『映画で学ぶ憲法』――アパルトヘイトの記憶が刻まれた南アフリカ憲法

表現の自由を成り立たせる基礎的条件

 

実際には、ビーコウは、命令によって自分のタウンシップ外への外出は禁止されている。インターネットも携帯電話もない時代、移動の自由の制約は、表現の機会の大幅な制約である。しかも、ビーコウは、危険人物とみなされ一度に一人以上の人と会ってはいけないという命令に服している。よってサッカー場での演説には大きなリスクが伴う。実際、サッカー場にいた黒人の匿名密告によって、ビーコウは警察に逮捕される。

 

興味深いのは、この後のシーンである。警察の取調べシーンで、ビーコウは、匿名証人の証言が裁判で証拠として使えるのかと嘲笑する。ビーコウの絶妙な弁に、かっとなった取調官がビーコウを殴ろうとすると、同僚が「顔はやめておけ」と制止する。顔に殴打の跡があれば、後の裁判で、取調べの際の証拠が採用されない可能性がある(日本国憲法38条2項参照)。ビーコウの表現活動は一定程度、適正手続によって保護されている。

 

続く法廷でのビーコウと検察側の言論の応酬シーンは、対審構造の醍醐味である。検察側は、ビーコウが黒人の間に白人憎悪を煽る危険な人物(テロリスト)であると裁判官に何とか印象づけようとして、ビーコウの過去の言論を次々と引用する。ところが、ビーコウは、当の検察官に対して、私たちは今こうして対立しているけれども、これは暴力でもなんでもないですよねと応答する。勝利の軍配は両者の言論のどちらにあるのか、裁判官にも(そして映画の観客にも)一目瞭然である。

 

言論は、話した文脈から切り離して取り出すと、別の意味を持ちうる。だからこそ、反論の機会が必要であり、反論の結果を判断するのは裁判官であるにしても、その判断を一般公衆が見ていることが重要である(公開裁判の原則)。裁判官が説得力のない方を勝利させれば誰もがその裁判はおかしいと思うだろう。

 

このシーンは、まさにビーコウの理想が言論によって伝わる過程のクライマックスである。だからこそ、ここからビーコウの死に至る急降下は、並みのホラームービーよりも恐ろしい。見事な法廷劇は、結局、本気になった体制側の暴力の抑止力ではない。白人ウッズでさえも、体制に抵抗したとたんに、それまでの表現の自由や適正手続は消えてしまう。議会も裁判所も存在しない独裁国家ならばこの結果に驚くこともないが、議会も裁判所もちゃんとある国家でこんなことが起きるということが怖いのである。ウッズはまさか自分の身にこんなことが起きるとは思っていなかったのではないだろうか。そして、これはアパルトヘイト体制下にある白人に対する警告でもある(今、自分が享受しているものを全て犠牲にしてまで疑問の声をあげるべきか)。

 

 

映画で学ぶ憲法

 

 

映画という表現によって何が変えられるのか

 

今、この映画を観ると、前半のもりあがりと後半の脱出劇は一つの映画作品としてはバランスがやや悪いと感じられるかもしれない。それには重要な理由がある。映画作成時にはアパルトヘイトは存続中だということである。南アフリカでは撮影できず、隣国ジンバブエで撮影された。ウッズは、そしてアッテンボロー監督は、アパルトヘイトの存在を世界中の人に知ってもらいたいという意図で作っている(映画の冒頭で2人の登場人物の身元以外は全て事実だと明言)。そして、アパルトヘイトの実情を紹介する他の多くの映画と並んで、国際世論の惹起に役割を果たした。

 

この映画は、なんと日本の国会にまで届いている。参議院決算委員会で、ある国会議員がアパルトヘイト問題に対する日本政府の対応を質問した際に、同議員は外務省の肝いりで国会の中で『遠い夜明け』を鑑賞したと述べている(1998年5月23日参議院会議録第112国会決算委員会第6号)。

 

アパルトヘイトの実情が知られれば知られるほど、他国は、南アフリカとの付き合いを敬遠するようになり、南アフリカは国際社会のなかで孤立を深めていく。多くの西側諸国が南アフリカに対して経済制裁を課す。多くのミュージシャンやスポーツ選手は南アフリカでコンサートや試合を行うことを敬遠する。他方、国内では、反体制運動がより激しさを強める。そして、ついに、南アフリカ政府はアパルトヘイト廃止を宣言し、1994年に全人種が参加する総選挙を行う。1996年南アフリカ憲法が、「国家の集まりの中で主権国家としての正当な地位を占めること」を前文に掲げたのには、こうした深い意味がある。他方、国際社会の一員として最低限みたすべき標準を示した好例ともなった。

 

 

アパルトヘイト後の南アフリカ

 

アパルトヘイトが終了してハッピー・エンディングとはならない。ハリウッド映画にありがちな善玉対悪玉ととらえたのでは、この映画の意図に反する。ビーコウ自身が白人を悪玉とはとらえていなかった。アパルトヘイト後に設置された、真相究明と民族和解をめざした真実和解委員会は象徴的で、憎しみの負の連鎖を断ち切って、新しい社会を構築するための新しい試みである。南アフリカが国際社会にもたらした正の遺産といえる。

 

人々の暮らしは依然としてよくならない。むしろ経済格差は開く一方であり、治安悪化やHIVなど問題が山積し(映画『Totsi』〔2005〕は現状を垣間見せる)、初代大統領マンデラ後の南アフリカ政治は混迷を極める。冒頭で言及した水に対する権利、住居に対する権利は、水や住む家がないという厳しい現実の反映である。憲法に権利は書き込んだ。それを実現できるかは、いまや一部の人の責任ではなく、全南アフリカの人々の肩にかかっている。そして、国際社会は関心を持ち続ける(南アフリカでの2010年ワールドカップサッカー開催実現は一つのベンチマーク)。これが、20世紀末に誕生した新しい憲法の醍醐味ではないだろうか。

 

 

〔引用・参照文献〕

ドナルド・ウッズ(常盤新平訳)『ビーコウ : アパルトヘイトとの限りなき闘い』(岩波書店、1990年)

 

『映画で学ぶ憲法』「憲法とは何か――国際社会が凝視した国家建設・憲法制定」江島晶子」より

 

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

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