『シャルリー・エブト』襲撃――イスラーム過激派の事情

▶シノドスの電子メールマガジン「αシノドス」

https://synodos.jp/a-synodos

▶真の教養を身に着ける「シノドス・サークル」

https://synodos.jp/article/20937

イスラーム過激派にとってのフランス

 

その一方で、イスラーム過激派にとってフランスを含む欧米諸国は、単なる攻撃対象として以上の意味を持つ存在である。イスラーム過激派が活動する中東・アフリカ諸国の多くは、非民主的な統治体制の下、政権への批判や反対運動は声明の危険を伴うものですらある。そのような活動を営む人々や、非民主的な統治を嫌う人々にとっては、欧米諸国は身の安全を確保し、自由に活動をすることができる避難先である。

 

欧米諸国の側も、圧制や弾圧から逃れてくる人々を無下にすることはできず、こうした人々を積極的に保護しようとする国も多い。問題は、そうして保護された人々の中に、イスラーム過激派に類する思想的傾向の持ち主が少なからず含まれていたことである。

 

また、イスラーム過激派の実際の活動においても、欧米諸国はヒト、モノ、カネ等の資源を調達する兵站拠点や、広報活動の場としての機能を担っていた側面がある。たとえば、社会資本の不備や当局による言論統制が原因で、中東・アフリカ諸国では制約も多いインターネットを用いた広報活動については、欧米在住のイスラーム過激派の支持者が、ファンの一人としてイスラーム過激派諸派が発表する声明などをネット上で拡散させることにより伝播力が増している。

 

また、イスラーム過激派による資源の調達も、欧米諸国でヒトや情報の移動が容易になっていることから大いに受益している。イスラーム過激派には、ヨーロッパ社会とそこで享受できる自由に寄生して活動を維持している部分もある。

 

欧米諸国を兵站拠点として利用しているイスラーム過激派のもっとも顕著な例が、「イスラーム国」である。同派には、ヨーロッパ諸国からすでに数千人がイラク・シリアに潜入して戦闘に加わっているとされ、その一部が帰国して治安上の脅威となることが懸念されていた。しかし、より重要なのは、ヨーロッパ諸国でそれだけ大規模な人員の勧誘と送り出しを行うことができる「イスラーム国」のネットワークが機能しているということである。

 

また、襲撃事件の関係者として女性容疑者の名前が挙がっているが、この容疑者がやすやすとフランスを出国し、トルコ経由でシリアに向かったとされている事実は、「紛争地へと出て行く」者について、関係国の監視や取り締まりが依然として手ぬるいことを示している。

 

今般の襲撃事件では、実行犯の一人が「イスラーム国」に忠誠を表明する動画が出回っている。「イスラーム国」とアル=カーイダ諸派との関係は明らかな敵対関係に転じつつあるが、思想・組織上の教化の水準が低い末端の活動家の間では、資源調達などの活動のネットワークが重複・混合していることも考えられる。

 

いずれにせよ、イスラーム過激派にとって、欧米諸国は資源の調達先と位置付けられているので、資源調達のための活動やネットワークが取り締まりの対象になる結果につながる欧米諸国を舞台にした直接攻撃は、じつはイスラーム過激派にとって優れた戦術とは言えないのである。それでも敢えて攻撃を仕掛ける団体があるのならば、上に挙げた「アラビア半島のアル=カーイダ」のような動機や、個々の団体の中で攻撃対象の選択や優先順位の判断基準に変化が生じた場合となるだろう。

 

 

今後の展望

 

以上を踏まえると、ヨーロッパにおけるイスラーム過激派の活動は、いくつかの場面ごとに展望した方がよいであろう。第一の場面は、「イスラーム過激派による組織的攻撃が起こる場合」である。このような事態が生じるのは、ヨーロッパ諸国においてイスラーム過激派やそれに連なる人々に対する取り締まりや圧力が強まった場合である。

 

繰り返すが、イスラーム過激派にとってヨーロッパは資源の供給源であり、そこで地元の官憲と摩擦を起こすことは得策ではない。しかし、地元の官憲の側が出国規制や人員勧誘の取り締まり強化のようなかたちで資源の調達を妨げる行動に出れば、イスラーム過激派がヨーロッパから彼らの活動地へと送り出していた資源(とくに人員)がヨーロッパに滞留して衝突を起こしたり、資源調達を妨害したことへの反撃として組織的な作戦行動が企画されたりすることになるだろう。

 

一方、「イスラーム過激派による組織的攻撃が起こらない場合」は、イスラーム過激派による資源の調達を妨げないかたちで、彼らがヨーロッパ諸国内で作戦行動を起こすのを阻止するような対策が取られる場合である。具体的には、イスラーム過激派による資源の調達や送り出し、そのためのネットワークを損なうことなく、単にイスラーム過激派の活動地から戻ってくる者だけを阻止する、帰国の規制が強化される場合がこれに該当するだろう。

 

しかし、このような対処では、危険分子を域外に送り出し、ヨーロッパ内での攻撃の可能性を下げることはできるが、イスラーム過激派の取り締まりの負担や彼らの活動から被るであろう損失を別の場所に転嫁するだけに終わりかねない。

 

組織的な関与の有無や程度はさておき、今般の襲撃事件はフランスをはじめとするヨーロッパ諸国において、イスラーム過激派の活動に対する警戒感や取り締まりを強化するきっかけとなると思われる。それゆえ、今後の状況は「イスラーム過激派による組織的攻撃が起こる場合」により近い方向で推移するのではないだろうか。

 

短期的には、テロ作戦の危険性や犠牲者が増すことを考慮しなくてはならないが、これには今までヨーロッパ諸国がイスラーム過激派の活動の相当部分を、事実上放任してきたことから生じる代償としての意味がある。とくに、イスラーム過激派を賞賛し、彼らが発信する情報を拡散している人々を取り締まることは、ヨーロッパ諸国が誇る「表現の自由」と密接にかかわる難題である。

 

『シャルリー・エブド』等の襲撃事件を受けたヨーロッパ諸国が直面している問題とは、じつはムスリムや移民という他者との関係や、そこから生じる差別や格差という問題ではなく、自らの社会の中にある危険や矛盾を直視できるか、という問題なのかもしれない。

 

 

サムネイル「I am Charlie Hebdo.」Ben Ledbetter, Architect

http://urx2.nu/ggFP

 

知のネットワーク – S Y N O D O S –

 

 

AWS Access Key ID: AKIAJSA5SEKND2GVG7TA. You are submitting requests too quickly. Please retry your requests at a slower rate.

 

 

1 2
シノドス国際社会動向研究所

vol.269 

・外山文子「タイは民主化するのか?」
・中西啓喜「データサイエンスは教育を「良い方向」に導くのか?――学級規模の縮小を例として」
・笠木雅史「実験哲学と哲学の関係」
・穂鷹知美「求む、国外からの介護福祉士――ベトナムからの人材獲得にかけるドイツの夢と現実」
・久木田水生「ロボットと人間の関係を考えるための読書案内」
・吉野裕介「【知の巨人たち】ハイエク」
・内田真生「ヒュッゲ(Hygge)とは何か?――デンマークが幸せの国と言われる理由」