「自由」と「不自由」の狭間で──現代ロシア文学を読むための一つの視点

ソ連解体からすでに20年以上が経過し、現代ロシア文学はかつては想像もできなかったほど多種多様な広がりを見せている。大型書店の文学コーナーを訪れれば、日本でいうところの純文学に近い棚を始めとして、女性散文、詩、SF、探偵小説、戦争小説、歴史小説など、様々なジャンルの棚が立ち並んでいる。旅行者や留学生が前知識もなしにふらりと立ち寄っても、膨大な数の本を前に何から読めばいいのか迷ってしまうだろう。

 

本稿では、そんな読者に現代ロシア文学を読むための一つの視点を提供するために、現代ロシア社会における「自由」の問題を糸口にして、そこから見えてくる2000年代ロシア文学の主要な二つのトピックス──若い世代の作家たちを中心とする「新しいリアリズム」の潮流と新世紀の「ディストピア小説」──について、具体的な文学作品を挙げながら紹介していきたい。

 

 

「自由」への懐疑

 

ロシアの人気雑誌「アフィーシャ」で書評を受け持つ文芸批評家レフ・ダニールキン(1974-)は2000年代のロシア文学を総括した長いエッセイ(*1)で、現代ロシア文学における「自由」の意味の変質を指摘している。

 

(*1)Данилкин Л.Н. Клудж: как литература «нулевых» стала тем, чем не должна была стать ни при каких обстоятельствах // Новый мир. 2010. №1. С. 135-154.

 

ダニールキンによれば、1990年代のロシア文学に強い影響を与えていたのは「自由」の空気だった。80年代後半に始まったペレストロイカによってイデオロギーの箍(たが)は大きく緩んだが、続いて起こったソ連自体の解体は作家たちを国家のイデオロギーから真に解放した。その結果、これまで禁じられていた国内外の文学作品が出版されるようになり、探偵小説を始めとする大衆文学が活気を呈するようになった。とりわけ、90年代ロシアでトレンドとなった、後期ソ連の非公式文学に起源を持つロシア版のポストモダニズムは、自国の古典の過激なパロディや改変を通して、「作家は人生の教師であらねばならぬ」というロシアの伝統的な文学観を解体した。

 

こうしてロシア文学全体にリベラルな「自由」の空気が漂っていた90年代末には、これからのロシア文学では作家はもはや、かつてトルストイやソルジェニーツィンといった文豪が書いたような、「人生について」語る浩瀚(こうかん)な長編小説など書かなくなり、読者は読者で、もはや文学が現実と何らかの関係を持っているなどという幻想に身を委ねるようなこともなくなるだろうと思われたのである。

 

ところが、2000年代になり、豊富な天然資源を背景に強権的な政治を行うプーチンのもとでロシア社会が安定しはじめると、「自由」の意味合いはがらりと変わってしまった。「自由」はもはや国家イデオロギーからの解放ではなく、それどころか逆に、資本主義が人々に押しつける新たな「イデオロギー」として感じられるようになった。ダニールキンによれば、2000年代のロシア文学では「俗物に成り下がり、プチブル的な価値を賛美する以外のいかなる自由も存在しない」といった話題が頻繁に繰り返され、他方で「自由を拒絶する体験や、自由の危険性、『不自由』の優越」が主張されるという、90年代とは対照的な状況が出現した。

 

このような「自由」に対する懐疑が明確な形をとって現れた先駆的な作品として、文芸誌「ノーヴィー・ミール」の副編集長でもある作家ミハイル・ブートフ(1964-)のその名もずばり『自由』(1999)と題された長編を挙げることができる。2000年にロシアでもっとも権威ある文学賞の一つである「ロシア・ブッカー賞」を受賞した本作は、職を失い、借家に巣くう蜘蛛やゴキブリを相手に孤独な生活を送る男が主人公で、そこには共通の理想が失われ、人々が進むべき方向を見失った世界に対する実存的な不安がまざまざと描かれている。

