『映画で学ぶ憲法』――アパルトヘイトの記憶が刻まれた南アフリカ憲法

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■リアルと普遍――『映画で学ぶ憲法』 / 志田陽子

 

 

憲法をリアルに感じ取る手がかりとして

 

憲法について知りたい、学び直したい、という声を今、いろいろなところで聞きます。そこにあるのが当然と思っていたものが形を変えていくかもしれない、下手をすれば変えてはいけない骨のところをいじって大失敗をするかもしれない、となれば、「まず知ろう」という思いに駆られるのは自然なことだと思います。

 

しかし憲法は、抽象度の高い言葉で書かれているため、条文を読んでいるだけでは生きた意味がつかめないと思います。「…の自由は、これを保障する。」という言葉だけでリアルな感覚はつかめないでしょう。そんな行き詰まりを感じたとき、映画を見て急に自分の知識に血が通い始めたという経験をした人は多いと思います。自分の中でイメージ把握ができると、法学的な知識や思考方法の習得は格段に早くなると思います。その橋渡しになれば、と考えて『映画で学ぶ憲法』という本を作りました。

 

憲法はもともと、現実の歴史の中から生まれてきた、大変にリアルな問題を扱った文書です。普通の人間にとって苦痛で耐え難い出来事、二度と繰り返してはならないと決意せずにはいられない出来事があり、その「繰り返してはならないこと」を防ぐための防波堤として考案されたものが憲法だと言えます。だから、「その人権がなかったならば人間はどれだけ生きにくい状況に置かれるか」「その統治システム(憲法保障)がなかったならば社会はどれだけ自滅の危険にさらされるか」といった問題意識をもちながら、それらが獲得されてきた歴史への想像力をもって見るならば、憲法を知ることは文学や大河ドラマに匹敵する魅力的な知的営為となってきます。映画は、この魅力的な知的営為を手助けしてくれる、もっとも心強い表現ジャンルでしょう。

 

憲法は人権を守ること(まずは侵害しないこと、そして権利の性質によっては人権実現のために必要な役割を果たすこと)を国家に命じている法です。その憲法がたとえば「思想良心の自由は、これを侵してはならない」と定めているということは、国家に向かってそう言わなければならないような事実があったのだろうか?と考えてみてください。「白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々」(2005年ドイツ)など、そうした歴史的事実を題材とした作品は多く、「こういうことを防ぐために憲法があるのか」という気付きを与えてくれるでしょう。

 

私は美術大学で憲法や芸術・表現に関連する法律を教えています。そこでは、「そこから何を読み取るか」という姿勢で映像作品に向き合うことを日常自然に行っている学生がとても多く、学生との映画をめぐる議論や情報交換が楽しみです。そんな環境の中で、授業や共同研究や公開講座を通じて、映画を使って憲法問題を少しでもリアルに理解してもらう工夫をする機会に恵まれました。

 

また、同じ方向で工夫をしてこられた憲法研究者・教育者の方々と意見交換もできるようになりました。本書『映画で学ぶ憲法』は、その中から出来てきた本です。本書はこのような経緯を積み重ねた結果、大勢の憲法研究者・教育者が「憲法について知りたいと思っている人にぜひ見てほしい」と思う映画作品を持ち寄った成果が詰まっています。

 

学生・司法試験受験生のみなさんにとっては鋭利な理論家と見える人々が、じつはその仕事の奥にこんな素顔の感性をもっておられたのかと感銘を受ける所も多々あるのではないかと思うのですが、じつはそれもまた、本書の狙いの一つです。

 

近年、中学・高校の教員の方々が人権啓発や法学教育のための参考となる映画作品を探しているという話もよく聞きます。中学・高校の教育でも、まずは社会問題に《触れる》、《想う》という心的体験が重要だと考えている教員が多くいらっしゃることを感じます。憲法について考えるということは、様々な社会問題を考えるジェネラルな姿勢を養うことにつながるので、感受性の鋭敏な10代の人々にぜひ、そうした心的体験の機会を十分に得てほしいと私も思っています。本書がそうした機会を作ろうとしている教員の方々のお役に立てれば、これほど嬉しいことはありません。

 

 

憲法の抽象性には意味がある

 

さて、これはと思う映画に出会うことができたら、その後のお話としてぜひ付け加えたいことがあります。それは、映画で得たイメージはあくまでも「入口」や「きっかけ」であって、そこでイメージの固定を起こさないでほしい、というお願いです。

