『シャルリー・エブト』襲撃――イスラーム過激派の事情

2015年1月7日、パリの中心部で風刺画新聞社『シャルリー・エブド』が襲撃され、同紙の風刺画作家、編集者、警官ら12名が殺害された。襲撃犯2名は、逃走・立てこもりの末、射殺された。同じころ、やはりパリで警官を射殺した後、ユダヤ教式食品販売店に立てこもった男が、店にいた4名を殺害した末に射殺された。

 

襲撃された新聞社が、イスラームを中傷する風刺画を再三掲載したとしてしばしば抗議や襲撃を受けていたことから、事件発生当初から、襲撃はムスリム、あるいはイスラーム過激派の犯行と疑われた。自由と寛容を旨とする西洋と、それを拒絶するムスリムという、お決まりのともいえる対立構図が描かれたのである。

 

さらに、実行犯の身元が判明すると、彼らのムスリム、移民の出自、貧困層などの属性から、事件についての論評はヨーロッパ在住ムスリムや移民と地元社会との関係、経済的格差の問題などへと広がっていった。

 

事件の実行主体・背後関係については、襲撃犯が「アラビア半島のアル=カーイダ」や「イスラーム国」との関係に言及したり、1月14日に「アラビア半島のアル=カーイダ」の幹部が、新聞社襲撃については自派の企画・出資・構成員による作戦であると表明する演説を発表したりした。

 

襲撃犯自身の情報発信を見るかぎり、イスラーム過激派としての彼らの教化の程度は低く、何らかの組織に属していたとしても、組織内での立場は「生還を期待しない作戦に起用する」ことができるほどに低いことが分かる。それでも、「アラビア半島のアル=カーイダ」が犯行声明を発表したことにより、事件はイスラーム過激派の代表格の組織が関与する、組織的・計画的な作戦だったと位置づけるべきものとなった。

 

ここで注目すべき点は、「アラビア半島のアル=カーイダ」をイスラーム過激派の代表的な団体と認めることはできても、同派がイスラーム共同体、ムスリム、ヨーロッパ在住の各種移民、貧困層を代表・代弁する存在だとは、どう贔屓目に解釈しても考えられないということである。すなわち、今般の事件の原因を分析し、今後の展望やとるべき対策についてより実用的な回答を求めるならば、思想・文明・社会について「大きな話」を論じるより前に、事件をイスラーム過激派の作戦行動として分析すべきなのである。

 

 

事件の動機 ―― イスラーム過激派の事情

 

イスラームや預言者ムハンマドに対する誹謗・中傷、ヨーロッパにおける信仰の実践への圧迫、先進国によるイスラーム共同体に対する侵略や収奪等、「アラビ半島のアル=カーイダ」と同派の支持者にとって、攻撃を正当化する理由は枚挙にいとまがない。しかし、これらを抜きにしても、彼らが先進国の報道機関を攻撃対象とすることは至極合理的な選択である。

 

この点を理解するためには、「アラビア半島のアル=カーイダ」、「イスラーム国」などのイスラーム過激派が、行動様式としてテロリズムを採用しているという点を押さえておくべきである。ここで言うテロリズムとは、ムスリムが銃や爆弾で暴力行為に及ぶ、という意味ではない。そうではなく、「政敵を屈服させたり、自派の主張や要求事項を広く世に知らしめたりするための手段として、暴力の行使かその威嚇を用いる」という政治行動の一形態を意味する。

 

イスラーム過激派にとって、民主主義とは、「アッラーの啓示以外の方法で統治を行う異教」なので、彼らが政治参加や平和的抗議行動のような、我々にとっての合法的な手段によって政治目的を達成しようとすることは考えにくい。それゆえ、イスラーム過激派にとっては武装闘争こそが唯一とも言える政治目的実現の手段となる。

 

テロリズムが政治行動の一形態としての暴力である以上、それにもとづくテロ作戦の巧拙は、作戦による破壊と殺戮の規模によって判断されるのではない。判断基準は、作戦がどれだけ社会的反響を呼ぶか、どれだけ実行者の政治的主張を広めるのに役立つか、である。より具体的には、作戦について報道機関がどれだけ時間と労力を費やして報道するかが、テロ作戦の成否を決めていると言っても過言ではない。

 

したがって、報道の自由を享受し、それに見合う取材・分析能力を持つ報道機関を擁する先進国の権益、なかでも報道機関自身が、テロ作戦の理想的な攻撃対象となる。なぜなら、そのような報道機関は、テロ作戦の実行者自身がとくに労力を費やすまでもなく、事件の原因や背景を類推し、実行者の目的や主義主張を忖度して長時間報道(=広報)してくれるからである。そのような意味で、『シャルリー・エブド』はうってつけの攻撃対象だったのである。

 

とはいえ、もちろん「アラビア半島のアル=カーイダ」には、今般の事件のような時期と対象を選んで行動を起こす、彼らなりの理由があった。じつは同派を含む「アル=カーイダ」という看板がイスラーム過激派とその支持者の間で持っていた威信や名声が、この1~2年の間に著しく低下し、彼らはその失地を挽回するための華々しい戦果を必要としていたのである。

 

こうした状況には、イラクやシリアで活動する「イスラーム国」の存在が関係している。2013年以来、「イスラーム国」は既存の国家を破壊し、国境を超越する活動を行ったり、「カリフ国」を僭称し、同派が占拠している地域で「イスラーム統治」が施行されているとの幻想を華々しく広報したりしてきた。これに対し、アル=カーイダやその関連団体はさしたる実績を上げることができなかったため、イスラーム過激派やその支持層の関心や、彼らが提供する資源や労力がアル=カーイダを離れ、「イスラーム国」に集中するようになってしまったのである。

 

実際、最近「アラビア半島のアル=カーイダ」は、全世界のイスラーム過激派に対し「カリフ」に忠誠を誓い、イラクやシリアへの移住を推奨する「イスラーム国」に対し、「戦列を割る行為だ」として批判を強めていた。イスラーム過激派の間で、誰が「ジハード」の主導権を取り、より多くの資源を獲得できるか、そしてそのために必要な威信を確立できるか、という競争が起きていたのである。そして、その競争で劣勢に立たされていた「アラビア半島のアル=カーイダ」を含むアル=カーイダの側に、先進国の報道機関を標的とする作戦を実施する動機が強く働いていたと言える。【次ページにつづく】

 

 

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