2014.10.21

香港デモは、中国民主化の希望となるのか

麻生晴一郎 ルポライター

国際 #香港#デモ

中国本土への影響

今回のデモが中国本土に影響を及ぼすことを中国政府が警戒していることはたびたび指摘されている。実際に、すでに中国国内では香港のデモへの支持をおおやけにした市民活動家たちが拘束されている。しかし中国政府が警戒をしているのは、香港のデモのうち民主派を求める急進的な動きよりは、むしろそれを支持する市民たちの穏健な抵抗の方に違いない。

筆者は反日デモや、農村での住民と政府の対立など、中国本土でたびたびデモを目撃したが、今回の香港のデモほど大規模なものを見たことがない(日本でも反原発デモに何度か足を運んだが、今回の香港のデモほどの大規模なデモは見たことがない)。中国政府は、香港のデモに比べてはるかに小規模な民衆運動に神経をすり減らしてきた。もし中国本土でこれだけの規模のデモが発生したらどうなるのだろうか。

おそらく今後、中国国内では市民活動に対する規制がいっそう強化されるのではないかと懸念する。近年、市民活動に対してはその活動が反体制的であるかを問わず、広く住民に浸透する全国的な活動が不可解な理由で弾圧を受けることが珍しくない。例えば今年の8月には山西、四川、河南、広東、雲南などの農村で地元住民のための民間図書館を運営する民間組織「立人郷村図書館」傘下の図書館が各地の地元政府の方針で一斉に閉鎖されている。市民団体の活動が住民の公共意識を育て、やがて今回の香港の一般市民のような対応を招きうることを中国政府が警戒しているのだとしたら、中国政府の理不尽な弾圧は激化するに違いない。

もう1つ、中国政府は、若年層の活動もまた警戒している可能性がある。今回のデモは学生組織「学民思潮」などの若い世代が中心に行動し、17歳のジョシュア・ウォンら10代の若者がデモに大きな役割を果たしたことが注目されている。

若年層がデモで活躍するのは香港だけではなく、東アジアの中華圏における1つの潮流だとも言えそうだ。台湾で3月に起きた立法院占拠も学生が中心だし、中国本土でも2011年に村政府のトップを追い出して民選選挙を実現させた広東省烏坎村のデモは、若い世代が主導していた。

また、今回の香港のデモで大勢の市民がデモに参加した一因は、警官に暴行される痛々しいシーンを、ジョシュア・ウォンたち若者が身をもって伝えたことで、共感を呼んだからでもあった。同じように広東省烏坎村のデモでも10代の少年たちがインターネットを駆使して組織作りをし、警官の暴行を携帯カメラで発信して国内外に知らせるなどした。若者の行動力は少数によるデモを大衆化させる力を持っていると言える。

その他にも、若者がデモで大きな役割を果たす要因はある。いま香港で学生たちが主張している普通選挙実現や中国政府への抗議は、若者だけでなく、大人の世代も抱いている心情にほかならない。広東省烏坎村のデモでも、もともと村政府への不満が村民たちに広く共有されていた。つまり世代間の対立は存在せず、行動力のある若者がいったんデモを起こすと、彼らの主張に共感しながらも日ごろ表に出さなかった彼らの親・祖父の世代が支持をし始めるのである。この点は日本の60、70年代頃の学生運動との違いではないかと思われる。

今回の香港のデモを、中国本土の同世代の市民活動家たちも注目していた。香港では中国本土からデモを見に来た若者に出会ったし、携帯電話のネットワークサービスではデモの生々しい写真がリアルタイムで伝わった。ある中国本土の若者が「香港は中国だ。香港が存在するからこそ中国は希望が持てる。もし香港の市民デモすら弾圧されたら、ぼくたちには全く希望が見えなくなる」と語った。当面市民活動への弾圧が続きそうな中国にあって、香港こそが最後の望みなのだ。

中国政府は、香港独自の制度を踏みにじり、いずれ完全に中国化してしまうのだろうか。それとも市民の抵抗が香港のこれまでの文化、制度を維持させ、さらには中国本土の民主化へと連なっていくのだろうか。今後の展開が香港や中国本土にさまざまに影響を与えることはもちろん、中国にとって最も近い異国である香港に対する姿勢が、日本も含め周辺国・地域にも影響を及ぼすであろう。

プロフィール

麻生晴一郎ルポライター

1966年生まれ。東京大学国文科在学中、中国ハルビン市において行商人用の格安宿でアルバイト生活を体験、農村出身の出稼ぎ労働者との交流を深める。以来、ルポライターとして中国の農村出身者や現代アーティストたちを取材し、現在は草の根からの市民社会形成を報告するなど、中国動向の最前線を伝えている。2013年8月に『中国の草の根を探して』で「第1回潮アジア・太平洋ノンフィクション賞」を受賞。またNPO「AsiaCommons(亜洲市民之道)」を運営し、中国内陸部から草の根の市民活動家を招く「日中市民交流対話プロジェクト」を12年、14年に東京などで開催した。主な単著に『北京芸術村:抵抗と自由の日々』(社会評論社)、『旅の指さし会話帳:中国』(情報センター出版局)、『こころ熱く武骨でうざったい中国』(情報センター出版局)、『反日、暴動、バブル:新聞・テレビが報じない中国』(光文社新書)、『中国人は日本人を本当はどう見ているのか?』(宝島社新書)、『変わる中国「草の根」の現場を訪ねて』(潮出版社)、共著に『艾未未読本』(共著、集広舎)『「私には敵はいない」の思想』(共著、藤原書店)など。

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