 

映画は、生の現実そのものではなく《作品》です。それは作者の視点で再構成され、物語化・映像化された作品であって、憲法を取り巻く社会的現実や歴史的背景について、あくまでもひとつの見方を提供してくれているにとどまります。それに映画の作者は、憲法を学んでもらうために映画を作ったわけではなく、もっと純粋に作品世界をエンジョイしてほしいと思っているに違いありません。憲法を学ぶ橋渡しにさせていただこうというのは、もともとこちらの身勝手な読み込みなのです。私たちは、作品への敬意を見失わないために、このことをわきまえておく必要があると思います。

 

もうひとつ付け加えておきたいのは、映像によってリアルなイメージを得たあとは、もう一度、憲法の抽象性(普遍性)に思考を戻そう、ということです。たとえば、「アミスタッド」(1997年アメリカ)、「グローリー」(1989年アメリカ)、「アメイジング・グレイス」(2006年イギリス)といった映画を見れば、私たちは「奴隷制」の問題の深刻さやその克服のために費やされたエネルギーを強烈なイメージをもって知ることができます。

 

けれども、憲法に書かれている言葉の意味は、それらのエピソードを超えた広がりをもっています。言葉が抽象的なのは、さまざまな具体的事情を捨象し、言葉を濾過して、すべての人に憲法の保障がいきわたるように純化された言葉になっているからです。だから憲法の言葉は、アメリカやフランスで近代的な憲法が生み出されてから200年以上が経った今でも、国家と人間とをつなぐ要としての生命力を持ち得ているのです。だから、それが濾過・純化を経る前の具体的で切実なニーズを想像する力を得たあとは、もう一度、憲法の言葉の抽象性に戻ってほしいのです。

 

たとえば「奴隷的拘束の禁止」の条文ですが、私たちは、肌の色の黒い人々が鞭打たれているエピソードや映像にイメージを固定して、「それはもう終わった過去の出来事だ」とか「日本には存在しなかった外国の話だから日本国憲法にこの条文は不要だ」と考えるべきではないでしょう。人間にとって強制されるべきではない奴隷的状況とは何をいうのかという本質を考え、本質的に同じ状態に置かれている人々が今日の世界にいるならば、それは「憲法問題」として認識しなければならないでしょう。

 

その《本質》を言い表す言葉は当然に抽象的になるわけですが、これが憲法の《普遍性》を支えているのだと思います。そう考えると、たとえば人身売買問題などが今日の国際社会の中にはまだ残っており、問題はまだ過去のものになったとは言えないのです。そうしたところにも想像力を広げていくきっかけとして映画の力を借りたいというのが、本書の立場です。

 

この文章も、抽象的で、具体的な映画の話がほとんど出てきませんでしたね。それは本書の本文にたくさん出てきますので、ぜひご一読ください。

 

本書が、さまざまな立場から「憲法について知りたい、伝えたい」と思っている人々にとって、楽しめる入口であったり、心の扉をノックする刺激になったりして、憲法の世界への橋渡しの役に立つことを願っています。

 

(この文章は、『映画で学ぶ憲法』「はしがき」および「あとがき」(志田陽子)より抜粋・加筆したものです)

 

※本書の内容作成にあたっては、武蔵野美術大学共同研究助成(平成22-25年度)による助成を得ました。また、その前身となる公開講座は、「文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業(平成20年-平成24年)」の採択を受けた武蔵野美術大学造形研究センターの研究事業の一部として行われました。本書の巻末に収録した公開座談会《抜粋》の完全版は、武蔵野美術大学イメージライブラリーから、「2012 映像特別講座・『映画で学ぶ憲法』の記録(1)~(3)」として、以下のURLで公開されています。ここで紹介させていただいた書籍『映画で学ぶ憲法』のきっかけとなった公開講座です。

 

・映像特別講座「映画で学ぶ憲法(1):憲法研究者が見た『カサブランカ』」の記録

http://img-lib.musabi.ac.jp/event/event_eigademanabukenpo01.html

・映像特別講座「映画で学ぶ憲法(2):民主社会における『君主』の表象」の記録

http://img-lib.musabi.ac.jp/event/event_eigademanabukenpo02.html

・映像特別講座「映画で学ぶ憲法(3):南アフリカに見る国家の変動と人権」の記録

http://img-lib.musabi.ac.jp/event/event_eigademanabukenpo03.html

 

 

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