ASEAN会議最大課題の南シナ海領有権問題――連携形成とアメリカ・中国の思惑

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中国によるASEAN分断策:2012年の例

 

東アジアの多国間安保協議の場で勃発した米中の南シナ海問題における相克は、両国が同会合等で自らの意向を実現するために多数派工作を展開、ASEANを一時分断することになった。特に「親中派」の国であるカンボジアが議長国であった2012年は、中国の「ASEAN分断策」が奏功し、今度は中国がその影響力を誇示することとなった。

 

カンボジアはASEAN諸国の中でも中国との領有権問題を有しない発展途上国である。2012年から中国は同国へ「望むものを即決して援助する」とのアプローチをとる。具体的には1900万ドルの軍事支援、中国製旅客機を2機供与、55万ドル規模の病院建設、200万ドル規模の情報通信プロジェクト等が展開されている。さらにカンボジアは、中国から軍用ヘリコプター12機を購入する方針を2013年1月に発表しているが、購入資金には、前年12月に中国から提供を受けた総額2億ドルの融資から拠出するなど、中国はその影響力の行使のため、拡大する経済力を躊躇なく利用した。

 

このように中国は、議長国であるカンボジアと友好的な関係を築くことで、ベトナムやフィリピンに対し、自身の意向を反映しやすい環境を作り上げていた。その思惑通り、2012年7月、プノンペンで開催された第45回ASEAN外相会合において、議長国カンボジアは、南シナ海問題について一切の言及を許さなかった。

 

カンボジアの言い分は国家間の問題は当時国である2国間で解決すべきであるとし、当事国ではない国が過半数を占めるASEANが扱うべき問題ではないとする中国の見解と軌を一にしていた。中国は後にこのカンボジアの行動に対して謝辞を述べるほど、その議長ぶりは極めて中国寄りだった。フィリピンはそのようなカンボジアを「中国の同盟国」とまで称して強く非難している。

 

こうして加盟国の意見は分断され、同会議は共同声明の発表なく終了するに至っている。ASEANの共同声明発表は、ASEANという組織の重要性を参加国全てが認識する象徴的なイベントと位置付けられるものである。共同声明を出さずに会議が終了することは、45年のASEANの歴史において初めてのことであった。

 

その結果もたらされたのがASEANの危機説である。つまりASEANの重要性を示すキーワードの一つである「加盟国間の連帯性(ASEAN Solidarity)」は絵に描いた餅に過ぎず、ASEAN Wayという非法律的、非覇権的な統治規範を後生大事に従順している限り、中国のような超大国がもつ経済・軍事力によって、その運営はたやすく操られてしまうとする現実主義の見方が東南アジアの国際政治では蔓延るようになった。

 

その後、ASEANは米国の後押しを得て、ASEANの会議における「宣言」をASEAN Wayの主義には反する、法的拘束力のある「行動規範」へと発展させるべきだとこれまで以上に強く主張し始める。しかし、これはASEANが長く保持してきたASEAN Wayで中国を律することの難しさを悟ったことを意味する。

 

 

今年の夏は違うのか

 

今回のARFで注目されるのは、中国が5月よりパラセル諸島に展開していた掘削機を7月中旬に撤退させたことで対中批判がどれほど緩和されるかにある。掘削機の撤退は、ARFで中国に向けた批判を和らげるための戦術であろう。中国のこうした方向転換は、2014年、自らの強引な行動が引き起こしたASEAN各国からの批判や脅威認識の高まりが、それ以前のものとは異なっていると認識したからだと考える。特にベトナムで起きた中国系企業への暴動は、死者までもを出し、中国首脳をも驚かせるこれまでにない規模であった。

 

さらにこれまで南シナ海において中国と真っ向から対立してきながらも、必ずしも歩調をあわせてこなかった比越両国が協調したことも影響しているだろう。2013年1月にフィリピンが提案した、南シナ海問題の国際海洋法条約に基づいた常設仲裁裁判所で解決にベトナムが協調する。両国が共同で中国を提訴する動きを示していることは、中国の予想を超えるものであった。さらに、この動きにマレーシアも加わってきており、本年2月同問題に関する3国間の政府高官会議が初めて開催されるなど、まだ本格的ではないものの、これまで見られなかった対中包囲網をASEAN加盟国同士で形成しようとしている。

