今、ペレストロイカについて――ゴルバチョフ元ソ連大統領の特別寄稿

ペレストロイカの功罪

 

とはいえ、多くの人が、ある人は無知ゆえに、ある人は悪意を抱いて、そうしているように、ペレストロイカの結果を連邦の崩壊に帰してしまうことができるのでしょうか?いいえ、できません。ソ連の崩壊、多くの人がとりわけ1990年代に味わった苦難や窮乏は、ペレストロイカの破綻の結果です。けれども、ペレストロイカは過去への回帰を不可能にした抜本的な変化を私たちの生活にもたらした、という肝心なことが、これによって取り消されるわけではありません。

 

それは、何よりもまず、人間の政治的な自由や権利です。今ではあたりまえと思われている権利や自由、すなわち、それは、選挙で投票し自分たちの指導者を選ぶ可能性であり、包み隠さず自分の考えを述べる可能性であり、自身の信仰や自身の宗教を奉ずる可能性であり、自由に国外へ赴く可能性であり、自ら事業を起こして裕福になる可能性です。

 

私たちは、軍拡競争を終わらせました。核兵器削減のプロセスを開始しました。私たちは、西側や中国との関係を正常化させました。アフガニスタンから軍隊を撤退させました。多くの地域紛争を解決しました。国の世界経済への統合のプロセスが始まりました。

 

 

冷戦終結とともに新たな世界的秩序の可能性が開かれたが…

 

これは、現実の成果です。けれども、今日、多くの人が、こう問うています。いったいなぜ、世界は今こんなにも不安なのか?もしかすると、これも、ペレストロイカや私たちが世界に提案した新思考のせいなのではなかろうか?

 

いいえ、私は、これに同意することはできません。今日の危険は、ペレストロイカの破綻、ソ連の崩壊、新思考の原則からの逸脱、そして、グローバルな相互に依存する世界の現実に見合った安全と協力のシステムを構築することが新世代のリーダーたちにできていないことの結果なのです。

 

「冷戦」の終結とともに開かれた可能性は、取り逃されてしまいました。それらは、然るべく用いられませんでした。

 

国内の原因によって引き起こされた連邦の崩壊は、西側の多くの人によって歓呼して迎えられました。双方および全世界がそこから利を得た「冷戦」の終結は、西側および米国の勝利と宣言されました。

 

結果として、世界は、より安全にはなりませんでした。私たちは、「世界の秩序」のかわりに「グローバルな動乱」を手にしました。紛争は、「第三世界」の国々ばかりでなく欧州にも及んでいます。そして、現在、軍事紛争は、わが国の文字通り敷居のすぐそばで起きています。

 

 

グローバルな動乱をいかに解決すべきか?

 

ここで、ウクライナ紛争について詳しく述べることはしません。その根本の原因は、ペレストロイカの破綻、ベロベージの森でロシアとウクライナとベラルーシの首脳によって採択された無責任な決定にあります。それに続く年月は、ウクライナにとって分裂の試練となりました。西側は、この国を「欧州大西洋共同体」へ引き入れつつ、ロシアの国益を公然と蔑ろにしました。

 

たしかに、ペレストロイカや新思考に基づいた外交の経験は、今日的問題解決のための既成の処方箋を与えてはいません。世界は、変化し、世界政治には、新たな「登場人物」、新たな危険が現れました。けれども、人類が直面する問題は、一つの国の努力によっては、あるいは、国家グループの努力によってさえ、一つも解決できません。それらの問題は、軍事的には一つも解決できません。

 

ロシアは、現在の「グローバルな渾沌」を克服するうえで大きな貢献を果たすことができます。西側は、このことを認識すべきです。

 

ロシアの政治においては、ペレストロイカの時代に懸案だった多くの課題が未解決のままとなっています。これは、多元主義的で競争のある政治システムや現実的な複数政党制の創出、分立する権力の権限を平等にする抑止と均衡のシステムの形成、周期的な政権交代の保障です。

 

私は、ロシアおよび世界の政治が陥った袋小路からの脱却は、民主主義の道においてのみ可能である、と確信しています。言い換えれば、私たちに必要なのは、ロシアの政治の民主化および国際関係の民主化であり、ほかに道はありません。

 

サムネイル「Reagan and Gorbachev hold discussions」by Ronald Reagan Presidential Library photo

 

■本記事は「ロシアNOW」からの転載です。

 http://jp.rbth.com/opinion/2015/03/23/52377.html

 

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