トルコ、アクサライ地区は世界中からの移民が集う場所

▶シノドスの電子メールマガジン「αシノドス」

https://synodos.jp/a-synodos

▶真の教養を身に着ける「シノドス・サークル」

https://synodos.jp/article/20937

イスタンブルが夜を迎えるころ、アクサライ地区の通りでは、全く別の光景が現れる。世界中から理由があってアクサライにやってきた人々が話している多様な言語の響きが耳に入ってくる。ある場所ではセネガルから来た人々がフランス語を話す一方、少し離れた場所ではロシアから来た母と娘がどの店に入るかを議論している。左側を向くと、3人の子供と物乞いをしたシリア人女性と目が合ったちょうどその時、私達の間を知らない言葉を話す3人の女性が通って行った。いくつかの通りは危険で、入った瞬間恐怖で身震いするが、一つあとの通りに入った時、原価で売っている店では恐怖を忘れてしまう。

 

 

トルコは美しく快適だ。

 

夜に数時間通りを歩いて外国人や商店主と話した時、これほど混乱しているものにも彼らの中では秩序があることを学ぶだろう。曲がり角のや歩道の縁で、布の上に並べられたベルト、小さなカウンターであらゆるブランドのコピーの香水、時計を売っている黒人のセネガル人。多くは2年以上トルコで生活している。唯一の問題は、お金を稼いで、国に残してきた家族を養うことである。誰もがヨーロッパにいきたいなどという希望はない。「トルコは美しく、快適だ。」と彼らは言う。彼らの望みはというと、「十分なほど」お金を稼いで国に戻ることである。しかし、この希望がいつかなうのかは不明である。イフラも彼らの一人である。

 

 

aksaray-da-her-kitadan-hayat-mucadelesi-5278205

 

 

唯一の悩みは警察である。

 

イフラは、最初9年前にアクサライに流れてきた。先に来ていた友達の薦めでアクサライに来て露天商を始めた。国に残してきた両親と国への懐かしさから、十分お金を稼いだと考えて帰国したイフラは、短期間でまたアクサライに戻ってきた。「セネガルに帰ったが、仕事がなかった。そのため再びここに戻ってくるしかなかった。ここでもたくさんお金は稼げないが、セネガルよりもたくさん稼げる。両親に送金できる」と述べたイフラは、イスタンブルの景色の写真を売って1日に20から30リラを稼いでいる。アクサライの商店主と友達になれるほどトルコ語を上達させたイフラは、トルコに不満は全くない。セネガルから来て香水を売っているムサも1日に40リラ稼いでいると話した。2年間トルコで生活しているムサもアクサライで満足している。唯一の問題はイフラのように国に残してきた家族に送金することと、警察に捕まらないことである。

 

 

全ての人々にいい所と悪い所がある。

 

グルジア人のレクソ・タラシャーゼもターミナルのバス会社に7年間勤務している。タラシャーゼは、ある時はトルコで、ある時は道で、ある時はグルジアの妻と家族のもとで過ごしている。「私はここで労働許可をもらい合法的に、汗水たらして働いている。他人が何をしようと私には関係ない」と述べたタラシャーゼは、以前にドイツで舗装工事をしていたことを述べた。

 

しかし、トルコなら家族がより近いため、より幸せに感じていると述べたタラシャーゼは、アクサライに住む人々へのグルジア人の不満をたずねたところ、「全ての人々にいい所と悪い所がある。もちろんグルジア人でも悪い仕事をしている人々はいる。しかし人々は彼らを混同しない。誰が何をしているか知っている。そのため私達は全く不快ではない。働いている会社の社長もグルジア人である。匿名希望の社長も同じ考えである。「ここでは様々な仕事をしているグルジア人がいる。人々は彼らのせいで私達に偏見を持ってはいないし、私達もここで合法的な仕事をしてお金を稼ぎ、家族を養っている」と述べた。

 

 

私達の悩みは生活でない。

 

北東の国々から来る人々を運ぶエムニエット・バス・ターミナルとその周辺の大部分はグルジア人である。ある人は許可を取っての「合法的な」仕事で、ある人は違法にお金を稼いで家族を養いたいと思っている。どれほどアクサライの人々が彼らに不満を持っていたとしても、彼らの唯一の問題は生活である。アレブ・ペトロシアンも彼らのうちの一人である。ペトロシアンは、グルジアから8年前にトルコに来た。エムニエット・バス・ターミナルに来たペトロシアンは、現在までほとんどをここで過ごしている。

 

ターミナルで働いている警備員と婚約したペトロシアンは、清掃の仕事をしている。ある時は家の清掃にも行く。さらに、トルコに来て働く場所と住む場所のない人々の手伝いもしている。そのため、グルジア人の全てのエピソードが彼のもとに人知れず集まる。「トルコには感謝している。私達に門戸を開き許可を与えてくれる。そのおかげで、私達はここで働くことができる」と話したペトロシアンは、自分とここにいるグルジア人の物語を次のように語った。

 

「私はトビリシでロシア語の教師をしていた。20年前に妻が亡くなった。ロシアとの戦争後、国は混乱を収拾できなかった。息子はここに働きに来た。そのあと私も。しかし、息子のビザは延長できなかった。一定期間不法滞在したのち、国外に退去させられた。もはやここには来られない。ここには1日に20人のグルジア人が来る。私は困難な状況に置かれた人々の手伝いをしている。誇りを持って働いている、日々の生活に追われる多くのグルジア人がいる。

 

しかし、グルジアではしていなかったことをここに来てする者もいる。麻薬や売春のように。私達は彼らを恥じている。私達は、グルジアにいたとき、トルコで男性は腐敗しており、申し訳ないが、ズボンを下ろして待っていると考えていた。全くそんなことはない。あなたはいい人だ。人々もいい人ばかりだ。テレビをつけると、例えば、「タクシーの運転手を殴ったグルジア人がいた」と報道される。私はとても恥じる。しかし、トルコで仕事をくれる人も、時たま、不当な扱いをする。賃金を払わない。私達の悩みはここでの生活ではない。」

 

ペトロシアンは、その後涙を流して、「私達のグルジアでの生活はとても悪かった。全く仕事がなかった。仕事があれば子供達を置いてここに来ていただろうか。5歳の孫がいるが全く会った事がない」と語った。【次ページにつづく】

 

 

1 2
シノドス国際社会動向研究所

vol.268 

・植原亮「エンハンスメント論争の行きつくところ――BMIから徳へ?それとも?」

・出井康博「留学生という名の単純労働者」

・堀内進之介「学び直しの5冊〈現代社会〉」
・有馬斉「患者が望まない延命治療を行うことは正当化できないパターナリズムか――『死ぬ権利はあるか』出版に寄せて」
・穂鷹知美「移動の自由がもたらす不自由――東ヨーロッパを揺り動かす移住・移民問題」
・多賀太「男性の「ケア」参加はジェンダー平等実現の決め手となるか」
・吉永明弘「ローカルな視点からの環境論」