 

また、興味深いことに、南シナ海の係争国ではないタイが、フィリピンが国際司法機関へ訴えることへの権利を支持する声明を7月に発表している。同国の主要紙『バンコクポスト』(2014年7月21日)も、予算がひっ迫する米国へ依存するばかりではなく、「勢力争いでアジアの支配者にのし上がった国に対し、結束して声を上げなくてはならない」と主張するなど、ARFを前に南シナ海においてASEAN結束を望む声が域内で高まっている。

 

加えて今回のASEAN外相による共同声明の草稿には係争中の海洋において新たな建設物や活動の禁止を訴える文言が入ると言われている。今年の議長国はミャンマーである。かつては東南アジアでも突出した親中国派だったが、最近ではそうではない。1990-2000年に中国から87%も供給されていた兵器は、2001-2010年には、30%に大幅減少、現在は約五割の兵器をロシアから調達している。

 

さらにミャンマーはここ数年で、欧米諸国との関係が一挙に改善している。2011年8月以降、ミャンマー政府はアウン・サン・スーチー氏の地方遊説やテイン・セイン大統領との対話を認め、同年9月には多くの政治犯を解放する。そして何より、中国との共同事業でありながら発電された電力のほとんどが中国に送られることになっていた水力発電のミッソンダムの建設中止を発表するなど、国際的孤立から脱却し、成長への足掛かりをつかむためにミャンマーの一連の民主化改革を進めている。これによって、欧米による経済制裁の大幅緩和につながり、対中依存度が下がったことで、同国における中国の影響力には陰りが見えるようになった。もはや中国は、2年前、カンボジアに自らの意向を汲ませ、議長国運営に影響を与えたようなことはできない。

 

ここまでくると、中国もいままでとは違うASEANの動きを感じたのであろう。前述の通り、対中批判を緩和させるために、急遽石油掘削機のパラセル諸島からの撤退を行った。

 

こうしたASEAN各国の一連の行動を後押ししたのは、中国を声高に批判し始めた米国である。本年6月、ラッセル東アジア・太平洋担当国務次官補はパラセル諸島に中国が建設した石油掘削施設を撤去すべきと初めて明言した。同次官補は本年2月に中国の南シナ海での9点線に基づく要求は国際法上不法であると初めて明言した米国高官でもあった。

 

また同年4月オバマ大統領がフィリピンを訪問したことに合わせ、米比軍事協定が調印された。これは、1992年にクラーク空軍基地、スービック海軍基地から米国を撤収させたことが、中国の南シナ海への進出を引き起こしたと原因の一つであると考えたフィリピンが、ローティションとは言え、再び米軍の駐留を許す決断をしたことを意味する。このように米国は、多国間安保制度のみならず、伝統的な2国間同盟網である「ハブ・アンド・スポーク」の強化にも乗り出すことで、中国に力で劣る係争国の対中抑止力を高めようともしている。

 

これらの動きを受け、習近平国家主席は6月21日、アジア信頼醸成措置会議(CICA)の上海首脳会議での基調演説にて「アジアの安全はアジアの人々が守る」と述べ、米国の影響力の排除を目指す構えを示した。海洋の権益では妥協の姿勢を見せない中国だが、内陸国家間で信頼醸成や多国間安全保障の枠組みを構築し、米国のプレゼンスの外で対米均衡策を進めていると言える。アジアインフラ投資銀行の設立、さらにはブラジル、ロシア、インド、南アフリカとのBRICSなどの枠組みは、米国や日本を含まない形で発展を続けており、CICAと合わせて対中包囲網形成への対抗策と見なせよう。

 

ASEANが主催権を持たないCICAがアジア多国間安保制度の主要プレイヤーに発展するのか、中国の今後の動向が注目されるが、いずれにせよ、米中両国が安保多国間制度を使って多数派工作を展開し、互いに圧力をかけようとしているのは、これまでになく顕著である。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.266 

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