創られた「野生の王国」セレンゲティ――自然保護と地域住民の受難

(2)個体数を回復させてきたゾウによる農作物被害

 

セレンゲティのゾウ個体数は、1980年代は密猟によって400頭にまで減少したが、現在では3000頭になり、1970年代のレベルに回復している。さまざまなゾウ保護策の結果、このように個体数が増加したことはグローバルレベルでは好ましいことだろう。しかし、ローカルレベルにはこれまでなかった問題を引き起こしている。2000年ごろからゾウが村の畑にやってくるようになり、農作物を喰い荒らす「害獣」となって、人びとの生活を苦しめるようになってしまったのだ。

 

 

23アフリカゾウ

 

 

ゾウが村に来る理由としては、(1)農地が拡がり公園ぎりぎりまで畑になってしまい、バッファゾーンとしてゾウが生息していた地域が失われてしまったこと、(2)狩猟の禁止にともなってゾウが人間に馴れてしまったこと、が考えられる。

 

隣国ケニアや南部アフリカでは、ゾウから畑を守る対策として電気柵が一般的であるが、タンザニアでは資金難を理由に導入されていない。住民たちは自分で対策をするしかない状況だが、ゾウに立ち向かうのは容易ではない。銃も車も持っていない村人にできるのは、バケツをたたいて音をだしたり、強力な懐中電灯を当てたりして追い払う程度のことである。それらの効き目はほとんどなく、怒ったゾウに踏みつけられて殺されてしまう事件も起こる。

 

 

IMG_5671

 

 

IMG_5716

 

 

被害が年々深刻になっていく中、政府をあてにせずに自ら現状を打開しようとする住民たちがいる。わたしは、2005年から早稲田大学のプロジェクトとして「エコミュニティタンザニア」を立ち上げて、彼らのゾウ被害対策を支援する活動をおこなっている。2007年と2010年には、ゾウを追い払うためのパトロールカーを寄贈した(三菱自動車協賛)。この車によって、一時期、被害世帯割合を八〇%から四〇%に減らすことに成功した。しかし近年では、村にやってくるゾウの群がどんどん大きくなり、100頭もの大群が来襲するケースも出てきて、1台や2台の車では対処できなくなってきている。

 

 

パジェロ1号

 

 

そこで2012年から取り組んでいるのは「ハッピーハニーチャレンジ」(W-BRIDGE助成)である。これは、ゾウがミツバチを嫌う性質を利用したもので、畑の周囲に養蜂箱を設置してミツバチを飼い、ゾウが近づいてきたらミツバチが追い払ってくれる仕組みである。これまで200個を村人ともに設置し、忌避効果を高めるために検証と改良を繰り返している過程である。

 

 

畑の養蜂箱

 

 

これらのほかにも、イコマの人びとは他の機関の支援を受けていくつかの対策を試みている。これまで唐辛子ロープ、見張りタワーといった対策も実施された。しかし、どの対策も完全に被害をなくすのは不可能である。日本においても、イノシシ・シカ・サルを中心とした農村での獣害問題は拡大する一方で、なかなか減少させることができていない。電気柵を設置したり駆除が実施されているが、柵の管理が不十分だったり、動物のほうが壊す手段を習得してしまったり、個体数の増加が爆発的で追いつかなかったりしている。

 

このゾウ被害問題に見るように、遠く離れた先進国の人間が「稀少」と考える動物種が増えることによって、地元には不利益が生じ、これまでの生活を維持できない状況が起こりうる。そして、その状況に対する外部からの支援は小さく、住民たちは自らの命をかけて害獣となった動物と対峙しているのである。

 

 

 

シノドスのコンテンツ

 

●ファンクラブ「SYNODOS SOCIAL」

⇒ https://camp-fire.jp/projects/view/14015

 

●電子メールマガジン「αシノドス」

⇒ https://synodos.jp/a-synodos

 

●少人数制セミナー「シノドス・サークル」

⇒ https://synodos.jp/article/20937

 

 

 

 

1 2 3 4
シノドス国際社会動向研究所

vol.2019.4.15 

・打浪文子「知的障害のある人たちと「ことば」」

・照山絢子「発達障害を文化人類学する」
・野口晃菜「こうすれば「インクルーシブ教育」はもっとよくなる」
・戸谷洋志「トランスヒューマニズムと責任ある想像力」
・濵田江里子「「社会への投資」から考える日本の雇用と社会保障制度」
・山本章子「学びなおしの5冊 「沖縄」とは何か――空間と時間から問いなおす」
・鈴木崇弘「自民党シンクタンク史(6)――設立準備期、郵政民営化選挙後」