多数決型と多様性の間で揺れるトルコ民主主義――大統領選挙と大統領制導入問題

AKPの大統領制構想

 

では与党AKPはどのような大統領制を構想しているのか。最後にこの点について確認しておこう。

 

国家元首である大統領には2つのタイプがある。ひとつはドイツの大統領のように、行政権が極めて弱い形式的、儀礼的な大統領。もうひとつはアメリカの大統領のように、国家元首であると同時に行政府の長でもある大統領。日本語ではどちらも「大統領」であるが、トルコ語では明確に区別される。儀礼的な大統領はcumhurbaşkanと呼ばれ、行政府の長を兼ねる大統領はbaşkanと呼ばれる。現在のトルコの大統領はcumhurbaşkanであり、大統領制が導入されるとbaşkanになるというわけだ。

 

ではここでAKPが2012年に発表した大統領制草案を見てみよう。今後エルドアン大統領がこの草案をそのまま憲法改正に盛り込むとは限らないが、この草案を読むと、どのような大統領制が念頭に置かれているのかがわかるだろう。

 

この草案によると、AKPの大統領制案は、アメリカの大統領制と異なる点があり、そうした違いは三権分立の原則に関係している。アメリカ型大統領制の根幹は、厳密な三権分立であり、大統領、議会、司法がそれぞれ牽制しあう制度設計になっている。特に大統領(行政府)が強大にならないよう、さまざまな仕掛けが埋め込まれた制度である。

 

しかしAKPの提案する大統領制では、三権分立の原則が弱められている。エルドアン大統領が目指している制度は、大統領に権力が集中するラテンアメリカ型大統領制だと批判される原因となっている。

 

具体例をいくつかあげよう。たとえばこの草案によると、閣僚は国会議員からではなく民間人から大統領によって登用される点ではアメリカの制度と同じであるが、AKP案では国会には大統領が指名した大臣および高等裁判所判事などの承認を拒否する権限が与えられていない。つまり、大統領は国会の審議を受けずに大臣を任命することができる。

 

次に、国会議員選挙と大統領選挙は同日に実施される。これにより、大統領の所属政党とは異なる政党が国会で多数派を占めることで発生するねじれ現象の可能性が低くなるとAKPは考えているようだ。アメリカの制度ではねじれ現象は行政府と立法府に抑制と均衡をもたらす制度と前向きにとらえられているが、AKPは抑制と均衡よりも行政府と立法府との協働による政治運営の効率性を重視している。

 

国会と大統領の対立が長引き、政治混乱が発生した場合、大統領は国会を解散し、総選挙のやり直しをすることができる。つまり、アメリカの大統領と異なり、AKP案では大統領に議会解散権が与えられている。ただしその場合は大統領選挙も同時に実施される。大統領は、選挙で自身の所属政党が勝ち、かつ自分が再選されると確信した場合に国会を解散させるだろう。ユニークなのは、国会側にも大統領選挙やり直しを求める権限が与えられている点であるが、この場合でも国会議員選挙と大統領選挙が同時に行われる。

 

この他にも、大統領には政策の遂行に必要な大統領令を制定する権限が与えられる。また、国会には大統領を弾劾する権限が付与されるが、弾劾には国会議員の4分の3以上の賛成が必要で、3分の2以上の賛成で弾劾が可能なアメリカや韓国に比べてハードルは高い。

 

以上確認したように、AKPが想定している大統領制では三権分立が弱められており、大統領が国会に対して優位な制度である。このため、大統領制への移行によりエルドアン大統領個人に大きな権力が集中しかねないとの懸念が高まっている。

 

 

おわりに

 

エルドアン大統領にとって、大統領制の導入はトルコの民主主義をさらに深化させるための一歩だ。ここでいう民主主義とは、「国民(多数派)の意思」が、軍部や司法といった、国民の信託を受けていない政治機関の干渉を受けずにそのまま政策決定に反映される制度を意味している。

 

当然のことながら、エルドアンに批判的な政党、メディア、市民団体、研究者などはこうした大統領制の導入に反対し、エルドアン大統領に対して多数決型民主主義ではなく多様性を尊重する民主主義を要求する。多数派の声だけではなく野党や少数派の声にも耳を傾けるべきだということだ。

 

こうした批判に対してエルドアン大統領は、多数派の声がこれまでは世俗主義の擁護者である軍部や司法によって抑圧され、そして現在ではパラレル国家によって脅かされていると反論し、大統領制の必要性を主張する。

 

現在のところ、本稿で紹介したような大統領制の導入が可能かどうかは不明である。大統領制の行方は2015年6月の総選挙の結果に大きく左右されるだろう。しかしながら、大統領制の導入が不可能な場合でも、現行の議院内閣制のまま、大統領に与えられている権限を最大限活用し「事実上の大統領制」を実現するとエルドアン大統領は公言している。

 

こうしたことから、エルドアン大統領が大統領制導入を最重要課題としていることは明らかだ。今日のトルコではクルド和平プロセスや中東外交、EU加盟交渉など様々な課題が山積しているが、大統領制への移行は、政治制度の根幹に関わる重大な問題であり、大統領制の構想内容のみならず、移行に向けた憲法改正過程を注視していく必要がある。

 

サムネイル「Erdogan cropped.JPG」Prime Minister Office

http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Erdogan_cropped.JPG

 

 

 

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