 

また、同じ系統の作家として、モスクワ物理工科大学出身の作家アレクサンドル・イリチェフスキー(1970-)がいる。「ロシア・ブッカー賞」受賞作の長編『マチス』(2006)は、世界に対する漠たる不安感から路上生活に身をやつすことになる数学者を描いているが、そこでは1970年前後に生まれ、成人の頃にソ連解体を経験した世代の不安感が鮮やかに語られている。

 

 

「まったき安全性があり、外的な脅威は完全に不在だ。上の世代が力の源とし、今や無に帰してしまった世界の終わりは、最終的にあり得ないものになった――にもかかわらず、いたる場所に恐怖が氾濫していた。日々の透明な恐怖が目に映り、周囲の恐怖は冷えて固まり、濃縮された真空の塊となってぐらぐら震えていた。人々――貧困に、日々の虚しさの闇にすでに感覚が麻痺した人々――は何を恐れているのかもわからずに恐れていたが、しかしその恐怖は強く、おさまることがなかった。恐怖保存の法則が作用していたのだ。はるか遠くの審級や権力界の抽象作用ではなく、具体的な日常を、具体的な交通警官(ガイーシニク)を、具体的な野蛮行為を、具体的な悪口雑言を、干渉を恐れていた。」(イリチェフスキー『マチス』)

 

 

かつてのソ連が抑圧的な国家であったことは確かだが、その一方で、社会主義は人々に人生の明確な目標を与え、社会の進むべき方向を指し示した。確固たる道標の喪失に対する人々の不安は90年代のロシアにもあったには違いないが、ようやく社会が安定しだした2000年代になってようやく、「自由」に対する懐疑は本格的に文学の主題として現れてきたのである。

 

 

シノドスの運営について

 

シノドスは日本の言論をよりよくすることを目指し、共感してくださるみなさまのご支援で運営されています。コンテンツをより充実させるために、みなさまのご協力が必要です。ぜひシノドスのサポーターをご検討ください。

⇒ https://camp-fire.jp/projects/view/14015

98_main_pc (1)

 

 セミナー参加者募集中!「対話/ダイアローグから見た精神医学」植村太郎(12月16日16時~18時)

 

 

無題

 

vol.233 公正な社会を切り開く 

 

・ジェームズ・ミニー氏、鈴木啓美氏インタビュー「もっと楽しいお買い物を目指して――フェアトレードの魅力」

・【「民主」と「自由」――リベラルの再生へ向けて――】古川江里子「大正デモクラシーと吉野作造 ―大日本帝国憲法下での民主主義的政治の試みが現代に問うもの」

・【知の巨人たち】重田園江「ミシェル・フーコー――なぜ『絶望系』なのに読んでしまうのか」

・阪井裕一郎「学びなおしの5冊 <家族>」

 

vol.232 芸術にいざなう 

 

・吉澤弥生氏インタビュー「人をつなぐ芸術――その社会的評価を再考する」

・【現代演劇 Q&A】長瀬千雅(解説)「時代を捕まえるダイナミクス――現代演劇事始め」

・【今月のポジ出し!】橋本努「タックス・ヘイブン改革 香港やシンガポールにも圧力を」

・増田穂「『知見』が有効活用されるために」

 

1 2 3
シノドス国際社会動向研究所

vol.233 特集:公正な社会を切り開く

・ジェームズ・ミニー氏、鈴木啓美氏インタビュー「もっと楽しいお買い物を目指して――フェアトレードの魅力」

・【「民主」と「自由」――リベラルの再生へ向けて――】古川江里子「大正デモクラシーと吉野作造 ―大日本帝国憲法下での民主主義的政治の試みが現代に問うもの」

・【知の巨人たち】重田園江「ミシェル・フーコー――なぜ『絶望系』なのに読んでしまうのか」

・阪井裕一郎「学びなおしの5冊 <家族>」