学者が反省しなくてはいけない点だ。科学者は、自らの研究を批判的に見られる社会リテラシーを身につける必要がある。不確実な科学をどう伝えるのかは、今後の課題となるだろう。

 

一方の社会の側も、これまで科学と縁のなかった一般市民がガイガーカウンターを持たなくてはいけないような状況になるとは予想してこなかった。科学は万能ではない。不確実な科学こそ、科学の大部分を占めているのだ。

 

同じように、週刊誌に書かれていることが必ずしも正しいとは限らない。情報がインターネットを通じて簡単に集められるようにもなった。現代の時代を生き抜くためには、こういった情報リテラシーを身につけておくことは必須である。出されたデータを読んだり、情報の真偽を確かめたりすることまではできなくても、情報の裏付けがあるのか、他の情報と比較して正しいのか正しくないのかをある程度判断することはできるだろう。

 

専門家の所属/肩書きの「もっともらしさ」にだけ騙されないようにすることも必要である。例えば、ICRP(国際放射線防護委員会)に対立する組織であるECRR(欧州放射線リスク委員会)は、EU議会や国際連合、政府組織とは全く関係ない市民団体である。だからECRRの勧告など無視すれば良いと言いたいわけではない。ただ、国際組織と反原発の市民団体とでは主張が大きく違うのは仕方がない。そういった背景の理解なくして、コメントの信憑性は判断できない。過剰に危険を煽ろうとする人が根拠とする論文や報告には、科学的には全く認められないデータを採用しているものもある。ひとつの情報源だけに頼っていると、偏った報道がされていることに気がつかない恐れもある。

 

さらには、複数の情報源を比較する中でクズ石を掴まされないようにするために、最低限の科学リテラシーも身につけて欲しいと思う。読者個人にその理解をせよというのはハードルが高いが、少なくとも記事を掲載する側は充分にそれを理解した上での情報提供を行っていただきたい。

 

 

 

1 2 3
シノドス国際社会動向研究所

vol.269 

・外山文子「タイは民主化するのか?」
・中西啓喜「データサイエンスは教育を「良い方向」に導くのか?――学級規模の縮小を例として」
・笠木雅史「実験哲学と哲学の関係」
・穂鷹知美「求む、国外からの介護福祉士――ベトナムからの人材獲得にかけるドイツの夢と現実」
・久木田水生「ロボットと人間の関係を考えるための読書案内」
・吉野裕介「【知の巨人たち】ハイエク」
・内田真生「ヒュッゲ(Hygge)とは何か?――デンマークが幸せの国と言われる理由」